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『破天のディベルバイス』第2話 ディベルバイスの鼓動①

 ①マリー・スーン


「亜鉛ニッケル合金鍍金(めっき)で処理されているリーヴァンデインのケーブルは、普通の電動(のこぎり)では切れない。ビームカッターを使い、摂氏千度の熱で脆弱化させたところを一気に切る。カーボンナノチューブの耐熱温度は七五〇度だから、同時に焼き切れるはずだ。切れるというタイミングで輸送船を回頭、遠心力で上層を大気圏外に放出する」

 ガストン・ドッグは、マリー、テン、シオンの三人に、これから行う作業を淡々と説明していく。背が高く、肩幅の広い彼はユーゲントの中では頼れる兄貴分というような存在で、仲間たちの中ではムードメーカー的存在でもあった。

 その彼の周囲に今漂っているオーラは、普段の陽気さや軽薄さが影を潜めた、少しでも手を抜いたら許さないというような張り詰めた冷静さだった。

 灯油のようだ、とマリーは思った。冷たく、静かだが、嵐の前のように緊張している。火種を落とせば即座に吹っ切れてしまうような。

「切り離し作業は俺がやる。マリーたちは、切り離し後に輸送船が動いてもケーブルが固定されるよう、連結部に金属バンドを取り付けてくれ」

「ガストン……」

 張り詰めた空気の痛さに耐えきれず、マリーは声を出した。早くも輸送船の上に出ようと梯子に足を載せかけている彼は、ちらりとこちらを振り返る。

「何だ?」

「こ、幸運を祈ってる」

 言えたのはそんな言葉だけだったが、彼はそこでやっと、マリーたちの緊張を(ほぐ)すようにいつもの笑みを浮かべた。

「作業が終わったらキスしような」

「な、何言ってるのよ!?」

 不意打ちの発言に頰が熱くなる。テンとシオンがくすくすと笑った。


          *   *   *


 船の中央を貫くように伸びるケーブルは、天井付近に固定された金属の台座へとゆっくりと吸い込まれていた。リーヴァンデインを船が降下している為だ。現在ブリッジでは、アンジュたちが降下を止めるべく操縦している。だがガストンが作業を始める間に止めるには、この連結部の上から金属バンドで固定する必要がある。

 第一のメインケーブルの固定で、軽くではあるが船は止まる。その後、ガストンが作業に入ったらガバナーケーブルに第二の固定を施し、新たな最上部となる位置に即席の調速機、巻き上げ機を作る。

 タイミングがずれたら、重力に引かれて船は落下、トンネルの壁にぶつかって全員が圧死するかもしれない。また時間を掛けすぎても、リーヴァンデインの傾倒でトンネルが崩壊する。

 タイミングを合わせる為、傍らにはガストンの持っている小型カメラの映像を映したモニターが置かれている。梯子の位置に命綱を結び付けているとはいえ、激しく風の吹く船外に一人で立つガストンは驚く程小さく見えた。

 ──不安になっても仕方がない。自分がやらねばならないのだ。

 ゆっくりと動くケーブルに、脚立に上ったマリーは金属バンドを恐る恐る近づけていく。絶え間なく目標が動く為、なかなか上手く行かない。

 緊張による震えと汗で手が滑る。抗いつつ、何度か挑戦すると、やがてガチャンという頼もしい音が響き、メインケーブルの動きが止まった。

『良くやった、マリー。テンたちも終わったな?』

 ガストンの声に釣られて足元を見ると、あとの二人も床から上がってくるケーブルを止めたようだった。

『次は俺だ。第二の固定に向けてスタンバっててくれ、切り離しが終わったら合図するから。……ブリッジも聞こえているな?』

 彼のインカムから音を拾ったらしく、モニターの向こうから「了解」というアンジュの声が微かに聞こえてきた。

 転瞬、画面が火花で真っ白に染まった。ガストンがビームカッターを用い、ケーブルの切断に入ったのだ。

 流れた時間について、マリーは把握していない。短い時間だったのかもしれないが、画面が白く染まり、ガストンがシルエットだけになっている間は異様に長く感じられた。まるで画面から零れた火花がこちらの身を焦がし、苦熱から逃れようと藻掻いているような時間の遅さだった。

 全てが決するガストンの言葉は、たった二音だった。

『今!』

 マリーの手からバンドが離れ、テン、シオンたちのものと共鳴して鋭く鳴った。コンマ数秒も置かずに船体が大きく揺れ、横から衝撃が叩き付けてくる。床の上を、仰向けに倒れたモニターが滑ってきた。

 マリーは脚立から落ち、咄嗟に腕全体で受け身を取る。輸送船が回頭を始めたのだ、と思った時、今度は予定されていない第二の揺れが来た。

「……? ガストン───!!」

 マリーが叫んだ時、それは起こった。

 大きく傾いた船の上、浮き上がるガストンを(かろ)うじて船に繋ぎ止めていた命綱が、真っ赤に熱せられ飛んでいくリーヴァンデイン上部の断面に触れ、断裂した。

 遠心力に引かれ、空の彼方へ飛んでいくガストンの姿が画面外に消えた時、狙い澄ましたかのようなタイミングで映像が途絶した。


 ②アンジュ・バロネス


「上部の切り離し、完了しました」

 ウェーバーが言うと同時に、乱暴な回頭による船体の揺れが止まった。

 誰もがほっとした時にその次の現象は起こり、アンジュはあたかもそれが、自分たちを嘲笑う宇宙の意思、天理の悪戯(いたずら)かというような錯覚に陥った。

 自分たちによるものではない第二の揺れが発生し、警報が鳴り響いた。

「何だ、今度は何だ!?」

 ジェイソンが声を上げる中、ヨルゲンが呼応するように叫ぶ。

「トンネル出口でリーヴァンデインが折れた! 輸送船諸共倒れる!」

「そんな……! リバブルエリアは?」ラボニが口元を押さえる。

「終わりだよ、終わり! ヴィペラが侵入している!」

「つ、つまり我々ももう駄目か? 駄目という事なのか?」

 狼狽するジェイソンの声を聴きながら、アンジュはぐっと目を瞑りたい衝動に駆られた。あと十分も経たないうちに、この輸送船はトンネルの内壁に叩き付けられて圧壊する。そう思うと、誰彼構わず問い質したい気持ちだった。

(何で私たちなの? 私たちは戦いに出た訳じゃない、ただ地球に宇宙船を運んでいるだけなのに、何で文字通り宇宙の藻屑にならなきゃいけないの? こんなに頑張ったのに、どうして……)

 そこまで考えた時、はっと“彼ら”の事が頭を()ぎった。

 関節が白っぽくなるまで机に指を突き立ててから、アンジュは口を開いた。

「……リバブルエリアの皆は大丈夫よ」

「アンジュ……?」

「伊織君と祐二君が居るもの。皆、養成所の中に逃げ込めたはず。私たちは、ここを脱出して彼らを助けに行きましょう」

 リーヴァンデインはもう使えないんだし、と小さく付け加える。

 遅かれ早かれヴィペラはエリア内に充満し、脱出手段を失った彼らは養成所という陸の孤島の中で孤立する事となる。ヴィペラの濃度が上がれば養成所も潰れるかもしれないし、そうならないとしても食糧や水の危機が訪れる。

 彼らを助ける(すべ)を持っているのは、最早自分たちユーゲントだけだ。自分たちはまだ、死ぬ訳には行かない。

『もう無理よ、アンジュ!』

 回線越しに、マリーの叫ぶ声が届いた。それは、嗚咽交じりの咆哮だった。

『輸送船はケーブルに繋がっているから動かせない。それに……それにもう、いいじゃない……ガストンが、ガストンが死んじゃったのよ……!』

 胸郭の内側を、針の先で刺激されるような鋭い疼きが走った。だがアンジュは、それを押し殺すように自らの胸をぎゅっと掴んだ。

「……輸送船は駄目でも、あの船があるじゃない」

「………!!」

 ブリッジに居る五人と、回線の向こうのマリーが鋭く息を呑む音が聞こえた。

「あの船に移動して、この輸送船から切り離して、トンネルが完全に崩れる前に地上に降りましょう。皆、あんなに大きくはなくとも、大型船の操縦免許は訓練課程で取得したわよね?」

 言いながらアンジュは、はっと思い出した。

 サウロ長官はあれを、起動してはいけないと言っていたのではなかったか?

「アンジュさんに賛成です」

 沈黙を破ったのは、ウェーバーだった。

「今すぐに脱出すれば、我々全員が生き残る蓋然性は極めて高い。刻一刻と時間は過ぎていきます。今を逃せば、後でどれだけ後悔しても遅いし、後悔する事すら出来なくなるでしょう」

 そうだ、その通りではないか。

 アンジュは、一瞬頭を掠めた事を振り払った。あの船はどのようないわくがあるにせよ、船である事は間違いないのだ。操縦を前提に作られていないはずがない。

「ジェイソン」

「は、はい……」

「リーダーよね、あなた。全員に言って、これから私たちはあの超大型船を使って軌道を離脱し、リバブルエリアに残された後輩たちの救助に向かうって」

「……分かった」

 彼は覚悟を決めたように口を引き結ぶと、立ち上がって全員を見回した。ラボニ、ヨルゲン、ウェーバー、ティプ、そしてアンジュに。

「我々はこれより、超大型船を起動し、リーヴァンデインの軌道を離脱して地球に降下する! 必ずや同胞たちを救出し、我らユーゲントの矜持を示さん事を!」

「ウィ・コピー!!」

 回線の向こうに居るマリーたちの泣き濡れた声を含む、全員の声が一つになって唱和した。

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