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『破天のディベルバイス』第12話 星の海にて⑦


          *   *   *


「フリュム船に備わっている重力操作能力。それを、ある空間の一点に集中させる事で一時的な重力崩壊を引き起こす装置。それが、ワームピアサーです」

 舵取り組とケーゼ隊パイロットが全員格納庫に集まると、ウェーバーは淡々と語り始めた。

「事象の地平面を通過した後、船本体はその潮汐力に抗う重力を発生し、形状を維持したままワームホールを抜けます。連結したブラックホールを乗り越え、脱出口に到達する訳です。座標設定の上限は無限、つまり赤方偏移(レッドシフト)の観測圏外、現在の我々に知覚可能な宇宙の、更に外側まで移動する事が、理論上可能でした」

「原理はどうでもいいよ」生徒の一人が言った。「つまりあんたたちは、そのワープ機能を探す為の時間稼ぎに、俺たちを出撃させたって事だな?」

 光通信しか行えず、ニーズヘグとしかやり取り出来ない彼らは、ディベルバイスのブリッジで何が行われていたのか知る(よし)もなかっただろう。

「ええ。最初から、離脱の準備を行っていると言いました」

「あんたたちが、そのワームピアサーとやらの存在に気付いたのは?」

「つい先程です。エルガストルムが突如として出現した際に、今までの出来事と既知のフリュム船システムから、存在を推測しました」

「じゃあ……」

 生徒は、額に青筋を立てた。

「事前説明も実質なしに、一か八かの賭けをやったって事か? その為に、俺たちを出撃させて? もしもワームピアサーが見つからなかったら、俺たちはどうなっていたんだ?」

「……たらればの話に、何の意味がある」

 ダークが、恫喝するような声でその生徒に言った。

「事実、貴様は生きている。この件について事前説明をしたところで、貴様は博打だとしてぐだぐだと御託を並べ、舵取り組の足を引っ張っていた可能性が高いと思われるが」

「死んだ奴は居る! お前らの破れかぶれで、どうなるかっていう事の表れだ」

「他人のせいにするな。それを言うなら、貴様らの稚拙な戦闘のせいで、貴重なケーゼ二機を失ったと言うべきだろう」

「自業自得だって言うのか!?」

 別の誰かが、声を荒げた。見るとトムという男子生徒で、傍に立っていた祐二の襟首をいきなり掴んだ。

「てめえ、この間はあんなに自分が守るって言って、俺たちがそれに従わなかったらキレ散らかしたのによ。結局守る事すら出来てねえじゃねえか。逆にジュノに守られて、あいつを殺しちまったんだ。それも、自業自得かよ!」

 祐二は、さすがに今回は何も言えないらしく、首根っこを掴まれたまま黙りこくっている。アンジュは、慌てて口を挟んだ。

「祐二君はさっき、ドッキングに失敗した私たちを助けてくれたわ。彼の行動がなかったら、私もあなたたちも、皆死んでいた。だから……」

「アンジュ」

 ダークが、片手を挙げて自分を制してきた。思わず言葉を切ると、彼はきっぱりと断定口調で言い放った。

「ジュノ・ゼンの死はその通り、自業自得だ。撤退の際、闇雲に敵に背を向けて機体を失った奴もな。状況は、俺たちも逐一把握していた。あの者が介入する余地があれば、渡海が重力バリアを使用する時間もあったはずで、行動に必要性は感じられなかった」

「待ってくれよ、ダーク!」

 祐二が、襟首を掴まれながらも彼の方に叫んだ。

「それが出来なくて、僕は死んでいたかもしれないんだ。死んだ彼の事を悪く言うのはやめてくれ。……君は一体、僕たちとケーゼ、どっちが大事なんだよ?」

「……ケーゼに決まっているだろう」

 ダークは、一切躊躇う事なく答える。

「この旅を無意味だったと言わない為には誰かが生き延びる必要があり、それには武器が居る。一部の人間を使う以上、パイロットは替えが利くが、ケーゼにそれは通用しない」

 聴いているうちに、アンジュの中で不思議な納得が生じた。

 ダークには、革命の行動を起こす為にディベルバイスとその戦力が必要だ。だがそれを、生徒たちに言う訳には行かない。それと同時に、火星に到着したらダークは一体どのような行動に出るのだろう、という疑問も浮かんだ。

「ある程度の犠牲が仕方がないって言うなら……」

 トムが、祐二を乱暴に突き飛ばした。

「こいつを殺せばいいだろ。本当はこいつが、さっきの戦いで死んでいるはずだったんだ。今までだってずっと、正論だけで俺たちを縛ってきたじゃねえか。なのに自分は、守れなくても仕方ねえみたいに構えてさ」

「ちょっとあなた、いい加減に……」

 ラボニが言いかけた時、その声がぴたりと消えた。この間は珍しく鞭でやり返した祐二も、何も言わずに顔を空中で固定させている。

 二人の視線の先を見た時、アンジュは目を見開いてしまった。

 カエラが、やや顔を傾けるようにしてトムを見つめていた。睨んでいる、という訳ではない。その顔貌は虚無的で、あらゆる感情が欠落したかのようだった。冷気すら感じさせる程熱が感じられず、アンジュにはそれが怒りの表情よりも恐ろしいものに思えた。

「カエラちゃん……」

「祐二君」

 カエラは、今までの話全てをなかった事であるかのように言った。

「帰ろう。少し休まなきゃ」

「あ、ああ……」祐二は不意を突かれたようだったが、大人しく彼女の方に歩み寄った。それから、思い出した、というようにトムを鋭く一瞥する。生徒たちは今し方のカエラの表情を見たのか見なかったのか、口々に悪態をつきはじめた。

「逃げるのかよ!」

 トムは、去って行く二人に言葉を投げ付ける。

 伊織が、堪えきれなくなったかのように彼の頭に拳を叩き付けた。

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