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『破天のディベルバイス』第11話 闇の時代③


          *   *   *


 訓練は、今までの戦闘データから作り上げたシミュレーション映像をメインモニターに流す事で実施された。画面上の敵を撃つとスコアが入る、という、養成所と同じ方式だ。だが、養成所の訓練が固定された機体に搭乗し、VR技術と感覚信号の送信で行われるのに対し、映像しか用意出来ない僕たちは実際に宇宙に出、飛行しながら操縦を行うしかない。無論それで、仲間同士の機体の接触事故を起こしたりしては大変なので、モニター上にARで敵機を映し出す、という方法が採られたが、これが思いの外難しかった。

 まず、訓練生たちは映像上の敵機に射撃を受けても、被弾したという感覚がない。だから、成功や失敗に関しては傍で監督している僕がいちいち伝達するしかないのだが、そうなると往々にして、当たった、当たらなかったという判断に、操縦者と僕との間で食い違いが発生する。

『疑わしいのはアウトにした方がいい。実際の戦闘じゃ、そんなギリギリじゃ確実に撃墜される。シミュレーションは大切だが、シミュレーションそのものに慣れられちゃ困るだろ』

 伊織がニーズヘグから言ってきたので、僕もそれはそうかと思い、生徒たちにそのように伝えた。そうなるとどうしても厳しくならざるを得なくなり、彼らからは「面倒臭い」という声が続出した。

 また、疑わしい状況の度に僕が口出しをする為にいちいち止めねばならないので、慣れない者が含まれるグループでは、その特定の生徒が頻繫に全体の足を引っ張る事もある。当然対立は生じ、連携は増々乱れる。この最初の時も、皆でニーズヘグに帰投するや否や喧嘩になった。

「何だよお前、邪魔ばっかりしやがって!」

 射撃組出身の、既にホライゾンとの交戦でケーゼを動かしていた男子生徒が、機体から降りるや否やスカイに食って掛かった。スカイはむっとし、だが静かにその男子に反駁した。

「その言い草はないと思うな。慣れていないものは仕方がないし、その為の訓練じゃねえか。俺だって、邪魔したくてしている訳じゃない」

「じゃあさ、お前が慣れるまで俺たちは参加しなくていいよな? 遅い奴に全部合わせていたら、それこそ余裕を持って敵と戦えるようになるまでに殺されて終わっちまうぜ」

「そうやって、また休む事しか考えねえ。嫌々やる奴がいちばん、皆の足を引っ張っているって分かんねえのかよ」

「お前が言う『皆』って誰だよ! この中で、やりたくて訓練をやっている奴がどんだけ居るっていうんだよ?」

「それじゃ何で、お前は護星機士養成所に居た? 地球で遊ぶ為か?」

「よせよ、スカイ」

 同専攻のケン・ニールが、彼を宥めようとする。騒ぎが大きくなるような気がしたので、僕は慌てて彼らの間に割って入った。

「何でそう、いちいち喧嘩するのさ? 気が立っているのは仕方がないかもしれないけどさ、それが理由ならこれは八つ当たりじゃないか。やめとけよ、時間の方が勿体ない」

『全員、ぐずぐずしてねえでブリッジに上がって来い!』

 サバイユの怒鳴り声が、無線機から響いた。

『てめえらに言いたい事が、山程ある』


          *   *   *


「何だあのざまは? 連携も何も、ぐだぐだじゃねえか!」

 ブリッジに戻ると、まずサバイユが、最初のように並んだ生徒たちに向かって声を荒げた。スカイは苦々しげに歯軋りし、アイリッシュは不貞腐れたように彼から目線を逸らしていた。

 サバイユは「祐二も祐二だ」と僕に水を向けた。

「お前が甘ったれた指揮を執るから、こいつらが真面目にやらねえんだろうが。お前は、実戦でいざとなったら自分がスペルプリマーで戦えばいいと思っている。だからこいつらの訓練に、本気になれねえ。自惚(うぬぼ)れるのはやめろ」

「そんな事……」

 偉そうに命令しないでくれないか、と思った。見ているだけの彼ならどうとでも言えるかもしれないが、実際に現場で指導をしている僕からすれば、生徒たちから反抗的な態度を取られるのは僕なのだ。僕が、彼らの意思にまで介入出来るものだと思っているなら、大間違いだ。

「サバイユ、お前もいい加減にしろ」

 僕が何も言えないでいると、伊織が代わりに前へと進み出た。

「祐二と俺に船外活動を任せたのは、お前たちだぜ」

「ダークは確かに、お前たちのやり方を見ると言った。でも、それがこのざまだから仕方ねえよ」

「見ているだけのお前たちは、口だけなら何とでも言えるはずだ。宇宙海賊なんて真似をして、民間船や訓練生から略奪を行う事しかしなかったお前たちは、現状を単純に見すぎている」

 伊織が言った時、突然サバイユの顔色が変わった。

「……知ったような口、利くんじゃねえ」

「ああ?」伊織は尚も何かを言おうとしたようだったが、その直後サバイユの右手が彼の左肩を鷲掴みにした。その手が震える程力が込められ、伊織は痛みを堪えるように眉を潜める。

「お前たちは、街中で隣を歩いていた人間が突然撃ち殺された事はあるか? その血を顔面に浴びた事は? 死体に紛れて、腐りかけの肉から漂う悪臭の中、死んだ振りをして一晩を明かした事は? 絶望した身内に、死の道連れにされそうになって、逆に殺した事は? 身内の女が裏社会の人間に体を売り、それを目の前で見つめざるを得なかった事は? プロペラの中に隠れた子供が、その回転で挽き肉にされる瞬間を見た事は?」

「何だよ、それ……?」

「俺はあるぜ。身内の人間の死体を食った事もな。夢見る前に現実を見ろ、お前らはニルバナでも、俺たちにそう言ったな。だが、俺から言わせて貰えば、お前らの目は潰れているも同然だ。優しいだけが秩序とは限らねえんだよ」

「……結局」アイリッシュが、ぽつりと呟いた。「不幸自慢になるのかよ。お前らの昔と、今の俺たちに何の関係がある?」

「力のねえ人間は、そうなるって事だ。今のお前らは、ダークを止める事すら出来ねえだろうが。悔しかったら真面目にやって、俺たちを舵取り組から追い出してみせる事だな」

「居候の分際で……!」

 ──これを乗り切らない限り、僕たちが火星で安泰を得る事は出来ない、とダークは言っていた。だがそれは、乗り切れない僕たちに待っているものは死だけだという事の裏返しなのだろうか。

 僕は、何故このような時に、例の凶暴な衝動が現れてくれないのだろう、と皮肉に思った。心を鬼にする事が出来ないと、生き延びられない世界に、本当に秩序はあるのだろうか、という疑問を、既に否定出来ず受け入れている自分が居る。それでも鬼になりきれない自分が、苛立つ程に中途半端に思えた。


          *   *   *


 一ヶ月が過ぎたが、ディベルバイスの空気はあまり変化しているようには見えなかった。だが、こうして振り返ると確実に、日々の小さな積み重ねによって変化は生じている。

 小康は、確かに訪れた。嫌々ながらも訓練を行っている生徒たちは、少しずつではあるが戦闘を効果的に行えるようになってきている。僕も伊織も、決して指導の腕が上がった訳ではなかった。だがダークは、従わない生徒の話を聴くとすぐに駆け付けて、彼らに銃口を向け、制裁を加えた。その恐れが僕たちに対しても、鬱憤と、それを抑圧した恭順として向けられているのだ。

 もしも生徒たちの感情が爆発したら、いちばん最初に餌食になるのは僕たちだろうな、という話は、既に伊織やカエラと何度も行ってきた。訓練が毎日あるので、僕とカエラがスペルプリマーに搭乗する日も以前より何倍も増え、疲労とストレスは際限なく発生し、蓄積される。僕はそれを、カエラと交わる事で発散するようになっていた。

 現在僕たちは、セントー司令官の乗艦バイアクヘーとの会敵に向け、準備を整えながら漂流を続けている。出来れば遭遇したくはなかったが、過激派の先遣隊と戦ううちに、何度かバーデを取り逃がした事があった。ディベルバイスがアモール群に進路を取っている事は、既に敵には知られているだろう。

「ラトリア・ルミレース、先遣隊。レーダーによると、次の数は約二千。今まで交戦してきた月面制圧部隊に続く数、火星圏への旅が始まってからは過去最大クラスの大編隊だ」

 この日、ヒッグスビブロメーターが検知した敵性反応を見ると、ダークはブリッジクルーたちにそう言った。ポリタンが素早くシミュレーションを行い、邂逅までの時間を計算する。

「ランデブーまで、あと約三時間」

「三時間もあれば、迂回して戦わずにやり過ごせるんじゃない?」

 ラボニ先輩がそう提案したが、ダークは(かぶり)を振った。

「向こうも、ディベルバイスに気付いているだろう。こちらが迂回航路を採ったとしても、すぐに読まれて何割かを回される。ならば、遠回りに時間を割くのは賢明な判断とは言えない。スペルプリマーとケーゼを出し、撃滅する」

「でも……」

「バイアクヘーとはほぼ確実に遭遇すると思われるし、場合によってはノイエ・ヴェルトともかち合う事になるんだ。この程度の敵を蹴散らせなくては、宇宙戦艦との対決は望めない」

 僕は、確かにその通りだと肯いた。賛同の意を示す為、「作戦は?」と尋ねる。

「数の差では、こっちが圧倒的に不利だ。今度はあいつらも、スペルプリマーの存在を計算に入れた上で向かってくるんだと思うし」

「重力バリアを使用出来るスペルプリマー二機を、艦前方に押し出す。貴様とルキフェルは、向こうから仕掛けてきた相手を狙って、船に近づけないようにしろ。攻めではなく、守りに徹するんだ。その隙に、ケーゼ隊はニーズヘグで敵に接近し、散開しつつ風穴を穿つ。……更に詳しい事は、相手のフォーメーションを見ない事には決めかねるがな」

「メンバーは?」

「神稲伊織を、ケーゼ隊行動隊長とする。後はスコアが良好な者から順、残った上位成績者の中から射撃組を選出する。本船ブリッジの指揮は俺が、ニーズヘグのブリッジ統括はサバイユが行う。ユーゲントは一時間以内にスコアを集計し、人員を配置しろ」

 ダークの指示は的確だった。ユーゲントたちは最早渋るような様子を見せず、形式通り「アイ・コピー」と答えて作業に取り掛かる。僕は隣に立つカエラの方を向き、口を開いた。

「じゃあ、行こうか」

「ええ。……大丈夫、皆の事は皆に任せて、私たちはいつも通りの戦いをすればいいのよ。気負う必要はない」

 僕たちは皆でブリッジを出、指示された通りの配置に就くべく廊下を進み出す。伊織やサバイユが作業船格納庫の方に行き、別れると、僕とカエラはどちらからともなく手を握り合った。

 僕たちは大丈夫だ、と信じた。こうして繋いでいる手の温度、彼女の体の熱が、僕の戻るべき場所だ。

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