『破天のディベルバイス』第12話 星の海にて②
②神稲伊織
祐二たちが敵船団の先鋒を打ち砕くのを、ケーゼ隊は今か今かと待っていた。敵の信号はキャッチしているが、自分たちが落とすべきセントー司令官の搭乗する指揮艦バイアクヘーはその中程に位置している。ある程度周囲の船団を排除し、炙り出してからでないと、数の差もあるし十五機のケーゼやニーズヘグなど簡単に墜とされてしまいかねない。
スペルプリマーに搭乗する二人は、さすがと言うべきか早くも二隻の戦艦を沈めていた。通常、同級戦艦でない戦闘機で船を倒すとなると、数時間掛けてようやく勝てるかもしれない、というものなのだ。やはり、彼らの技術は桁違いだ──そう、機体のスペックのみならず。
この分では、自分たちの出番は早く訪れる事になるだろう。伊織は操縦桿を握り、いつでも発進出来るようにスタンバイした。だがそのタイミングは、伊織が想像していたよりも遥かに早い段階で訪れた。
突然、格納庫に赤いランプが点灯し、けたたましい警音が耳を打った。
『スペルプリマー両機、敵の同機体と邂逅! 数二、機体名ナウトゥ、レイン。こちらの接近に呼応し、エルガストルムより発艦された模様』
ディベルバイスのブリッジから、ポリタンの報告口調が大音量で届く。途端に周囲のケーゼから騒めきが上がった。
『何だよ、二機もあるのか?』
『こっちのスペルプリマーは五機あるんだ、普通は複数配備なんだろうよ』
『戦艦の信号が消えた……まさか、あいつらがこんなに一瞬で?』
『渡海たちの戦闘を見ただろう。あれがスペルプリマーのスペックなんだよ』
『こんな戦闘機なんて、一瞬で墜とされちまうよ!』
狼狽えるな、と言おうとして伊織が口を開きかけた時、アンジュ先輩の凛然とした声が回線で届いた。
『皆、落ち着いて! 無理に倒す事は考えなくていいの。まずは過激派の可及的速やかな戦力削減、それからお互いにカバーし合って、死者を出さない事、貴重な機体を壊さない事。ウェーバーたちの準備が済むまで持ち堪えて、その連絡があったらすぐに引き返す事。いいわね?』
整然たる口調とトーンに、生徒たちの騒めきが静まっていく。伊織は心の中で、先輩に感謝した。やはり皆あれこれ言うものの、いざとなれば先輩以外に彼らを統率出来る者は居ない。
本艦ブリッジで進められている”準備”について、生徒たちに詳しい事は伝えられていない。ワープによって戦域を離脱する、などと言えば舵取り組の正気が疑われるかもしれないし、彼らの不安を煽る事にもなりかねない。今のところは、ただ「敵から逃れる為の準備をしている」とだけ周知されていた。
アンジュ先輩は『忘れないで』と付け加えた。
『私たちは宇宙連合の立場にも、ラトリア・ルミレースの立場にも立たない。私たちが戦うのは生き延びる為であって、これから先行われる両陣営の決戦には一切関わりを持たない。ここでバイアクヘーを仕留め損ねる事があっても、決してそれは悪い事じゃないから。無理な戦い方だけはしない事。ね?』
アイ・コピー、と伊織は返答する。パイロットに選出された生徒たちも、ばらばらながらもそれに続いて了解の返事を送った。
『……ケーゼ隊、順次発進しろ。渡海祐二、カエラ・ルキフェル両名に向いている敵の注意を分散し、状況の整理を図れ』
「了解した。……フォーゲル一、神稲伊織。UF – 2 ケーゼ、出る!」
宣言し、カタパルトデッキに移動して飛び出す。飛行開始から一分も経たないうちに、遠くでスペルプリマーの光芒が流星の如く動き、ぶつかり合うのが目視出来るようになった。時折途切れ途切れになるのは、そこに犇めいているラトリア・ルミレースの戦艦の陰に入る事があるからだろう。
(待ってろよ、祐二。お前だけが背負う必要はないんだから……)
最近、祐二との距離が開いてしまったような感じが否めなかった。彼は表向き、以前より積極的に、社交的になったように見える。だが、彼は間違いなくその裏で、自らの内に閉じ籠るようになっている。伊織には、それがはっきりと分かった。
彼の心の中まで把握している、というような思い上がった考え方ではない。自分もそうだった──否、今もそうだから、彼の態度がよく分かるのだ。祐二は決して、自分で思っているより冷めてはいない。だから、一人で抱え込みすぎ、爆発させてしまう。
──君こそ、皆を守ろうとして恵留を大事に出来ていないじゃないか。好きな相手を大事に出来ない方が、僕よりずっと問題だろ!
この間祐二に言われた事を思い出し、自虐的な笑みが零れた。彼も、分かっているのかいないのか、分からない奴だ、と思った。この間はついかっとして殴り掛かってしまったが、今の祐二もきっと同じ気持ちなのかもしれない。
分かり合うか、離れていくか。似たようなものを抱える者が二人居れば、そのどちらかしかない。伊織は、相手が彼であっても自分の事を打ち明ける気にはなれなかった。決して彼を信用出来ないのではなく、友達であっても言いたくない事はある。だから、自分たちの距離が開いていくのは仕方のない事なのかもしれないが。
(それでも、俺はお前を見捨てたりしない)
そう決意した時、前方から光線が飛んできた。こちらが、先遣隊二千機を壊滅させたケーゼ隊だと分かったらしい。
伊織は側転するように機体を傾けて回避し、攻撃してきた戦艦──ジウスド級に狙いを付ける。戦艦は、その間を動き回るスペルプリマーたちを振り払おうと高度を絶え間なく変えつつ、搭載されていた戦闘機部隊を吐き出し始めていた。
「皆、散開しろ! 船を使って隠れながら、敵機を分散させるんだ!」
通信機に向かって叫び、こちらに照準を合わせたらしいバーデ一機に向かう。敵の発砲を恐れず、攻撃が行われる前に接近し、機銃を放つ。コックピットを撃ち抜かれた敵機は、銃口を暴発させながら爆散した。
爆炎を振り切るように戦艦の密集している中に突入すると、機体を不吉な震動が襲い始めた。無意識のうちに呼吸が止まり、体が強張る。重力フィールドが展開されているらしい、と思いながらレーダーを見ると、乱れた画面の中、船団の後方に表示されていた一隻分の信号がまたもや掻き消え、エルガストルムが少し前進したところだった。
不意に、船同士の隙間を抜けた辺りを、祐二の一号機が横切って行くのが見えた。思わず前進を止めた瞬間、それを追うように竜巻のような炎の渦が視界に飛び込んでくる。
「祐二!」
思わず叫んでから、再び言葉が出なくなった。炎が消えると、細長い龍のような機体がそこに出現した。紅の光を引き、そのボディをくねらせながら一号機を追って行く。類似する機動兵器を、伊織は見た事がなかった。恐らくあれが、エルガストルムのスペルプリマーだろう。
真空の宇宙空間で、何故あれ程炎が燃え上がったのだ、と考えた。一時的な兵器の爆発、というようなものではなかった。少し頭を捻ってみると、すぐに閃くものがあった。
質量とエネルギーの等価性。真空とはいえ、宇宙空間には分子が何もない訳ではない。そしてフリュム船は、それらを即座に熱変換し、重レーザー砲やパーティクルフィールドといった武装に利用する機構を備えている。それと同じ能力が、あの敵スペルプリマーにも備わっているのだとしたら。
(炎は物質じゃない……光と熱という、現象だ。そして燃焼──酸素との急激な化学反応だけが、それを生み出す訳ではない)
伊織は、何故エルガストルムの標的にされたラトリア・ルミレースの戦艦が、一瞬にして消滅していくのかが分かったような気がした。船の周囲で分子の急激な熱変換が行われ、回避する間もなく燃やされていくのだ。
「アンジュ先輩! ダーク!」
『分かっているわ! ナウトゥ、レインはきっと、自身の重力場に入った物質を狙うだけで燃やす事が出来るスペルプリマー。重力操作で相殺出来る祐二君たち以外は、近づくだけでも危険な相手ね』
『状況から判断するに、敵の動きはゲリラ的だ。発艦のタイミングからして、こちらのスペルプリマーが動いてから対抗策として出されたものだろう。近づかなければ、ターゲットされる事はない。渡海たちの動きを読み、あまり彼らに近づきすぎないよう徹底しろ』
ニーズヘグに居る指揮官の二人から、非情な宣告をされる。伊織はつい、苛立った声を彼らにぶつけてしまった。
「それじゃあ、祐二を助けられないじゃないですか!」
『伊織君』
対するアンジュ先輩の声は静かだったが、有無を言わせぬ圧力を孕んでいた。
『酷い事を言うかもしれないけれど、今彼の傍に行ったとして、守られるのはあなたの方よ。祐二君は今、ちゃんと自分で戦っているわ。……今まで私たちを守ってくれたのは彼。それを一方的に守らなきゃ、なんて思うのは、彼に対して侮辱になりかねない事なのよ』
「………」
言葉が継げなくなる。黙りこくっていると、ニーズヘグのブリッジに居る生徒から通信が届いた。『敵の戦闘機部隊、更に増加中!』
『……神稲伊織』ダークが、恫喝に近いような声を出した。『貴様の戦うべき相手も重要なものだ。身勝手で激しやすく、パニックを起こしやすい連中を戦場で牽引すべきは貴様だ。その貴様が友人にかまけて本分を見失い、無能を晒すような事があれば……どうなるかは、分かっているだろうな』
伊織は思わずかっとしたが、叫びかけた口を理性でぐっと閉じた。
悔しいが、ダークの言う事は正論だった。確かに今自分が祐二の傍に行けば、彼を支援するどころか足手まといになってしまう可能性の方が大きい。それに、戦闘機が続々とその反応を増やしている事も事実だ。
『……アイ・コピー』
すみませんでした、と小さく謝罪し、正面を睨み直す。自分が背負っているのは、祐二の命だけではないのだ、と意識を改めて持ち直した。
(恵留を大切にしろ、か……)
その為にも、自分は自分として、背負うべき乗組員たちの命を守り抜かねばならない。自分の中で、とある”執着”がまだ捨てられていないという事を実感し、逸らす事も出来ずに半目で直視しつつ。
(生きろよ、祐二)