『破天のディベルバイス』第12話 星の海にて④
④マリー・スーン
「スペルプリマー・レイン、更にZS級一隻撃破! 二号機は過激派の戦艦を利用しつつ、回避一方に追われている!」
「これで連中の沈めた船は十三隻です! 小型戦術兵器としての公式記録を、優に塗り替えるレベル……」
「バイアクヘー、前線を突破! Z軸方向の座標ズレにより、ニーズヘグとは接触しないがこちらに追突する可能性あり! 回頭を行う!」
仲間たちが声を重ねながら報告する。マリーはシステムの階層を何段階も潜りながら、次々に浮かび上がってくる謎の機能に目を通し、ワープ機構がないかを懸命に確かめていく。「ない」という可能性も否定しきれない以上、そのシステムの複雑さ、機能の膨大さは強敵だった。
「マリーちゃん、早く早く! 皆墜とされちゃうよ!」
「やっているわよ、精一杯! 私の事はいいから、あなたはサブコントロールを見張っていて!」
席のすぐ横で急かしてくるケイトに応じながらも、マリーは一切余所見する事なく確認を進めていく。理論上、フリュム船のワープ機構が存在する可能性は高いのだ。これで駄目だったとなれば、自分たちは生還率の極めて低い、危険度が過去最高の戦いに進んで身を投じねばならなくなる。
バイアクヘーとの追突を回避すべく、ヤーコンたちが乱暴に舵を切る。不慣れな彼らの操船は、横方向からの急激なGを発生させ、マリーは堪えきれず机の上に突っ伏した。
「やりすぎだ! 敵に横腹を見せてどうする!」
テンが怒鳴る。ヤーコンは「うるさい!」と叫び返した。
「迎撃するんだろう? ビームマシンガンの射角に敵を捉えなくてどうする!」
『待ってよ、ヤーコン・モス』
機銃室のシオンが、回線越しに口を挟んだ。
『私たちは今、敵の攻撃から逃れる為に頑張っているんでしょう。わざわざこっちから仕掛けてどうするの?』
「じゃあ、何の為の射撃組だよ」ボーンが叱責する。「とっくにこっちも、連中の的になっているんだ。もし逃げられなかった時の事も考えろ!」
シオンは何やら小声で悪態をついていたが、やがて射撃組に向かって『総員撃ち方用意!』と指示を出す声が響いてきた。
ちらりとレーダーを見ると、巨大戦艦はニーズヘグと擦れ違い、凄まじい速度でこちらに向かって来ていた。それが一キロメートル辺りまで接近してくると、無線機から連続して銃声が響き始める。バイアクヘーが動きを止めたのを見、はらはらしながら信号を見ていると、
「手を休めない!」
トレイから喝を入れられた。
間もなく、操船とレーダー監視を行っていたヨルゲンが声を上げた。
「エルガストルム、船団を突破した! 映像、出るぞ!」
「そんな! 船の外に居る皆は……」
顔から血液が落下するのを感じ、叫びながらモニターを見上げた時だった。
お腹の辺りから、ぞわりと震えが駆け上がってきた。
映っていたのは、鮮血でコーティングされたかの如き真紅の躯体を持つ、巨大な宇宙船だった。ホライゾンの如く周囲の空間に歪みを生じさせ、ゆっくりと、だが巨体故戦闘機とは比べ物にならない速度でこちらに進行してくる。画面の下の方に映るニーズヘグが、巨人を前に震え上がる小人のようだった。
「あれが……エルガストルム……」
「ホライゾンの前例から考えて、ここはもう奴の重力フィールドの中か。スペルプリマーも出さないうちから、どうやって攻撃を……」
ヨルゲンが呟いた時、一切の予備動作なしに空間の歪みが炎を噴き出した。画面が光で真っ赤に染め上げられ、正面の窓の右側が微かに明るくなる。と、同時に船を凄まじい揺れが襲った。
「何!?」
「直撃したの!?」
「まだ来る! 全員備えろ!」
テンが叫び、そのコンマ数秒後に再び激しい衝撃。隣に立っていたケイトが、よろめいてマリーにぶつかってきた。
「本船右側面に被弾! 右前方ビームマシンガン……十列目まで、全滅」
ウェーバーが、さすがに動揺の隠し切れない声で言った。マリーはぞっとし、それからはっと我に返る。無線機を操作し、機銃室のシオンに叫んだ。
「シオン! 射撃組に損害は?」
『外壁が破られなかったのが、不幸中の幸いね』
答えた彼女の声は、驚く程暗鬱だった。回線の向こうから、訓練生たちが苦痛に呻く声も聞こえてきて、マリーは息苦しさを感じる。
『ディベルバイスの外壁が、思っていたよりも硬かったから助かった。機銃が爆発して、衝撃と轟音をもろに受けて気絶した子も居るし……スコープを覗いていたせいで目をやられた子も居るわ。特にさっきの光を直視した子は、視力が戻るのかどうか私には分からない』
「そ、それで……?」
『壊れたビームマシンガンの操縦席には、なるべく近づかないようにって言っておいたわ。ショートしている事は確かだから、もしも爆発した時皆が巻き込まれないように』
マリーは言葉を失い、通信を聞いていたブリッジクルーたちを見回す。皆黙っていたが、やがてウェーバーが報告口調に戻って言った。
「敵艦バイアクヘーは健在のようです。エルガストルムと共に、本船に対し垂直方向に並んでいたようですが、こちらの射撃により一時的に退いていた為、射角に入らなかったのでしょう」
「そうだ! ニーズヘグは!?」
ラボニが叫び、皆が一斉に顔色を変えた。恐る恐るレーダーを見ると──その信号は、確かにあった。エルガストルムの側面に、へばりつくようにして漂っている。
「アンジュ! ダーク! 皆、無事?」
『マリー』アンジュの、安堵の声が届いた。『あなたたちも、無事だったのね』
「アンジュ……」
ごめん、という言葉が口を突きかけた。
彼女の言葉は、真摯だった。台詞に含まれる深い息や、口角を上げて微笑んでいたのだろう、微かに震えた声の調子から、彼女がどれだけ自分たちを心配してくれていたのかが分かった。ダークギルドの反乱に彼女が手を貸してから、自分は彼女をずっと、心の中で裏切り者だと糾弾していた。
マリーが実際に謝罪の言葉を言いかけた時、ニーズヘグのブリッジからシックルの声が割り込んできた。
『おい、誰かさっきディベルバイスで、パーティクルフィールドを使っただろ?』
「えっ?」
マリーは突拍子もない言葉に、上擦った声が出た。ヨルゲンが「ああ」と答える。
「いつも通り、二発目の時は俺が。でも、どうした? そういえばさっき、パーティクルフィールドが意味を成さなかったような……」
『ここから、はっきり見えたんだ。あの船の放った炎、それを吸収しやがった。多分だけど、フリュム船の熱変換技術を極めた船がエルガストルムなんだ。フィールドは効かなかったんじゃない、混ざっちまったんだよ』
「って事は、守りすら危険な相手って事なのか……」
『ワープ機構らしいものは見つかったか?』
これにはマリーが答えた。
「いえ、まだよ。システム解析自体、もう少し時間が必要かも」
『エルガストルムは、船本体にスペルプリマーと同じくらいの戦闘能力がある。戦力の殆どが離れた状態で、バイアクヘーとこれ、どっちも接近させちまったのは痛いよな……まあ、過激派の船団も敵スペルプリマーも、喰い止めなきゃいけない相手である事には変わりないんだけどさ』
シックルが言うと、ダークがその後を引き継いだ。
『解析が終わるまでに、ディベルバイスを沈められる訳には行かない。そして今、危険度のより高い相手はエルガストルムだ。ニーズヘグであれば小回りも効きやすい。俺たちが、フリュム船のターゲットを引き受ける事とする』
「それは無茶だ!」叫んだのは、ヤーコンだった。「信号を見ただろ? 相手はバリ級すら一分も掛からず沈めちまうんだぞ。幾ら攻撃空母でも、何処かで間違いをしたら……」
『守りが使えない以上、ディベルバイスも過激派の後方部隊と同じ末路を辿る事になる可能性が高い。的が大きい分、そちらは攻撃を受けやすいはずだ。対ホライゾン戦と同じように加速上昇を行っても、エルガストルムの重力場から完全に逃れる事は難しい。ならば、危険はこちらが引き受けるべきだ』
「でも」
その時、向こうのブリッジでオペレーターに選出された生徒の一人が『艦砲照準、エルガストルム後部に固定』と報告する声が通信に拾われた。彼らは本当にやる気なのだ、と思い、マリーは必死に言葉を探す。このまま本当に、アンジュに危険を引き受けさせていいのか、と思った。
自分たちは、ずっとアンジュに頼りきりだったのだ。リバブルエリアに降下し、生徒たちを助けると決めた時も、ダークギルドを保護する時も、彼らに人質を求められた時も。ニルバナで新しい生活を始めた時も、ホライゾンと戦った時も、村人たちによる審判と追放を受容した時も。
そしてそんなアンジュを、自分たちユーゲントは「ダークギルドに寝返った」などと一方的に弾劾しようとしていた──。
『心配しないで』
マリーの、そして恐らくこちらのブリッジに居る者たち全員の心情を読み取ったように、アンジュは穏やかに言ってきた。
『ダーク君が居るもの。皆がどう思っていても、私は彼を信じている。そして、皆の事も同じくらい。私の信用が信じられるなら、ダーク君の事だって』
その言葉の途中で、
『艦砲、発射!』
掻き消すような大声が回線の奥から届き、数秒遅れて轟音がそれに続いた。
爆発音が、ディベルバイスのすぐ近くで響く。誰かが舵を切ったらしく、船の向きがその音源──エルガストルムに変更される。
真紅の宇宙船が、ゆっくりとニーズヘグの方に回頭するのが見えた。