『破天のディベルバイス』第12話 星の海にて①
①渡海祐二
『エマージェンシー、エマージェンシー! 各員、昨日指示された持ち場に直ちに就くように! 進路上にて、予期せぬトラブル発生! 過激派との戦闘は避けて通れないけれど、更に新たな敵が出現中!』
船内放送用のスピーカーから、サイレンと共にケイトの叫ぶ声が聞こえる。訓練生たちの狼狽する声が四方から響く中、僕とカエラは手を繋ぎ、ブリッジに向かって疾駆していた。
九月二十二日、午前六時十五分。ラトリア・ルミレース実戦部隊司令官エギド・セントーの船団と会敵するまで、あと約四時間は余裕があるはずだった。しかし、その計算に狂いが生じた。現在敵は、予定より早い時刻、速い速度でこちらに接近を開始している。その後方から、新たな敵が続いてきていた。
「アンジュ先輩!」
叫びながら、僕たちはブリッジに駆け込んだ。初動が早かったらしく、伊織は既にブリッジに居り、ダークと何事か話していた。
「敵の反応は?」
「いきなり現れました」
ウェーバー先輩が、淡々とした口調で言ってきた。夜間、交替で操船を行っていたユーゲント、ダークギルドはすぐに臨戦態勢を整えられたらしく、着替えを済ませていない者なども数人居るが、皆そこに集まっていた。
「一切の予兆なく、突然レーダーに反応が出現したのです。距離の関係上、如何せん写真を撮影する事は出来ませんが。我々は、これと類似するケースに、既にユニット一・一で立ち会っています」
「まさか、フリュム船!?」
カエラが声を上げる。僕はぞくりとし、レーダーに出現した信号を睨んだ。
「戦わないと、いけませんよね? 過激派はこちらに追い立てられているみたいですし、私たちの存在も向こうに……過激派、謎の敵性反応共に知られているでしょうから、背を向けて逃げる事も出来ません」
「その選択肢が実行される可能性が、最も高いです」
ウェーバー先輩は、少々含みのある言い方をした。僕はつい焦れる。
「勿体ぶっている場合じゃありませんよ。戦うんですね? なら、僕たちはすぐにスペルプリマーを出します!」
「落ち着け、渡海。実は緊急放送をする前に、俺たちで話し合った事がある」
テン先輩が言った。彼はそれから、どう切り出すべきか迷っている、というようにウェーバー先輩の方を向く。ウェーバー先輩はその視線に気付いたらしく、「本当に伝えるのですか?」と尋ねた。
「あくまで、推測の域を出ない事柄ですよ?」
「……渡海たちは、未だに舵取り組だ。ダークギルドに制圧された俺たちでも共有している事なら、一応伝えない訳にも行かないだろう」
先輩たちの態度に、僕は苛立ち交じりの焦燥が募る。テン先輩はそんな僕や、伊織とカエラの様子も見て決断したのだろう、こちらを真っ直ぐに見つめ、「落ち着くように」と前置きした上で言ってきた。
「もしも本当に、現れた敵性反応の正体がフリュム船だったら、の話だが……奴は、ワープしてきた可能性がある」
僕は、その言葉を脳裏で咀嚼した。そして、そんな馬鹿な、と思い、口を開こうとしたが、それよりも早く伊織が言った。
「なるほど、考えられない話ではありませんね。……あのホライゾンは出所不明の水を宇宙空間に放出し、その湧出地点となった空間には目視で確認出来る程の歪みが出現していた。フリュム船が異常重力を発生させる事も鑑みれば、ワームホールの一時的な生成も、不可能とは言い切れないのか」
「ディベルバイスのシステム解析は、未だ完璧ではありません。しかし、もしも空間転移がフリュム船に備わった能力だとすれば、この状況からの脱出が可能になり得るでしょう」
「勿論、俺たちも手をこまねいているという訳じゃねえぜ」
ヤーコンが補足する。
「俺たちがシステムを調べている間、スペルプリマーとケーゼ隊には戦って貰う。別の敵が乱入する事は想定外だったが、元々俺たちは圧倒的に不利な状況下で戦おうとしていたんだ。もしもワープ機能が見つからなくても、その時は駄目で元々だったって事だ」
「待って、勝手に話を進めないで」
カエラは制止するように手を上げ、指を一本立てた。
「それじゃ、あなたたちはそんなに都合のいい機能が、本当にディベルバイスに備わっていると思っているの?」
「理論上、不可能じゃないって事だよ」テン先輩が、低く言った。「空間跳躍なんて荒唐無稽だと思うし、まだ世間的には実現されていない。でも今までの状況、ディベルバイスに備わっていた奇跡みたいなシステムの数々を含め、あらゆる結果を考えれば……試してみる価値がある、くらいの事は言ってもいいんじゃないか。ヤーコンの言う通り、駄目元だったらさ」
「……どちらにせよ、俺たちが戦うのは必然って事だ」
伊織は言い、僕とカエラの方を見てきた。
「祐二、今度は先月のような事はごめんだ。お前の修正が、あいつらに効いている事を祈るが……俺も、筆頭として皆をまとめられるように頑張るから。余計な心配をせず、精一杯攻めてくれ」
「分かってるよ、伊織」
僕は、意図して表情を固めながら答えた。
「ただモデュラスとして戦う。それだけが、僕の役割だったはずなんだ」
* * *
ニーズヘグの指揮には、今回はアンジュ先輩も入ってくれるという事だった。それと同時に、本艦とニーズヘグそれぞれのブリッジ統括であるダークとサバイユも役割を交換した。
サバイユよりも首領であるダークの方が恐れられているという事なのか、それともフリュム船と思しきものが接近している事からか、待機中ケーゼ隊パイロットに選出された生徒たちは以前のように憎まれ口を叩いたり、勝手な行動をしようとはしなかった。何時間か待っていると、スペルプリマーのコックピットに備え付けられた小型タブレットに『ERGASTULUM』と表示された。
『やっぱり、フリュム船みたいね』
二号機のカエラから通信が入ってくる。僕はこくりと肯いた。
「敵のスペルプリマーは、まだ出てきていないらしいけど」
『確かに、レーダー情報に新しい反応はないけど……』
彼女の言葉が、途中でフェードアウトする。レーダーを見ると、彼女の言いたい事は分かった。
フリュム船の反応は、ラトリア・ルミレースの船団を追い立てるようにこちらに近づいてくる。追い立てられる側の戦艦を示す光点が、一隻、また一隻と見る間にロストしていくのだ。主武装であるスペルプリマーを出していないとなると、船本体の武装で戦っているという事なのか。
『撃沈のペースが速すぎる……ホライゾンの水よりも、攻撃手段として特化した固有能力を持っているのかも』
「もう少しだけ、様子を見た方がいいかもしれないね。だけど、このまま追い詰められた過激派が速度を上げて接触してきたら……」
僕が言いかけた時だった。
『祐二君、カエラちゃん、聞こえる?』
アンジュ先輩の声が、無線機から届いてきた。
『今、バイアクヘーと思しき船影がニーズヘグから目視確認されたわ。フリュム船の名前はエルガストルムというらしいわね。多分、過激派が全滅するよりも、ここがあの船の攻撃圏内に入る方が先だと思う。三つ巴になると、私たちは圧倒的に不利。エルガストルムが到達する前に、私たちでまずバイアクヘーを迎撃する。ケーゼ隊を動かすタイミングは、こっちで判断するわ。先鋒をお願い出来るわね?』
「アイ・コピーです、アンジュ先輩。近辺にも、他に異常はありませんね?」
『ええ。発艦準備は良好よ』
「了解しました。……渡海祐二、スペルプリマー一号機、行きます!」
『カエラ・ルキフェル、二号機出ます!』
僕たちは、カタパルトデッキから飛び出す。高度を上げると、前方から小さく敵の艦隊が向かってくるのが目視でも分かるようになった。
『想像はしていたけど、やっぱり凄い数ね。先月も似たような光景を見たけど、あれは全部戦闘機だった。今回見えているものは、全部宇宙戦艦なんだもんね』
「スペルプリマーの機動力なら、単機でも戦艦とやり合えるよ、きっと。数は確かに多いけど、序盤から攻めで主導権を奪取すれば……」
僕は刀を抜き、重力操作を開始する。重力場の変化を感じ取ったのか、敵がこちらを捕捉したらしい、ターゲットされている、という旨の警告がモニター上に表示された。
「カエラ、回避だ!」
『アイ・コピー! 言われなくても!』
反射的な速度で、僕は機体を旋回させる。先程まで僕たちが居た場所に、無数の光線が飛来して空間を貫いた。ディベルバイスの方を振り返ったが、僕たちより低高度に位置するそれに被弾した様子はない。
この位置取りで僕たちがターゲットを引き受けている間は、船の事は気にしなくていい。敵艦を一隻でも多く撃沈し、迫り来るエルガストルムに備えねば。そう考え、胸の内で火種が勢いを強めた時、『アクティブゾーンに突入しました』という例のメッセージが現れた。
前方に陣取っているのは、ルビコン級宇宙巡洋艦、ジウスド級小型戦艦。どちらも量産を目的に開発された、ラトリア・ルミレースの主力を占める戦艦だ。配置を確認すると、列の最初の方にはそのような小型戦艦が少数、その後ろにバルトロ級、ドミンゴ級といった中型戦艦がやや多い量、更にその後方に重巡洋艦や、レーザー砲の射撃に特化したバリ級がほぼ同数存在している。その奥には等級無差別の船団が備えられているが、バイアクヘーも恐らくその中に混ざっているのだろう。持久戦になればなる程、敵艦隊が不利になるような陣形を作っているらしい。
だが、その後ろに備えられた同布陣の船団は、既に崩れつつあるようだった。後方からの予期せぬ奇襲により、周囲を固めている指揮艦バイアクヘーが徐々に炙り出されようとしている。
「カエラ」
『分かってる。時間を掛けずに、短期決着でしょ』
彼女は肯くように二号機の頭部を軽く引き、グラビティアローをZS系列の戦艦一隻に向けた。僕は機体を傾け、彼女の矢の軌道と平行になるようにジェット噴射を行う。僕が進み出すと同時に、カエラの矢がその頭上を掠め、一発目の光線を発射し終えたジウスド級に飛んだ。僕のメインモニターを塗り潰すかのようにブリッジが爆散し、間髪を入れずに僕はそこへ飛び込む。船の中枢を切り裂くように刀を振るうと、エンジンを破壊されたそれは光焔を上げて轟沈した。
まずは一隻。僕が船の間に入り込んだからだろう、列になっていた小型戦艦の群れが横に滑るように間隔を広げ、砲塔や機銃室から無数の弾がこちらを目掛けて四方から飛来した。重力バリアは一箇所にしか展開出来ない為、これら全てを防ぐ事は難しい。だがやはり砲台なので、一発でも命中すればスペルプリマーのサイズなど、たちまち粉砕されてしまうだろう。
僕は重力場を広げつつ、更に高度を上げた。あまり上げすぎても、後方の船団から対空砲火の的になるので、各戦艦の射角外ぎりぎりの位置で飛びながら数の削減を狙う。
カエラが二隻目に照準を合わせたのを確認し、刀を構え直す。船内部の空洞を貫くように撃てば、小型戦艦なら僕とカエラそれぞれが一発ずつ攻撃を入れるだけで沈められる事が先程判明した。持久戦となる前に、早く先陣を崩さねば。ケーゼ隊も、早く攻撃出来るようにならないかとやきもきしているはずだ。
『行くよ、祐二君!』
「OK、カエラ!」
僕が応えると共に、カエラの射撃が再び戦艦を貫く。僕は弾け飛ぼうとするその上部に着地し、刀を艦中央に突き刺す。接触した刀身が回線となり、船内で兵士たちが悲鳴を上げ、炎に呑み込まれる音が聞こえてきた。
「………っ!」
僕は意識的に、その声を頭から締め出す。戦闘が始まるといつも、生き延びねば、という本能や、過激派が既に大勢の人間を殺してきたという事に対する憤りから戦意が高揚するが、自分が誰かの命を奪った、という意識は、やはりアクティブゾーンに伴う衝動とは全く別物だ。
殺し合いを長引かせない為に、僕はここで敵を殺す。
諦観と共に、脳内で二隻目、とカウントする。爆散に巻き込まれないよう急上昇しつつ、煙を振り切って三隻目に狙いを付ける。カエラの名前を呼ぼうとした時、二号機との回線から彼女が呻く声が聞こえてきた。
どうしたの、と尋ねようとし、はっと気付く。僕たちはスペルプリマーの重力出力を自在に操る事が出来るが、それを一定以上に上げると激しい頭痛に襲われる。威力が最大になるポイントを狙っているとは言え、戦艦を一撃で破壊する程の矢を放っている彼女は、序盤からかなり無理をしていたらしい。
「カエラ、大丈夫?」
『ごめんね、祐二君……私は大丈夫、まだもう一隻は続けてやれるから!』
彼女の苦しそうな声に、僕は胸がギュッと詰まるような気がした。
自分が彼女を好きだと自覚し、恋人同士になってから二ヶ月。彼女が苦しんでいるという事が、僕は以前よりもずっと辛くなっていた。自分以上に、カエラが痛みに苛まれて欲しくない。愛しているとはこういう事なのか、と思った。
僕はカエラに「無理はしないで」と言うと、眼下の三隻目、ルビコン級を狙う。重力の放散による爆発は、一号機の武器では行えないが、砲塔、ブリッジ、エンジンの順に潰せば、手間は掛かるものの僕だけでも撃沈出来るだろう。
煙が晴れると、飛散する二隻目の破片から身を守るように更に間隔を開いていた二隻の船が、再びこちらに向かって光線や弾丸を撃ってきた。後方に居たバルトロ級中型戦艦も、ブリッジ上部に取り付けられた無数のレーザー機構から何本もの光線を射出してくる。
僕は、過激派の楔形陣形が一望出来る程の高さまで上昇し、射撃が一段落するのを待ってから、刀を逆手に急降下した。Gを恐れず、位置エネルギーも利用して必ず標的を仕留めるのだ、と意思を固める。だが、もう少しで目標のルビコン級に到達すると思われた時、タブレットに新たなメッセージが表示された。
『NAUTが感覚共有を求めています』
『REINが感覚共有を求めています』
機体の接合部の、赤い発光も増々激しく点滅を開始する。エルガストルムのスペルプリマーか、と僕は即座に思った。
(しかも二機……?)
何処に居る、と考えた瞬間、集中が切れた。落下するように急降下し、敵艦のエンジンがあると思しき位置に刀を突き刺そうとしていた僕は、咄嗟に着地寸前の位置で動きを停止させてしまう。どの船からか現れたバーデが、そんな一号機の側面から射撃を浴びせてきた。
「うわあっ!」
『祐二君!』
カエラが声を上げる。ちらりと見ると、二号機は体勢を立て直し、こちらに飛行して来ようとしていた。
『今、スペルプリマーの反応が出た! レーダーがごちゃごちゃしてよく分からないけど、すぐ近くに居るみたい!』
「僕も気付いたよ」言いながら、攻撃をしてきたバーデに重力バリアをぶつけ、圧潰させる。「何処に居るんだろう? エルガストルムといい、現れるのが本当に一瞬すぎて……」
僕が言いかけた時、視界の端で紅白の光芒が敵船団の合間を縫って接近してくる動きが見えた。モデュラスの動体視力で拾い上げ、すぐさまそちらを向こうと機体を回転させる。
が、その時横に居たジウスド級が高度を上げ、視界を塞ぐようにぬっとモニター前に現れた。画面一杯に映し出されたそのビームマシンガンの砲口に、発光が見られ始める。
マズい、と思い避けようとした時。
バンッ! という車のバックファイヤーのような音を立て、そのジウスド級が炎上した。船体は側面から転がされたかのように傾き、船が隊列を組んでいる位置から転落するように沈んでいき、爆散した。
「何だよ、これ……?」
僕は呆然と、まだ火の粉を残しながらも開かれた視界の向こう側を見る。
そこに、また見た事もないような機動兵器が二機、浮かんでいた。どちらも機械仕掛けの龍──西洋の飛竜のようではなく、東洋の伝承に登場する長い胴体を持ったもの──のようで、ディベルバイス固有のスペルプリマーの素体の如き黒鉄色のボディに、そのうねりを生み出している間接部分に発光を宿していた。片方は赤、一号機と同じような色ではなく、体外に出て時間の経った血液の如き赤黒い色で、もう片方は灰のようにくすみかかった白色の光を放っている。
敵フリュム船のスペルプリマーか、と僕は確信した。僕が距離を取ろうと操縦桿を握り直した時、その二機は示し合わせたかのようなタイミングで円を描き、こちらに絡み付くような動きで接近してきた。