『破天のディベルバイス』第12話 星の海にて⑥
⑥アンジュ・バロネス
射撃組がバイアクヘーに、こちらに攻撃させまいとビームマシンガンを連射しているすぐ下で、ディベルバイス本艦と連結しようとした瞬間に、底を突きかけていたエナジー残量が遂に切れた。連結部である作業船ガンマの格納庫内で、こちらを誘導していた生徒があっと声を上げる中、ニーズヘグはゆっくりと上昇を止め、敵船の方へ漂い始めた。
「お手上げだ……」
シックルが、元々色白の顔を最早比喩表現では済まない程に青褪めさせ、ふらふらと操縦席から後退する。アンジュは、ダークの袖をぎゅっと掴んだ。
「……ダーク君」
「神稲伊織らに連絡を取れ。ケーゼのアタッチメントであるアームを一斉に使用すれば、ニーズヘグを引く事も可能となるだろう」
『そんな事しなくても、僕がやるよ!』
不意に、通信に祐二の声が入ってきた。刹那、窓の外にスペルプリマー一号機が姿を見せ、下降してまた消える。直後、ニーズヘグ全体に下から突き上げるような震動が発生した。
「祐二君? 一体何を……」
『ホライゾンの時みたいに、僕が重力バリアで船体を押し上げます! 無理矢理ディベルバイスとくっつけるので、本艦に大きな揺れが行くかもしれません。射撃組に掃射をやめさせて、備えるように伝えて下さい!』
「馬鹿言うなよ、渡海!」
シックルが通信を聞きつけ、狼狽したように叫んだ。
「今射撃をやめさせたら、バイアクヘーが突っ込んできちまうだろうが」
『カエラが居るよ! 彼女もちゃんと、戦ってくれる』
祐二の言葉に釣られて再度外を見ると、二号機が舞うようにバイアクヘーの周囲を飛行していた。敵艦からの対空砲火をひらひらと避け、グラビティアローを断続的に使用して反撃している。
「じゃあ、エルガストルムは?」
『過激派船団に突っ込ませた! 少なくとも、十分は持つはずだ』
「祐二君……本当にありがとう」
アンジュは、ついへたり込みそうになる。彼の、苦しそうな笑い声が微かに聞こえてきた。
『ディベルバイス、ブリッジ。聞こえますか? 只今、僕もカエラも船のすぐ近くに居ます。ニーズヘグのドッキングが終わり次第帰投しますので、格納庫を開けて下さい。そして、すぐにワープ出来る準備を』
『渡海君! 良かった、大きな怪我はない?』マリーの声が応じる。
『二号機が、肩部の損傷と、全体的に過熱による劣化を。カエラ自身も消耗しているはずですが……』
『彼女のケアは、渡海君がやってあげて。他に、目立った事はないのね? この十分間だけなら、持ちそうね?』
『大丈夫です。なるべく急ぎますが……』
答える祐二の声の途中で、天井からガシャン! という音が鳴った。
どうやらドッキングは成功したらしい、とアンジュが思った時、祐二に由来するものではない震動が、次は横から船体を叩いてくる。オペレーターの生徒が「側面に被弾!」と報告した。
『ごめんなさい! 防ぎきれませんでした! これから帰投しますが、機体の格納までの間、また何発かは受けてしまうと思われますが……』
カエラが言う。マリーが『急いで』と言った。
『あなたたちが帰投すれば、もう安心だから!』
船外で二機のスペルプリマーが本艦に戻って行くエンジン音を聞きながら、アンジュはダークの袖を握り続けた。「ダーク君、私……」
「いつも通りにしていろ。その方がいい」
彼は、ぼそりとそう言った。思わず、アンジュは彼の顔を見上げる。
帰投を確認、という声が届いた。
『ディベルバイス、ワームピアサー作動!』
テンが、高らかに宣言する。それがワープ機構の名前なのだ、と理解した瞬間、窓の外の景色が一瞬にして暗闇に呑み込まれた。
* * *
光が戻ってきても、暫しの間周囲は静謐なままだった。
恐る恐る、光源である窓の方に視線を向ける。ダークやシックル、オペレーターの生徒たちも自分に倣って、というより殆ど不可抗力的な動きで頭を動かした。
そして、アンジュは思わずはっと息を呑んだ。
そこに、岩石の海が広がっていた。大小様々な石片が、太陽からの光を浴びて仄白く輝いている。影になっている部分は何処までも黒く、それ故に光は、宇宙に出現した無数の海蛍を連想させた。
「ここは……?」
言いかけ、遠くに見える輝きにアンジュは再びはっとする。
それは、赤かった。エルガストルムが早くも追って来たのか、と思いかけたが、そうではない。船よりも遥かに大きく、単純な形をしている。地球圏から見える月程ではないが、球である事が確かに分かった。
「火星……?」シックルが、小さく零した。「そんな馬鹿な……だって、地球圏から火星までは半年掛かるって……まだ、二ヶ月しか経っていないんだぞ」
「本当に、ワープしたのかよ? ここは、もう火星圏なのか?」
『少し、違うようですね』
不意に回線から、ウェーバーの声が聞こえてきた。
『ワープには成功したようです。私もまだ、現実が信じられませんが』
その声は、現実主義者の彼が目の前で起こった出来事に対して、心から驚いているという事を如実に示すものだった。ラボニが『皆大丈夫?』と尋ねてくる。
「私たちは大丈夫。本艦にも異常はない? ケーゼ隊は?」
『俺たちも問題ないです』
伊織の声が答えた。ラボニは『あたしたちもよ』と言った後、現在地を告げた。
『周りを見る限り、座標設定した通りで間違いないと思うわ。……地球近傍小惑星群アモール、ルチアーノ・テーシ近郊。ここを抜けたらリージョン九──火星圏』
「周囲に、敵の反応は?」
『……ないわ。ノイエ・ヴェルトが停泊しているのも小惑星エロスのはずだから、ここからは離れている。エルガストルムもあたしたちの行き先までは掴めなかったと思うし、ひとまず、危機は去ったわね』
「そう……」
アンジュは、ほっと息を吐く。だが火急の危険が去った事で、諸々の課題や状況の整理に必要性が見えてきた。「えっと」と口に出しながら、無線機に呼び掛ける。
「皆、聞きたい事、言いたい事は山程あると思う」
『当たり前じゃねえか』
ケーゼ隊パイロットの一人が、震えた声で返してきた。
『何なんだよ、さっきの……ここがアモール群? ワープ? 何で、そんな事になるんだよ? 渡海たちも、神稲も、知っていたのかよ?』
「……そうね。だから、これから皆に全部話すわ。作業船格納庫に、戦闘に参加した人は全員集まって」