『破天のディベルバイス』第11話 闇の時代⑨
⑥エギド・セントー
『そちらからも観測されている通りと思われますが、忌まわしき船・無色のディベルバイスがあなたの船団と接触するコースに入っています。私はフリュム船の破壊のみに兵力を割くのは感心しない、と言い、またブリークス大佐の本隊と決戦を控えた現段階で戦力を削るのは非常に業腹ですが、戦闘は避けられないものとみる外ないでしょう。
過去最大規模の先遣隊が撃破された事は驚異的な記録ですが、これでディベルバイスの戦力は概ね把握出来ました。あなたはこれと接触し、物量を以て破壊を実行して下さい。あの船は今や、準優先事項から、直ちに除かねばならない隘路へと変化しました。ただ、万が一彼らを仕留め損ね、潰走させるに至った場合は、これを敢えて追撃する必要はありません。進路上から除く事のみを、常に第一に考えて作戦を実行して下さい。 O's』
星導師オーズから送信されてきたHMEの文面に、セントーは全身が滾るような熱を持つのを感じた。月面制圧部隊を以てしても破る事の出来なかったフリュム船、無色のディベルバイス。それがリージョン二近傍で忽然と姿を消してから、約二ヶ月が過ぎた頃の事だった。
あの船の追跡を一旦打ち切り、小惑星帯アモールから再度月面経由でボストークを目指すべく、バイアクヘーを動かしたセントーは、先遣隊として派遣した小規模部隊が突然消息を絶つ現象に遭遇した。何度かそれが続いた後、同じように信号をロストした部隊から、最後に「ディベルバイス発見」の連絡が入った。
セントーは雪辱を図り、何故か地球圏を出るような形で進んでくるその船に対し、二千という一個旅団規模の部隊を差し向けた。中には、量産機の中では虎の子と言える上位機種ボーアも含ませたのだが、それらは四時間弱の戦いで壊滅、撤退を余儀なくされた。スペルプリマー二機とディベルバイス本艦がそれ程驚異的な機動力を見せたのか、と思ったが、そうではなかった。
ディベルバイスの乗組員たちは、何処から鹵獲したのかは不明だが、SF系列級の攻撃空母と、自立飛行する戦闘機ケーゼを少数ではあるが保持していた。こちらがその存在を把握しておらず、戦術上の計算に入れていなかった事、それらがアシストに入る事で、スペルプリマーの行動を効率化した事がこの戦いに於ける敗因だ、とセントーは分析した。
(唯一の救いが、スペルプリマーのスペックにそれ以外の機動兵器が追い着いていない、という事か)
雪辱は果たせず、二千の兵力を壊滅に追い込まれた先月の戦闘だが、それでも一方的に蹂躙された訳ではなかった、と思っている。持ち帰られた戦闘映像の録画データを見たが、どうも彼らの連携に対し、ちぐはぐなものを感じざるを得なかった。スペルプリマーの超常的な戦闘に、ケーゼが着いて行けていない、というより、ケーゼが最早着いて行く事を放置しているようにすら見えたのだ。
この船団本隊が、ディベルバイスと接触するまであと十時間程度。
セントーは部下たちに、なるべく戦闘機部隊を孤立させ、故意に連携を阻害するように、という指示を出していた。数の差で優っていても、必ずしも物量で押し切れる相手ではない、という事が今回の教訓だ。彼らの弱点に積極的に付け込み、数はそれに付加する程度の利でなければならない。
(無色のディベルバイス……今まで何処で何をしていたのかは知らぬが、ラトリア・ルミレースの原理上、葬り去るべき存在である事には変わりない。それにお前たちには……度重なる借りがある。清算は必ずや、我らの手で)
「セントー司令官」
唐突に、一人の兵士がブリッジに駆け込んで来た。船団の後方で哨戒を行っていた者たちの一人だが、何故通信を使わないのだろう、と訝しく思った。
「何だ?」
「偵察機が、後方から接近したアンノウンにより撃墜されました! 我々は脱出機構により離脱し、船団経由で帰投したものであります」
「アンノウンだと?」
セントーは眉を顰め、オペレーターに視線を向ける。
「先程まで、そのような報告は何処からもなかった」
「はい、それが……」オペレーターはレーダーを見、信じられないというように声を上擦らせた。「哨戒ルート上に、確かにアンノウンの反応があります。動きと暫定サイズから、恐らく宇宙戦艦……」
「それが何故、接近に気付かなかった!?」
「はっ、先程までは本当に、反応がなかったのです。ヒッグスビブロメーターの反応に、いきなり出現しました」
別のオペレーターが、青褪めた顔で言う。それに続けるように、帰投した兵士がまた声を出した。
「光通信の環境は、乱れていました。ヒッグスビブロメーターの反応だけは健在でしたので、そちらからは異常なしと判断されたのかと……我々は後続がやられた後、すぐに離脱した為、アンノウンの正体を確認するには至りませんでした。誠に申し訳ございません」
「確認を急がせろ! ヒッグス通信で撮影するんだ」
セントーが怒鳴ると、各員が動き始める。大急ぎで船を加速させようとする者、後方の船団に通信を入れる者、レーダーの情報を確認する者。焦燥により空気が硬直した転瞬、誰かが叫んだ。
「映像、出ます!」
セントーが見上げると同時に、モニターにその映像が浮かび上がる。
それを見た瞬間、不吉な蠕動が体幹を駆け上がったように思った。
確かにそれは、戦艦だった。しかも、既視感のある船だった。増産され、戦場で目撃される連合の船という意味ではない。あの運命の日、リーヴァンデインが倒壊する少し前、こちらに噓の交渉を持ち掛けてきたブリークス大佐が、フリュム船の実在を示す資料の中に含めていた五隻の実物の画像。その一隻だ。
動脈血の如き真紅の、冷たく静的な宇宙空間では熱気すら感じさせる、鮮やかな船体。宇宙連合軍最大の戦艦、ガイス・グラ級ハンニバルを遥かに凌駕する船長。それは、この船が何の前触れもなく突如姿を現した理由を説明するに足る、超次元的な証明を体現するものだった。
「あれは……」
兵士が、唖然とした声を発する。セントーは押し殺すような声で、その答えである名前を吐き出した。
「……業火のエルガストルム」