『破天のディベルバイス』第11話 闇の時代⑥
④渡海祐二
『ラトリア・ルミレース接近、距離約三百キロ』
ディベルバイスのブリッジから、テン先輩の声が届く。僕は「アイ・コピー」と答えると、光通信に切り替えてケーゼ隊に連絡を取った。
「僕とカエラが動いて、第一陣と接触したらニーズヘグが発進する。ケーゼ発艦のタイミングは、サバイユから連絡が行く。……多勢に無勢だ、僕たちがなるべく敵を引くけど、もしターゲットを付けられたと思ったら無茶をせず、すぐに引き返して振り切る事。戦闘機を一機失う事の重みは、奴らより僕たちの方が何倍も大きいんだ。それを忘れないで欲しい」
『人命優先、だろう? 半グレどもの手作りじゃない高機動兵器に乗っている奴に言われても、何だかなあ……』
ケーゼパイロットの一人から、茶々が返ってくる。伊織が咎めている声が聞こえてきたが、僕は最早、そのような些細な事にいちいち拘泥はしなかった。
「何とでも言えばいいよ。要は、自分が助かる事だけ考えていろって事だ」
『ちぇっ、調子に乗りやがって』
『何なら、あなたがスペルプリマーに乗れば? あと三機あるし』
カエラが割り込み、助け舟を出してくれる。パイロットはまだ何かを毒吐いているようだったが、大分静かにはなった。
『距離、約百キロ。そろそろ、スペルプリマーはスタンバって』
マリー先輩が指示を出してきた。僕、カエラはスペルプリマーを進め、まず一号機から先にカタパルトデッキに出る。彼方の星々の中に、大きく明滅を繰り返しているものが見えるが、それらが過激派のバーデだろう。
『距離、約五十キロ』
「渡海祐二、スペルプリマー一号機、行きます」
僕は宣言し、機体を発進させる。モニター一杯に宇宙の闇が迫って来て、機体はその彼方、僕たちに害意を持つ光点に向かって射出された。……既に何度も繰り返した事だ。数がどうであれ、ディベルバイスの懐に入れない事、ビームマシンガンの死角を突かれないようにする事。セオリーは変わらない。
モデュラスとしての集中力が、接近してくる無数の光点を次第にバーデの形に捉え始めた。カエラが重力フィールドを展開し、二号機のグラビティアローを敵の群れに向ける。発射された、と思った数秒後、赤黒い光と共に先陣を切っていた敵機が一気に爆散した。
『行くよ、祐二君!』
「OK、カエラ。ガード専念、だからね」
『分かってるって!』
彼女は青い光芒を曳き、一直線にバーデ群へ加速していく。敵もこちらに向かって機銃を放ってきたが、カエラはそれをひらりひらりと躱す。流れ弾が僕の方に飛んでくるので、重力バリアを発動して防いだ。
(カエラのアクティブゾーンも、なかなか強いんだな)
平常時でも感情の昂りが激しくなる僕に比べたら、ずっと安定しているのかもしれない、と思いつつ、僕はスコープに目を当てる。カエラはもう少しで、第一陣の残存戦力とぶつかり合う、というところだった。
ディベルバイスとニーズヘグの各ブリッジでは、もう間もなくケーゼ隊が動くだろう。僕がこのまま行けば、敵の注意はほぼ僕たちのスペルプリマー二機に向く。仲間たちが奇襲に成功し、主導権を捥ぎ取れば、数の差があるとはいえこちらが優勢に戦いを進められるはず。
『二号機の敵との接触を確認! ニーズヘグ、出る!』
サバイユの声が、回線を伝わってきた。
その刹那、スコープに当てられた僕の目は、思わず見開かれた。
激しい光に見え隠れしているので主に影ばかりが見えるが、二号機の叩いているバーデのすぐ後ろから続いてくる敵機に、違和感を感じる。あの機体は何だか、僕たちの戦ってきたバーデより一回り大きくはないか。大きさも、そして微かに見える機銃の形も違う。尾翼の辺りから、蜂の腹部の如く下を向いているその砲身は、見たところケーゼのそれよりも太い。さすがにディベルバイスのビームマシンガン程までは行かないが、あのストリッツヴァグンの両腕に取り付けられていたハドロン・カノンと同等のサイズではないだろうか。
そう思った瞬間、養成所で教わったRF系列の戦闘機一覧が脳裏に蘇った。あれは確か、ハイラプターを基にした量産機。火星圏に於ける宇宙戦争初期の戦いで猛威を振るった──。
「カエラ!」
僕は、咄嗟に彼女に向かって叫んでいた。交戦中のバーデを屠った二号機は、接近するそれらに向かって頭部を上げる。
『祐二君……』
彼女の声が聞こえた瞬間、問題の機体が砲身からビームを射出した。
RF – 5 ボーア。主武装、超電磁ブラスター。
電撃の奔流が、二号機の脚部を襲う。彼女の悲鳴が回線から聞こえると同時に、スコープの中の二号機が、足を中心にスパークに覆われた。
「カエラ、大丈夫か!?」
『麻痺した! 機体が高温になって、排熱が追い着かなくて動けないの!』
黒い素体を赤々と輝かせる二号機は、各パーツの接合部から白煙を上げていた。青い光がそれと混ざり合い、紫色に見える。
攻撃を仕掛けたボーアが再び砲口を二号機に向けるや否や、僕は一気に機体を加速させた。こちらの動きに気付いたらしく、敵機が一斉に、こちらへと機銃を放ってくる。僕は重力バリアでガードしたりせず、掠めたくらいならば問題ない、と判断して前進を続けた。
「うおおおおおっ!」
気勢を上げ、刀を抜き放つ。両手で構え、力を溜めるようにぐっと後方に引き、思い切り敵に向かって突き出す。それはボーアの機銃に突き刺さり、敵機はエナジーの拡散も相俟って爆発した。飛び散った火力の余波が、周囲の敵を巻き込んで一気に片付けた。
僕は力なく浮遊する二号機の前まで出ると、ボーアを多数含む第二陣に向かって重力バリアを広げた。カエラの排熱処理が終わるまで、一号機のみで支えねばならないだろう。
『……いっ! ……っ、……して!』
伊織から光通信が入る。だが、彼が以前も推測していた通り、異常重力の渦中で戦うスペルプリマーはケーゼと上手く通信出来ない。僕が何かを言うより早く、ヒッグス通信に切り替わってサバイユの声が届いた。
『祐二! もうすぐニーズヘグが、お前のすぐ後ろまで行く! ケーゼを出すから、間違えて撃つなよ。敵味方識別信号を送信する!』
「アイ・コピー、頼んだ!」
僕が答えると、すぐさまレーダー上にニーズヘグの信号が入って来た。そこから、ケーゼの信号がばらばらと現れ、散開していく。僕たちの戦っている場所を迂回し、後方から敵を狙うような動きに、取り敢えず作戦通りだな、と思った。
側面モニターの彼方に、ケーゼの姿が見えてきた。一つ、二つと現れたそれらは大きく旋回し、過激派の第二陣に砲口を向ける。それが発射されると、僕の展開する重力バリアに絶え間ない射撃を浴びせていた戦闘機群は、次々に機側を貫かれて爆散していった。
「カエラ、放熱は!?」
『もうすぐ終わる! そしたら私が、ケーゼ隊の掩護に行くから!』
ちらりと窺うと、二号機の過熱は大分マシになってきているようだった。効果時間は意外と短いようだが、ボーアの射撃を掠めただけでこのように機体が止まってしまうのでは、戦闘にならない。
僕は、重力バリアを回り込もうとした一機のバーデを狙い、刀を振り上げた。だがその次の瞬間、一時的にバリアを解除したところで、別のボーアが正面からコックピットの方に突進してきた。マズい、と咄嗟に思い、両断しようとしたが、すぐに駄目だと思い直す。この至近距離で爆発させたら、僕もカエラも巻き込まれてしまう。先程爆風を浴びただけで周囲の機体が沈んだように、ボーアの中には超電磁ブラスターの高温を発生させるべく、バーデとは段違いの火薬が積載されているのだ。
「それなら……」
口に出して呟き、僕は刀を水平に持ち替える。二号機が漂ったまま、後方に流れているのを確認すると、急上昇して最初に向かってきたバーデを斬り捨てる。それから勢いを殺さないまま急降下し、ボーアのコックピット部分を切り離すように刀を振るった。
敵機が動きを止めるのを見、安堵の息を吐く。だがそれはすぐに、先程と同程度の焦燥を僕に取り戻させる事となった。
『おいそこ、何をする!』
重力操作が一時的に途絶えたからだろう、伊織の声がはっきり聞こえた。
ケーゼの一機が、僕がコックピットを切断した機体を見て、仕留めるチャンスだと思ったらしい。ボーアの残骸に向かって、機銃を放とうとしていた。
『祐二君!』
カエラが、動けるようになったらしく僕の方へ飛行してきた。一時的に硬直しているように見えた一号機を避難させようとしたようだが、その時件のケーゼが弾丸を放ってきた。
僕は舌打ちし、再び上昇して重力バリアを使う。弾丸を防ぐと、素早く頭部を背後に回し、「カエラ!」と叫んだ。
彼女はそれだけで、僕の意図を察したらしい。肯くように機体の頭部を引き、断面から火花を散らしているボーアを両手で掴むと、敵の第二陣が集結している辺りに思い切り投げ付けた。爆発が起き、連鎖反応を起こしたように戦闘機たちが一斉に掻き消える。
爆炎の中から、また新たなバーデやボーアが現れた。ちらりとケーゼ隊を窺うと、またそれらに攻撃しようと機銃を向けている。
『私たちが守っている間に背後から撃てって言っているのが、何で分からないのかなあ……あれじゃ、タゲって下さいって自分たちから言っているようなものじゃん。サバイユ君、ちゃんと指示出して!』
カエラは、苛立ったように叫んでいる。サバイユの怒鳴り返す声が聞こえた。
『俺にも分かんねえよ! このニーズヘグで、直接カバーしに入ってやる』
『そうじゃないでしょう! 私たちの手間を増やさないで!』
僕は「落ち着いて」と言い、重力バリアの調整を急いだ。
「さっき君自身が言ったように、ケーゼ隊のバックアップに行って。彼らを、ダークの作戦通り後方に回すんだ。サバイユ、伊織に伝えてくれ。彼が動けば、きっと皆も従うはずだ」
『アイ・コピー』『合点だ』
二人が動き出す。僕は接近してきた戦闘機の射撃を防ぎ、刀を一閃して先陣のコックピットを一気に潰した。ケーゼ隊がまた残骸に向けて撃ってくるので、重力バリアで防ぎつつ敵の第三陣に入り込む。
伊織の機体と思しきケーゼが方向転換し、二号機が残りを後方に追い立てるように接近する。頼むから指示通りに動いてくれ、と思っていると、最初に射撃を行ったケーゼが信じられない動きをした。
二号機の肩部で鋭い音が響き、機体が大きく傾いたのだ。何が起こったのだ、と思った時、カエラが叫んだ。
『撃ったね、私の事!』
『ふざけんな! 何やってんだ、てめえは!』
サバイユが光通信の無線機に叫んだ声が、こちらにも届いてきた。
『あ? ……馬鹿吐かせ、死にてえのか! ……よし分かった、てめえがその気ならこっちにも考えがあるよ』
彼に『祐二』と呼ばれ、僕は姿勢を正す。敵の攻撃を防ぎ、機体を切り裂く腕は、反射で半ば自動的に動き続けていた。
『今カエラを撃ったケーゼを、拿捕しろ。ニーズヘグに引っ張って来い』勘違いするなよ、とサバイユは続けた。『本当だったら撃っちまえっていうところだが、ケーゼを失う訳には行かねえから、わざわざ引っ張れって言っているんだ。とにかく、そいつをもう前線に出すな』
「どうしたんだよ? 一体あいつは何故……」
僕が言った時、すぐ横で爆発が起こった。横方向からGが襲ってきて、僕は座席ごと薙ぎ倒されそうになる。前に居たバーデが攻撃してきて、狙いが逸れたらしい。近くに浮かんでいた戦闘機の残骸に当たり、爆発させたのだ。
十五対二千。スペルプリマーが守りに徹し、ケーゼ隊が背後から総攻撃を仕掛けてやっと勝算が見えてくる程、僕たちは圧倒的に不利だ。既に何機か撃ち漏らしが出、ディベルバイスの方に向かってしまい、射撃組が対応してもいるようだ。このまま皆で連携が取れなければ、近いうちに限界が来る。
そう思った時、伊織が再び旋回した。二号機を撃った機体に向かってハーケンを撃ち、拘束する。ドッキング状態のまま敵後方へ行き、戦闘を続行する。
『何やってる、祐二!』
「サバイユ! さっきのケーゼは伊織が捕まえた、今はもういいだろう。僕は、まだ離脱する訳には行かないんだ。それより、ディベルバイスの方に向かった奴らはどうなっている? 船は持ちそうなの?」
『悪りい、ニーズヘグでも押さえきれなかった! でも、今んとこ問題ねえよ、お前は気にせず、これ以上敵を来させねえようにしろ!』
「……アイ・コピー!」
僕は答え、再び敵を睨んだ。
もう自棄だ、仲間たちに思いやり合いながら戦う気がないのなら、僕やカエラだけがそうしたところで、戦況が好転するはずもない。求められるのは短期決戦、敵のボーアなど、大型爆弾とでも思ってどんどん爆発させればいい。それで巻き込まれる者が居れば、自己責任だ。
「や……ああああああ──っ!!」
僕は満腔の怒りを込め、咆哮した。バリアを解除し、襲ってくる敵機のエンジンに向かって、渾身の力を込めて刀を突き出した。