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『破天のディベルバイス』第12話 星の海にて⑧

 ⑦ベルクリ・ディオクレイ


 いつまで、待機していれば良いのだろう──。

 フリュム船、業火のエルガストルムのスペルプリマー格納庫に座ってそう考えていると、入口の扉が開いた。出撃か、と思って咄嗟に見ると、船内の方に出歩いていたガリバルダがドリンクの缶を手に戻って来るところだった。

「ん」

 視線が合うと、彼女は持っていた缶の片方を放ってくる。ベルクリは受け取り、軽く礼を言った。「サンキュー」

「ついでだから。……っていうか、待機時間長すぎるし」

 彼女は、ベルクリの隣に腰を下ろしてくる。薄いパイロットスーツの為、体温がいつもより顕著に伝わってくるようだった。

「それは共感するな。でもまあ、丁度いいよ。凄く疲れた」

 スペルプリマー、ナウトゥの操縦。それは自分でも驚く程簡単にこなせたが、同時にSF系の操縦を終えた時よりも遥かに大きな疲労を伴うものだった。

 どうやら自分とガリバルダは、スペルプリマーに「登録」を行った事で、人間ならざる存在、モデュラスへと変質してしまったらしい。脳回路の構造が変形し、知能が天才のレベルを遥かに凌駕し、外界の情報を一瞬にして処理出来たり、表層意識と深層意識を切り替える事が出来るようになったりした。だが、戦闘後はその反動が来て気絶に近い眠気に襲われた。

 実際、ガリバルダは最初のテストを行った後、一度昏睡してしまったのだ。そして今回、無色のディベルバイスとの戦闘では、自分たちはシェアリングにより、疲労の感覚も共有する事になった。

「ベルクリと話すの、何か不思議な気分。少し前まで私たち、口を使わないでも会話出来ていた。何だか、自分と話しているみたい」

「シェアリングの余韻だな。本当に、自分が分からなくなってくるよ」

 言いながら、ベルクリは数時間前の超次元的な戦闘を反芻した。

 自分とガリバルダは、過去にないレベルの連携を行った。息が合っている、という程度ではない。文字通り一心同体となり、五感を共有した。事実、ディベルバイスのスペルプリマーと交戦した時、その感覚共有がなければ片方が撃墜されていた、という場面もあった。

 ウォリア・レゾンスが敗れたのは、水獄のホライゾンに搭載されていたスペルプリマーが単独だったからだろう、とブリークス大佐は言った。ホライゾンが作戦に当たった時、スヴェルドを孤立させてからはほぼ互角の戦闘を繰り広げられたそうだ。だが、ボギが戦線復帰した時から形成は一気に逆転された。そこで今回は、スペルプリマーを二機保有するエルガストルムを用い、更にシェアリングでその性能を底上げする、という方法が採られたのだ。ベルクリはそこで、何故この作戦に登用する者に求められた最大の要素が”連携”であったのか分かった。

 一見荒唐無稽、非科学的に思えるシェアリングが成立する理由としては、モデュラスとなった人類の発生させる思念、重力の増大にあるらしかった。人間は万有引力の法則に漏れず、微弱だが重力を発生させている。それが思念であり、空間を跳躍するそれは波長を合わせれば、遠距離の相手と交信する事が可能となる。土星圏へ向かう途中で浪川から聴いた話によると、モデュラスはまだ新人類としては不完全な存在であり、将来的には全人類がこのテレパシーにも近い能力を用い、広大な宇宙空間でコミュニケーションを取り合えるようにするのが目標だという。その先駆けとなったのが、シェアリングなのだという事だった。

「私、過激派に奪われたディベルバイスを奪還する為に、こんなにお偉いさんたちが人員を割いている理由が分かった気がする」

 ガリバルダが、飲み干した空き缶を握り潰しながら言った。

「戦闘力だけじゃない。ラトリア・ルミレースの教義である、現人類生存圏からの脱出と人類の進化。それを実現し得る機能が、フリュム船には備わっている。奴らが何処まで気付いているのかは分からないけど、この事が発表されたら、宇宙連合内では機密事項だったみたいだし、ラトリア・ルミレースのプロパガンダになる可能性も否定出来ない」

「だけどそう考えると、宇宙連合軍もラトリア・ルミレースも、ほぼ最終目標が同じなのに戦争をしているように思えるな」

「後者には、そこに『宇宙連合から人類生存圏の舵取りを奪う』って事も含まれるんだから。連合はきっと、生存圏を更に広げても地球圏から宇宙全域を支配しようとする。それでも、フリュム船の開発は思い切った方策だったと思う。変化を恐れ、既得権益に固執する官僚主義の考え方とは思えない」

 若干強いガリバルダの言葉に、ベルクリは彼女の顔を見つめる。

「政権批判?」

「いえ、一般論」彼女は言った。「宇宙連合が特別な訳じゃないけど、それは為政者の宿命みたいなもの。革命の指導者でも、いざそれを成し遂げれば世論と官僚主義に左右される事になる。……それなのに、一世紀以上政権が変わらない連合が、こんなコストが馬鹿にならないような開発を秘密裏に行うには、相当な──のっぴきならない事情があったはず」

「既存の人類生存圏から、脱出しなきゃならないような事情か?」

「過激派は、フリュム船の存在に気付いていた。だから、サウロ長官を殺してディベルバイスを奪った。もしかしたら、彼らが動き始めた契機も、その”事情”に乗じたものだったのかもしれない」

 ベルクリは、微かに顎を引いて考えた。確かに言われてみれば、ラトリア・ルミレースの教義とフリュム船の機能にはかなりの共通点がある。単なる偶然か、人の考える事は誰も彼も似通っているという事なのか。どうも、それだけでは済ませられないような気がした。

「……私から言い出しておいて何だけど、あんまり難しい事は考えない方がいい」

 ガリバルダは、ふっと溜め息を()いて立ち上がった。

「ただでさえ疲れているのに、もっと疲れるもの。誰の思惑がどうであっても、私たちはただ過激派を倒してディベルバイスを奪還すればいい。バイアクヘーだって、船団を立て直して反撃してくるかもしれない。早く、ラザロ・レナートス艦長がディベルバイスの位置を掴んでくれるのを祈って待つ事。今私たちがすべき事は、それで十分だよね」

 そうだな、とベルクリは肯く。

 与えられたものが科学的であっても、超自然的であっても、軍人は既存の武器を最大限に活用して敵を討つ。それが敵に与える軍事戦略や技術知識について、判断するのは上の役目だ。

 狙い澄ましたかのようなタイミングで、艦長のラザロ中佐から連絡が入った。

『感応波により、無色のディベルバイスの位置を特定。これより当艦、業火のエルガストルムは、アモール群へのワープを行う。先の過激派船団との衝突による損耗についてメンテナンスを行い、再度ディベルバイスを攻撃する』

 いよいよ来たな、と、ベルクリは立ち上がる。前は障害物の多い宙域で、敵方の実力も掴めないまま行われた戦闘だったが、今度はもう負ける気がしなかった。シェアリングを使いこなせていないスヴェルドやボギに、訓練生時代から培われてきた自分とガリバルダの連携を破れるはずがない。

 疲労を忘れさせる高揚感が、ふつふつと湧き上がってくる。

(俺は護星機士で居られる……彼女が居る限り)

 胸の内で再確認しながら、ナウトゥのコックピットに滑り込む。機体を起動するや否や、『アクティブゾーンに突入しました』という表示が座席下のタブレット画面に浮かび上がった。

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