『破天のディベルバイス』第11話 闇の時代①
①渡海祐二
西暦二五九九年、八月十七日。フリュム船ディベルバイスの中に、今までとは全く異なる体制が築かれてから、今日で丁度一ヶ月が経つ。現在ディベルバイスに漂っている空気は殺伐として張り詰めており、これが本来、僕たちがリバブルエリアで受けているべきだった護星機士の訓練課程だ、などと言われても誰もが認めたくないような気分になっていた。
「おい、そこ! 腕が上がっていねえぞ!」
「サボる事しか考えていねえ奴には、あと五十回ダンベルカールを追加する!」
「船外活動に出てねえ奴は誰だ!」
新たな舵取り組として台頭したダークギルドは、ダークによって編み出された苛烈な訓練メニューを生徒たちに課した。空気が殺伐としている理由は、監督役となったダークギルドのメンバーたちが四六時中怒鳴っているからであり、また廊下ではそれを施された生徒たちが始終陰口を叩いている。
だが、船内の治安が悪化している訳では決してなかった。ユーゲントは今や、ブリッジでギルドの傀儡となり、彼らの支配に協力せざるを得なくなっている。信用が薄らいだとはいえ、彼らは自分たちの最終的な心の拠り所だ。生徒たちは、ユーゲントの安全が保障されていない上に彼らがダークギルドに従うよう命じるので、不満は零しながらも従順な態度を保っていた。
それに、小惑星帯アモールから向かってくるラトリア・ルミレースの先遣隊などと戦う際、ダークの組んだフォーメーションやそれまでのケーゼ操縦訓練により、今までよりも戦闘がかなり効率的に行われるようになった、という否定出来ない事実も、ギルドの独裁体制に正当性を与えていた。
僕はこの状況に対して、非常に危険だ、という考えを持っていた。生徒たちが静かなのは、不満という火種を爆発させずに溜め込んでいるからだ。これはいずれ、反動となる可能性が高い。ダークたちの行動には何か裏があるような気がするが、火星圏に着く前にその反動が来たら、どのような悲劇がディベルバイスを襲う事になるのだろう?
* * *
ダークギルドの反乱は、本当に何の前触れもなく起こった。
一ヶ月前の今日、七月十七日の朝。その先晩激しく愛し合った僕とカエラは、目が覚めても暫し虚脱したような状態だった。ニルバナの村人たちによる虐待を受けていた僕は、それから半日も置かずに行ったカエラとの行為により、全身の関節が引き攣ったように痛んでいた。素面に戻った後の僕たちは多少の気恥ずかしさを感じながらも、「おはよう」を言った後も一糸纏わぬ姿のまま寄り添っていた。
ブリッジからの通信用に、部屋に持ち込んでいた無線機に着信があったのは、そんな状態の時だった。テン先輩から『渡海、起きているか?』と名を呼ばれ、僕は慌ててベッドから這い出た。
「おはようございます、テン先輩」
部屋にカエラが居る気配を悟られないよう、意図して普段通りの声を使いながら僕が挨拶すると、先輩はすぐに用件を切り出した。
『ちょっと早い時間だけど、さっきアンジュから連絡が入ってな。何か、舵取り組に重要な話があるみたいだから、渡海とルキフェルをブリッジに呼び出してくれ、って頼まれちまったんだ』
「アンジュ先輩が? 通信じゃ駄目なんですか?」
『直接話したい事なんだとよ。俺も聞いてみたんだけど、何だかアンジュ、歯切れ悪くってさ。まあお前たちも、差し支えないよな?』
そんなはずはないのだが、その時僕は何だか、僕がカエラと行った事を暗に咎められているような気がして、体が縮こまった。
「大丈夫です。着替えたら、すぐに行きます。カエラには、僕の方から伝えておきますので」
『頼む』
そこで、通話は終わった。僕がズボンを拾い、足を通そうとすると、カエラは上体を起こして「どうしたの?」と尋ねてきた。
「アンジュ先輩が、僕たちにブリッジに来て欲しいって言っているらしいんだ。もしかしたら、伊織や千花菜も呼び出されているかもしれない」
「気になるね。先輩も昨日、大分傷ついていたみたいだし」
カエラは、下着も穿かないままマットレスの上にぺたんと座り込む。不思議と一夜が明けると直視出来なくて、僕は目を逸らしながら言った。
「今後の方針について、詳しい話をされるのかもしれない。半月間も旅をするんだ、ただ火星を目指します、じゃ具体性がないし」
言いながら僕は、その通りだよな、と自分で思った。食糧などが不足する心配は、当分はないだろう。だが、具体的にはどのような戦いを行いながら火星圏に向かうのか、船内システムのメンテナンスは何処で行うのか、旅の間訓練生たちをどう過ごさせるのか、ダイモス戦線の生き残りとランデブーを果たしたとして、保護を求める為にどのような対応を行うのか、など、課題はまだまだ沢山ある。
今回のニルバナの件で、ユーゲントは生徒たちからの信頼を大幅に失った。だが、だからこそそれらを取り戻すには、今までのように常に”最良”を追求せねばならないのだ。
僕はアンジュ先輩の自制心と行動力、状況判断能力に心の中で敬意を抱くと共に、現状から目を背けるかのようにカエラと関係を持った事が少々後ろめたくなった。その一方で、何処かユーゲントの危機感が他人事であるかのような気もしていた。恋人を手に入れた僕は、これから先何が起こっても運命を共にする相手が居る、だから何とかなるだろう、という。
僕、カエラがブリッジに行くと、既に伊織、千花菜、恵留がそこに居た。射撃組の筆頭である伊織は当然として、訓練課程での行動班である女子二人が居るのは、舵取り組としての最初の話し合いに参加したメンバーだからに違いない。ジェイソン先輩はやはり、姿が見えなかった。
僕たちが入ったのを見ると、伊織は「よっ」と片手を上げて声を掛けてきた。
「目の下に隈が出来ているぞ、祐二。ちゃんと眠れたのか?」
「まあ……ね」曖昧に返事をしつつ、彼に気付かれないようにちらりとカエラの方に視線を移す。彼女は、赤面しないようにか俯いていた。
「疲れている以上に不安になると、逆に眠れないのかもね」
「一人部屋だから余計にだろ。落ち着いて眠る為に一人部屋にして貰ったのに、それじゃあ本末転倒だって。たまには、俺の部屋に戻って来いよ」
「そういう伊織は、眠れたの?」
「まあな。確かにちょっと、時間は掛かったけど」
ここ一ヶ月半の間ずっと静止したユニットの公団住宅で眠っていたのに、急に環境を戻してよく眠れるな、と思い、実際にそう言ったところ、
「家じゃない場所なんだから、リバブルエリアの養成所もディベルバイスも、ニルバナの団地もそこまで変わらないでしょ」
恵留がそう言った。神経が細いのは僕の方か、と思った。
「ところで、先輩方」千花菜が、ユーゲントのメンバーの方を見た。「肝腎のアンジュ先輩はまだ来ないんですか?」
「ダークギルドの人質、だからな」
ヨルゲン先輩が、苦々しげに答えた。その言葉に、他の先輩方は複雑そうな表情になる。昨日ディベルバイスに再乗船してから、アンジュ先輩はすぐさまダークたちと一緒に、ニーズヘグに移動したのだ。僕もホライゾンとの戦闘以降、ダークギルドに対して抱いていた悪い感情は薄れていたが、アンジュ先輩がいつまでも彼らと共に居る事に対してはあまり良く思えなかった。
「あいつらの許可がないと、俺たちと通信で話す事も出来ないんだ。アンジュはもう船全体の指揮を執る立場だっていうのに、あいつら、全く状況を弁えもしねえんだから……」
その時、突然ブリッジ出入口の自動扉が開いた。
全員の視線が、一瞬のうちに重なる。その焦点に、ケイトが立っていた。
「はーい! 皆、あたしたちの事呼んだ?」
「ケイト・クラブ……」
ラボニ先輩が言いかけた時、ケイトの背後からヤーコン、ボーン、シックル、ポリタンが飛び出してきた。彼らは、僕たちがあっと声を上げる間もなく僕たちの周囲に回り込むと、ケーゼやニーズヘグの作成に使用されたものの残りと思われる鉄パイプや機銃の筒などをユーゲントに向ける。先輩方は反射的に手を挙げ、コントローラーから離れた。
「ごめんねー、皆。大人しくしてくれれば何もしないから、安心して」
ケイトは、小悪魔的な笑みを浮かべながら言う。誰もが絶句したが、最初に声を取り戻したのは伊織だった。
「どういう事だ、これは!?」
「言葉通りだ。そのままにしていれば、俺たちも手は出さない」
低い声が聞こえ、ブリッジにダークが入ってきた。拳銃をこちらに向け、左右にトレイとサバイユを控えさせている。彼に隠れるようにして、アンジュ先輩の姿もそこに現れた。
彼女はすぐにダークの背後に隠れてしまい、その表情は見えなかった。僕はついそれを確かめようと横に足を動かし、
「動くなって言ってんだろ!」
サバイユに一喝された。
「この船の指揮権は、俺たちダークギルドが貰ったぜ。お前らはこれから、意思決定者じゃなく操縦者として、このブリッジで働いて貰う」
「ダーク、それはあなたの意志なの?」
マリー先輩が、宣言したサバイユからダークに視線を移す。ダークはじろりと彼女を見ると、短く「そうだ」と答えた。
「……見損なったわ、あなたの事」
「どうとでも言っているがいい。これは最早、逃れられない事だ」
「もしも」ウェーバー先輩が、油断のない低音で問い掛けた。「私たちが、あなた方の意思に従わないと言ったら、どうしますか?」
「……貴様らとは、共通の敵と何度も戦ってきた間柄だ」
ダークは言う。
「なるべく、俺たちの手に貴様らを掛ける事はしたくない。だが貴様らが、古び、既に形骸化した秩序に固執し、しがみつき続けるのなら、除かねばならない。半年という時間の中で、今の貴様らの体制では、火星に着く前に確実にこの船が破綻するという事だけは伝えておこう」
「やむを得ない場合は、我々を殺すと? 何故、言葉を濁すのです。脅迫により要求を押し通したいというなら、もっと効果的な言葉を使った方がいいですよ」
「じゃあ、分かりやすく言ってやるよ」
ウェーバー先輩の見下すような口調が、サバイユの気に障ったらしかった。
「以後お前らは、俺たちの指示に従え。さもなくばぶっ殺す!」
千花菜と恵留の空気が、僕の後ろで凍りついたように感じた。伊織、カエラはぐっと両手で拳を作り、悔しそうに相手を睨んでいる。
「そうですか」
ウェーバー先輩は、何事もないかのように答えた。そして突然すっと手を動かし、コントローラーの何処かのボタンを素早く押した。あっ、と誰かが声を上げる間もなく、スピーカーが落ちる音がする。僕はそこで、先輩は手を挙げる直前からずっと船内放送でこの会話を流していたのだ、と気付いた。
「てめえ……っ!」
眼帯のボーンが、彼に向って鉄パイプを振り下ろした。卓上に伸ばされていた彼の腕が強打され、先輩は小さく呻きながらよろめく。伊織はそこで我慢出来なくなったらしく、後ろからボーンに飛び掛かって肩を引っ掴んだ。
ボーンは体を捻り、バットでスイングをするかのように鉄パイプを振るう。伊織は横に滑るかのように体を開き、同時に動かした右足を相手の左足に絡める。コンマ数秒と置かず、肩を掴んでいた手を腕の方に滑らせ、反対の方の腕も掴んで拘束するような体勢になる。
「この野郎……」
ボーンが毒吐きかけたが、伊織は最後まで言わせずに上体を落とし、回転させるように相手をブリッジの床に叩き付けた。「祐二、ダークを押さえろ!」
「えっ、でも……」
僕は戸惑い、きょろきょろと周囲を見回す。ボーンと同じくユーゲントに武器を向けていたギルドメンバーの男たちは、伊織の動きに面喰らったように呆然と立ち尽くしていた。
その刹那に、僕は付け込むべきだったのかもしれない。だが、僕が動けないでいるうちに彼らは立ち直り、こちらに向かって踏み出そうとした。
(マズい!)
そう思った時、ブリッジの外から大勢の足音が響いてきた。ダークが気付いて振り返ろうとした瞬間、開きっ放しになっていた自動扉から生徒たちの姿が湧出し、雪崩れ込んできた。
誰かの手が素早く伸び、ダークの後ろに居るアンジュ先輩の体がぐいっと後方に引かれた。彼女が引き離されるや否や、生徒たちはわっと叫んでダークに飛び掛かる。彼は少々不意を突かれたようだったが、すぐにファイティングポーズを取り、襲い掛かる生徒を次々に躱し、体技によって反撃を叩き込んでいった。
「貴様らが群れたところで」
第一陣が薙ぎ倒されるのを見た生徒たちは、今度はダークを避けてブリッジの中程まで進み、僕や伊織に向かいかけていたヤーコンたちを標的にした。ダークギルドは舌打ちをし、迎撃しようと武器を構えた。
彼らがぶつかり合うという瀬戸際、
「やめなさい、皆!」
アンジュ先輩の一声が、一瞬にして騒ぎを打ち消した。
「先輩……」入口の辺りで、ポリタンに和幸をけしかけようとしていたショーンがきっと顔を上げて彼女を睨んだ。
「先輩はこいつらに捕まっているんだぞ。助かりたくねえのかよ?」
「違うわ。私は、ダーク君たちの行動の理由を知って、理解しているもの」
ブリッジの沈黙の硬度が、一気に増した。僕は驚き、いつの間にか姿が見えるようになっていたアンジュ先輩を見つめる。彼女は毅然としており、騒ぎを鎮める為に咄嗟に言った、もしくは、最初からそう言うようにダークに脅されていた、という感じはしなかった。
皆の視線が、一様にアンジュ先輩からダークに移る。黒髪の少年は微かに嗤笑を浮かべながら、「そういう事だ」と言った。
「貴様ら、この女の指示には従うべきではないのか?」
「……ディベルバイスが、お前らを助けてやったのに」
この恩知らずが、と、ショーンは小さく吐き捨てる。和幸は彼を宥めるように肩に手を置き、再びアンジュ先輩の方に向き直った。
「先輩、どういう事なんですか? ダークギルドに脅されたんじゃあ?」
「そうじゃないの。これは、私の意志でもあるのよ」
「聞き捨てならねえな、アンジュ」
テン先輩が、彼女を睨む。
「俺たちはずっと、お前を心配していたんだぞ。それなのにお前は、ダークギルドに寝返っていたっていうのか?」
「彼らは同じディベルバイスの仲間よ、テン。指揮を委ねられた私が、これからの指揮は彼らに任せた方がいいと思ったからそうしたの。何も権限を逸脱した訳じゃないし、寝返りとか、そんな事も考えていないわ」
「さっき、お前はこいつらの行動の理由を知った、とか言ったな。それは?」
「ダーク君たちは、ちゃんとディベルバイスの将来を考えている。私、昨日実感したの。もうユーゲントじゃ、訓練生たちの不満は受け止めきれない。溜まって、吐き出されて、何も変わらなくて、もっと不満が溜まって。その繰り返し。火星圏に辿り着く前に、絶対にパンクは起こる」
アンジュ先輩の言葉は、自分たちに反抗的な生徒たちへの皮肉のようにも捉えられた。ブリッジに押し掛けてきたショーンたちは、怒りと慚愧が等分に同居したような顔で緘黙を続ける。
テン先輩は、彼女の言う事を正論だと思ったのだろう、悔しそうに唇を噛んで黙り込んでいたが、再び声を絞り出した。
「じゃあ、ダークに聴かせて貰おう。お前たちのやり方でディベルバイスを統治出来るというなら、その方法は?」
「本艦の、戦闘能力の強化」ダークは淡々と言う。「そもそも何故、不満が溜まると思う? 先が見えないからだ。いつ、宇宙連合軍やラトリア・ルミレースに襲撃されるか分からない。襲撃された時、自分たちが生き延びられるのかどうかも分からないから、怯懦が生じる。臆病者は恐れを抑圧しようとして、ストレスになる。それが、指揮権を持つ故にユーゲントが矢面に立たされているという現状だ。ならば、皆が戦っても確実に勝てるようになればいい。確勝出来る相手ならば、会敵したところで恐怖は生じない。もしくは、緩和出来る」
「それで?」
「俺たちは、独立を諦めた訳ではない。あのニルバナが土地として使用出来なくなっただけで、可能性自体はまだ生きている。このディベルバイスに居る者たちを、第一二五代新生護星機士団部隊として独立させる」
ダークが宣言すると、誰かが「またそれか」と吐き捨てた。
「もう嫌だね。またそうやって俺たちを行けるところまで行かせて、いざとなったらはい駄目でした、って放り出すんだろ? ユーゲントと、何処が違うって言うんだよ?」
「控えなって、先輩たちの目の前で」
千花菜が鋭く注意する。ダークは、ぴくりと眉を動かした。
「今の発言には、大きな矛盾がある。貴様は、ユーゲントの統治に不満を持っているようだが、俺たちをも否定しようとしている。二番煎じになると思っているなら、大人しく交替を受け入れればいい。所詮、何も変わらないのならば。……俺の言葉を聴いて、何かしらの変化があるとは思わなかったのか? 魯鈍な脳だ」
「お前らによる変化が、悪いものだって可能性はねえのかよ?」
「それを恐れているのか。だから、多少悪くても現状に甘んじると? それは甘えだな。そのような腑抜けた胆では、容易く敵に殺される事だろう」
「心配すんなって。俺たちが、てめえらの体も根性も叩き直してやるよ」
サバイユは、好戦的に唇の端を歪める。このままでは議論は平行線だな、と、僕ははらはらした。このままでは遅かれ早かれ、生徒たちとダークギルドのどちらかが癇癪を起こし、乱闘が再発してしまう。そのような事になったら、今度こそ死者を出しかねない。
「ねえ、あなたたち」
アンジュ先輩はユーゲントの仲間たちの方を向き、言った。
「私に指揮を任せたのは、あなたたちよね? 状況判断を私に委ねたのは、他でもない今の舵取り組よ」
「それは、そうだけどさ……」テン先輩が歯切れ悪くなる。
「その私からの評価なら、黙って耳を傾けてくれてもいいと思うわ。私は正直、今の舵取り組はぐだぐだしすぎていると思う。こうなったのは、私の稚拙な決定にも責任があるのだけれど。……皆の今現在の反応が芳しくない以上、すぐに船内の空気が良くなるとは思わない。だけど、こういうのは、悪い状態のまま停滞させるのがいちばん良くないと思うの。風を通すという意味でも、一回体制の変更は必要なんじゃないかしら?」
これは彼女自身が、自分に課した反省の義務なのかもしれない、と僕は考えた。今までのダークとの様子を考えると、どうにもそれだけではないのかもしれないが、少なくともディベルバイスのこれからを憂う気持ちに、偽りはないようだ。
ユーゲントの面々は、裏切られた、というような顔でアンジュ先輩を恨めしげに見つめ続けていたが、やがてウェーバー先輩が言った。
「分かりました。アンジュさんがそう言うからには、私たちも当分は様子を見る事にしましょう。あなた方の好きなようにしてみればいい。ですが忘れないで下さい、あなた方は、一度ディベルバイスを救った功労者とはいえ宇宙海賊である事には変わりありません。あなた方の統治によって逆に船内の秩序が乱れたら、相応の責任を取って貰いますよ」
異存はありませんね、と彼は同期生たちに尋ねる。テン先輩やマリー先輩らはまだ不服そうな顔だったが、このまま本格的に対立を生じさせる訳には行かない、と判断したらしくゆっくりと肯いた。
それを見た生徒たちが、信じられないというようにまた騒めいた。ショーンがまた何かを言いかけたが、ダークギルドのメンバーたちがすぐさま動き、皆をブリッジの外に追いやる。僕も伊織たちに声を掛け、ブリッジから去ろうとしたが、五歩と歩かないうちにサバイユから「祐二!」と呼ばれた。
「アンジュの呼び出した奴らはブリッジに残るんだよ。お前たちには、これから前舵取り組としてやって貰わなきゃいけねえ事もあるしな」
はあ、と曖昧な返事をし、僕は歩みを止める。伊織が小さく舌を鳴らし、カエラはつまらなそうに肩を竦め、千花菜は不安そうな恵留をそっと抱き締めた。
シオン先輩が、アンジュ先輩に向かって「心配していた自分が馬鹿らしくなるわ」と呟いたのが微かに聞こえてきた。