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『破天のディベルバイス』第12話 星の海にて③

 ③ジェイソン・ウィドウ


 ディベルバイスが、セントー司令官に率いられたラトリア・ルミレース本隊とぶつかり合う、という寸前、突如として現れた未知の敵が戦域に割り込んで暴れ始めた、という情報を聞いた時、ジェイソンは不吉な予感に背筋が冷たくなった。そして案の定、現れたその敵がエルガストルムという名のフリュム船だったと判明すると、どうしよう、という思いが胸中で渦を巻き始めた。

 ホライゾンと交戦した時、敵のスペルプリマー・ストリッツヴァグンを駆っていたのはかつての同級生、ウォリア・レゾンスだった。あの戦闘の際ディベルバイスを襲撃した宇宙連合軍の中には、一般の戦闘機部隊も含まれていた為、フリュム船の主武装たるスペルプリマーの操縦を行うべき人材は、ウォリアより圧倒的に経験を積んだ者たちが山程居ただろう。その中で敢えてブリークス大佐がウォリアを選んだというのであれば。

(スペルプリマーを動かし得る存在が限定されているのだとすれば、それはきっとユーゲント以下の世代なんだ。だから、渡海やルキフェルは戦えるんだ……彼らに真実を言う訳には行かないが、もしもまた、俺たちのディベルバイスで同級生を殺す事になったりしたら……)

 考えただけでも、憂鬱になりそうだった。しかも今回襲い掛かってきている敵スペルプリマーは、二機だという。もしも彼らが本当に自分たちと同じユーゲントなら、こちらの生徒を殺して手を汚す者は二人、またこちらが勝ったとしても、失われるのは二人の友人の命という事になる。

 アンジュに、この事を伝えようか。仲間たちの内では立場が冷え切ってしまった自分だが、彼女なら自分の言葉に耳を傾けてくれるかもしれない。だが、それなら何故今まで黙っていたのだ、と言うかもしれないし、いざとなれば船全体の安全を優先せねばならない彼女は、敵が同級生であっても撃墜する、という判断を下すかもしれない。そうなった時、彼女の心を余計に痛めてしまうと思うと、どうしてもジェイソンには決心が付かないのだった。

(第一、今アンジュはこの船から離れて、ダークギルドのニーズヘグで指揮を執っているしな……)

 ディベルバイスは現在、安全に戦域を離れる事を重視し、舵取り組はその準備に向かって動いているそうだ。ジェイソンは、死人が出る前にそのプランが上手く行くように、と全霊で祈った。最早自分には祈る事しか出来ないのか、と思うと無力感が湧いてくるような気がしたので、純粋に仲間たちを応援しているのだ、と頭の隅で自分に言い聞かせた。

 船内放送からヨルゲンの声が響いたのは、そうしてジェイソンが手を合わせている最中だった。

『ラトリア・ルミレースの隊列が崩れた! バイアクヘーはエルガストルムに対し、船団を後方に回して壁を作り、その進行を喰い止める模様。スペルプリマー、ニーズヘグ、ケーゼによる船外実戦部隊は、こちらへの帰投は困難。バイアクヘーは、このまま本船に向けて突っ込んで来る。一同、念の為急加速に備えておくように! 射撃組は態勢を整え、シオンからの指示を待つ事』

「バイアクヘーが……追い立てられて、こちらに突進?」

 独白が、口から零れ落ちた。過激派の船による一時的な壁も、意味を成さないだろうと思えた。ただ渡海たちやケーゼ隊の動きを阻むだけで、エルガストルムは易々とそこを越え、こちらに向かって来る。バイアクヘーも、こちらに敵を引き摺ってくるというだけだ。

 しかもその場合、と思考は更に続く。過激派の船団とディベルバイスの中間地点に位置し、実戦部隊の指揮を執っているニーズヘグは、そこに居るアンジュはどうなるのだろう? 話を聴く限り、エルガストルムは相手が中型戦艦であってもたちまちに撃沈してしまうような攻撃手段を持っているらしい。SF系列の攻撃空母など、簡単に潰されてしまうかもしれない。

(ブリッジに行って、やはりアンジュに連絡を取らせて貰うべきか? スペルプリマーの搭乗者は同期生で、話が通じる相手かもしれないと……だが……)

 ──問題は、まずユーゲントが自分の言う事を信じるかどうか。

 逡巡は刹那だった。もう、自分の考えている事を一か八かで試すしかないのだ。船員全員の安全な脱出、その可能性も費えるかもしれない状況下で、彼らのように自分も手を尽くさないで、どうするのか。

 ジェイソンは立ち上がり、半ば蹴破るように部屋の扉を開くと、ブリッジを目指して駆け出した。

 長い間ユーゲントの話し合いに参加する事も出来ず、部屋に籠りがちだった為、体力が落ちていたのかもしれない。縺れそうになる足に鞭を入れ、ジェイソンは一心不乱に走った。


          *   *   *


 幸い通路が封鎖されるような事もなく、ブリッジには辿り着けた。一度深呼吸をしてから、意を決して自動扉を潜る。ダークギルドやユーゲントは、一斉にこちらを向いた。

「何しに来た?」

 テンが、露骨に顔を顰める。ジェイソンが追放された経緯(いきさつ)を知るダークギルドは、迷惑そうに深々と息を吐き出した。袋叩きに遭うのではないか、と一瞬怯懦が顔を覗かせたが、ジェイソンはそれを振り払って言った。

「アンジュに連絡させてくれ。私から、伝えたい事がある」

「あ? 状況が分からねえのかよ、てめえ」

 ボーンが青筋を立てる。ダークギルドの反乱の日、アンジュを解放しようとしたジェイソンが彼らに盾突いた事で、警戒されているのかもしれない。

「今、バイアクヘーとエルガストルムがこっちに近づいてきているって言っただろうが。また前みてえに、空気も読めねえ事を言いに来たんだろう?」

「違う、私はアンジュに、あのスペルプリマーと通信して欲しいと……」

 しどろもどろになり、上手く説明出来ない。ジェイソンの言葉が案の定誤解を招いたらしく、ヨルゲンが激昂した。

「気でも狂ったか、お前!」

 忙しく操船プログラムを組み立てていた指を止め、椅子を蹴って立ち上がる。

「今まで何を見てきやがったんだ! 敵と通信なんか出来ねえ、しかもフリュム船とどうやってそれをやる? 接触回線か? お前、アンジュに死ねって言う気かよ。俺たちが一生懸命やっている時に、いつもいつも……」

「違う! 私は、ディベルバイスの事を考えて」

「お前が考えているのは、いつも自分の事ばっかだ。都合のいい時だけのこのこ現れやがって。出て行けよ、俺たちの邪魔すんな!」

「そいつを摘まみ出せ!」

 ヤーコンが叫び、ボーンがこちらにずかずかと進んで来る。怯えて後退(ずさ)りする間もなく、ジェイソンは首根っこを掴まれて扉の外に放り出された。

 自分を拒絶するかのように鼻先で扉がぴしゃりと閉まり、ウェーバーがロックを掛けでもしたのだろう、それから自動で開く事はなかった。

 何故、このような事になってしまうのだろう、と、無力感と苛立ちが募った。それ以前に、何故自分が知ってしまったのだろう。知らない方が、何も躊躇う事なく敵と戦えたのかもしれない。

(本当に、あのスペルプリマーにはユーゲントが乗っているのか? どうやって確かめればいいんだ……)

 自分はユーゲントだ。だが彼らもまた同じで、宇宙連合軍の正規護星機士だ。自分は今、宇宙連合軍なのだろうか? 一体、何を優先して戦えばいいのだろう。

(戦う事すら、俺には出来ないのに……)

 渡海たちが、あの機体に乗っている者たちを殺した時の事を考えた。

 自分の同期生たちでなかったとしても、今までディベルバイスが葬ってきた連合軍は、軍人として命令に従っただけの、本来ならば自分の仲間になるはずだった者たちだ。自分は今、彼らの命に優先順位を付けているのだろうか、と思うと、得も言われぬ不快感が込み上げてきた。

 真相を知りたい気持ちと、知りたくない気持ちが(せめ)ぎ合い、先程のブリッジクルーたちの如く自分を責め立てるようだった。

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