『破天のディベルバイス』第11話 闇の時代②
* * *
「教官としての役目を、僕たちが?」
ダークたちが一晩掛けて練ったらしい訓練メニューを見た時、僕が抱いた感想は、厳しすぎる、という一言に尽きた。伊織たちも、危機感を抱く以前にげんなりとした顔で、言葉が出ないというように黙りこくった。更にその上、僕たちが何かしらの意見を言う間もなく、驚くべき事が告げられた。
「渡海祐二、カエラ・ルキフェルはスペルプリマーのパイロットだ。神稲伊織は射撃組の筆頭であり、戦闘機の操縦訓練に於ける成績も群を抜いている。綾文千花菜、美咲恵留は生活面で、能義万葉らを中心に生徒たちを牽引しているらしいな。戦闘、それ以外の軍事行動、貴様らは立場上、訓練生たちに指導を施すにはもってこいの人材だと見えるが?」
「お褒めに与り光栄だよ、船長殿」
伊織が、皮肉るように言った。
「でもこれ、リバブルエリア養成所の護星機士訓練課程より何倍も密だし、また不満が溜まる事になるんじゃないか?」
「同じ訓練課程出身の正規機士に、経験で劣るここの連中が対抗し得るようにするには、この程度はこなせねばならない。ディベルバイスは確かに強い戦艦だが、既存のマシンスペックに依存し、個人のポテンシャルを顧みないのは愚者のする事だ。それに不満が溜まったところで、従わせる方法は幾らでもある。奴らの顔色を”最良の判断”に含め、温いやり方しか出来なかったユーゲントとは違ってな」
いちいち挑発するような事を言わないでくれ、と僕は苛立つ。ユーゲントからの見られ方がこれ以上悪くなったら、この第二次体制は早々に破綻してしまう。だが先輩方は、何も容喙しなかった。
「でも、個人の体力には限界があるよ?」と千花菜。
「この船の目指している場所は何処だ? 火星だろう? そこでは、生き抜く事自体が難しい。この程度で音を上げているようでは、運良く半月間を生き延びられたとしても、待っているのは死ばかりだな」
「基礎体力を鍛えるのも、訓練のうちでしょ」トレイが言った。「怪我しようが体調を崩そうが、私とシックルがすぐに治してやるから。最初の方さえ乗り切れれば、どうとでもなるんじゃない?」
「強引にやるだけでは、統治は上手く行かないわよ」
アンジュ先輩は、一応というように口を挟む。だが彼女も、昨夜このカリキュラムを作成する作業には携わっているようなので、ダークたちのメニュー自体は受け入れているようだった。
「俺も、脅迫を統治の主とするつもりはない。だからこそ、貴様ら──生徒であり、舵取り組でもある者たちが必要なのだ」
「俺たちに、アンジュ先輩が務めていたようなパイプ役を務めろと?」
伊織が尋ねる。恵留は、ぽつりと「胡散臭いなあ」と呟いた。
「あたしたちがいきなりこのメニューの指導役になったら、第一次舵取り組出身なのに変わり身が早すぎる、とか言われて、皆の怒りの矛先があたしたちに向くんじゃないかなあ。そしたら、さっきダーク君も言った通り、生徒たちの中でいちばんユーゲントに近い、力を持ったあたしたちが、彼らから隔たる事になる。あたしたちまで、ユーゲントみたいに失脚しちゃう」
「邪推はよせ。第一俺たちが奴らを鍛錬しようとしているのに、何故貴様らの信頼を失わせなければならない? ディベルバイスの安全を強化しようという事は真実で、他意はない」
そうかなあ、と恵留は尚も言う。カエラは「恵留」と彼女を制止し、ダークたちに向き直った。
「まあ、確かに指導役が私たちになるのはいいかもしれないね。いきなりあなたたちが当たって、生徒たちが従わないんじゃ元も子もないから」
僕は肯いた。統治体制が変わらなすぎるのも良くないが、ダークの、というよりアンジュ先輩の判断が適切だったのかどうか、見極める事も出来なくなっては仕方がない。
僕は、伊織たちを説得する意味も込めて「分かった」と言った。
「だけど任せて貰うからには、ある程度僕たちのやり方も含まれるからね。僕たちも変わらないメンバーとして、場合によっては僕たちの最適だと思った方法で皆を引っ張るようにする」
「……まずは、見せて貰おうか」
ダークは、ただそうとだけ答えた。
* * *
僕と伊織が任されるようになったのは、主に生徒たちがケーゼを用いて行う船外活動の訓練だった。僕はスペルプリマー一号機を利用して、伊織はニーズヘグのブリッジからそれぞれ生徒たちと通信を行う。
ケーゼは二十機あるので、訓練も二十人ずつ行う事になった。最初のメンバーの中に、アイリッシュやその周辺の生徒たちが居り、僕と伊織が指導に当たるという事を知ると、すぐに「ふざけんなよ!」と叫んだ。
「お前たちも結局、舵取り組に尻尾振るだけの犬なのかよ?」
そんな訳あるか。僕たちだって、精一杯やろうとしているんだ。
僕はそう言いたくなり、ぐっと我慢した。最初から彼らが従わなくてはどうしようもない、という事で僕たちに役目を任されたのだ。ここで、余計な反感を買うような事を言ってはいけない。
「従わない奴が居れば、殴っても構わない」
ダークにはそう言われた。伊織はその気になれば実行出来そうだが、僕はあの凶暴な発作が起こってもいない時に、あまり仲間を殴るような事はしたくない。出来そうもない、と言うと、ダークは「ならば」と言って細い鞭を渡してきた。
「作業船を魔改造する為に持ち込んだ素材の中から、ゴムで作ったものだ。言う事を聴かない奴は、それで打て」
それもなるべく使いたくないな、と思ったが、一応受け取っておいた。殴るのとどちらが痛いのかは分からないが、自分の拳の痛みを感じなくていい分、彼らの受けた痛みを考えて罪悪感を感じる事はないかもしれない、と考えた。
「僕たちは全員、戦えるようにならなきゃいけない。それは事実だろう?」
僕はポケットに手を入れ、短く縮んだ鞭に触れながらも努めて静かに言った。ちらりと背後を窺い、教育実習生を眺める教師の如く僕たちの指導の様子を見ているサバイユ、シックルを見る。彼らは一切口を挟む事なく、真剣な表情でこちらを見返していた。あたかも、そのまま続けてみろ、と言うように。
「確かに僕は、スペルプリマーで戦っている。でも、それだけじゃ限界があるんだ。それは先日のホライゾンとの戦闘でも、分かって貰えたと思う」
「お前が、もっと戦えるようになればいいじゃねえか」
誰からか、また野次が飛ぶ。伊織が「おい」と声を上げかけたが、僕は素早く手を前に出して彼を制し、続けた。
「それと同じ事を、僕も皆に対して思っているんだ。僕たちは、リバブルエリアで何の訓練をしていた? 護星機士になる為のものだろう? 戦いの要は人だし、守りながら戦う方が難しい事もある」
「偉そうに……」アイリッシュがまた何かを言いかけたが、
「アイリ、よせ」
それを押し留めた声があった。発言者は、システムエンジニアリング専攻のスカイだった。
「俺は、戦えるようになりたいな。戦闘にはまだ慣れなくて、射撃組に入れてもいねえからさ。もう、俺が戦えないせいで目の前でティプ先輩みたいに死ぬ人が出たら、気分悪りいよ」
「スカイ……」
僕は、救われたような気持ちで彼を見る。伊織もほっとしたように安堵の息を吐いてから「よし」と柏手を打った。
「基礎的な事から始めるぞ。全員格納庫に行って、最初に割り振られた番号通りに機体に乗り込んでくれ。通信は、こっちから繋ぐ」