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『破天のディベルバイス』第1話 地球が終わる日⑩

 ⑨渡海祐二


 トンネルを抜けて真っ先に見えたものは、養成所の真上から少し離れた場所で灰色の雲が渦を巻く様子だった。

 リバブルエリアの気象設定が曇りに切り替わったのではない、あれは──地球を覆う猛毒の雲、ヴィペラ。その周囲では、教官たちの軍用機が旋回しながら連射を行っていた。

「天蓋が……」

 伊織が呆然と呟いた瞬間、横腹に「01」と書かれた機体──僕たち〇一クラスの担当であるディートリッヒ教官のケーゼに、雲の中から飛来したミサイルが突き刺さり、光焔を撒き散らしながら爆散した。飛び散った火球が、傍を飛行していた別のケーゼを撃ち落とす。

「ディートリッヒ教官……!」

 無力感と徒労感が、四方から宇宙服を貫いて僕を刺した。ユーゲントが必死になっている間に、ヴィペラの流入は始まってしまっていた。

「……!? 祐二!」

 伊織が、我に返ったように鋭く叫んだ。焦点を失いかけていた瞳をしばたたくと、雲を抜けた過激派の機体──RF – 3 バーデが一機、こちらに向かって来ようとしていた。

 職員、全滅。敵、残り一機。

「伊織、一回上に戻ろう! 軌道上でSOSを出して、救助を頼むんだ!」

 僕が言うと、伊織は疑うような目つきでこちらを見てきた。

「本気か?」

「本気か、って……?」思わず鸚鵡(おうむ)返しする。

「過激派が天蓋まで到達した以上、月地球間往還軌道の戦線は破られた。待っていても、救助が来るのはボストークからだぞ。間に合わない、そんな事している間に、ここに居る恵留や千花菜たちはどうなる?」

「教官たちがやられたんだぞ。どっちみち、このまま時間が経てば僕たちも死んじゃうよ。宇宙には、生き残った軍の人が居るかもしれないだろう」

「そんな可能性に賭けられる程、事態は緩くねえ」

「じゃあ、どうするんだよ!?」

 焦りのあまり声を荒げると、彼はメインカメラの映像を睨み直した。

「敵は一機だ、俺たちが戦うしかない」

 僕が何かを言うより先に、バーデが機銃を放ってきた。伊織が咄嗟にハンドルを切り、オルト・ベータが大きく傾斜する。

 背後で、トンネルの口に着弾する鋭い音が響いた。

「武器は?」

「デブリ破砕用の機銃がある!」

 駄目だ、絶対に負ける、と思った。

 オルト・ベータは作業船であり、実戦向きには出来ていない。機銃の装填数も二発だけでその都度リロードせねばならないし、弾も徹甲弾ではない。

「俺の勝手じゃないんだ! やらなきゃ駄目なんだよ!」

 伊織は自らを鼓舞するように叫び、機体を前進させた。こうなっては、僕も無理矢理止める訳には行かない。そんな事をすれば、機体がコントロール不全で墜落してしまう。

 僕は手早くアタッチメントを操作し、機銃を装填した。

 飛行と射撃は伊織に任せる。彼の方が、全てに於いて最適なタイミングでの操縦が出来るはずだ。僕は、精一杯彼をアシストする。

「俺たちのエリアから出ていけ!!」

 方向転換し追ってくるバーデに、伊織は初撃を放った。弾丸は翼の付け根辺りを掠め、大きく傷を付けるが撃墜するまでは行かない。が……

「まだまだ!」

 二発目、こちらは転換しきったバーデの尾翼を貫き、それを折った。敵機はバランスを崩したように回転し、やや高度を下げたか、と思うと、そこから機体を前後に傾け、突進するかの如く上昇してきた。

 リロードの為に手を動かしていた僕は、モニター一杯に映し出されていく敵の姿に思わず目を瞑りかけた。伊織が高度を下げた瞬間、頭上でガシャン! という物凄い音が響く。風圧に押されるように上からGが掛かり、僕たちはヘルメットをぶつけ合わせた。

「軍用機対作業船だからって、体当たりはねえだろ……っ!」

 方向転換すると、バーデはトンネルのすぐ横まで上昇していた。僕たちを狙おうとしているようだが、伊織は逃げようとしない。

「伊織、回避だ」

「畜生! 畜生────っ!!」

 バンバンッ、と二発連続で銃声が響く。速すぎる、と言う間もなく、僕は装填するしかない。向こうも機銃を撃ってきたが、今度の狙いは先程よりも正確ではなく、オルト・ベータの左横を大きく逸れて落ちていった。

 何故、と思い、はっと気付く。伊織の射撃が、ヒッグスビブロメーターを破壊したのだ。上空に堆積しつつあるヴィペラの中、通常のレーダーが使えなくなっているらしい。

 だが、その濃度ではこちらからも目視が困難になっていた。僕がリロードしている数秒の間に、ヴィペラの雲はバーデを覆い隠しつつある。

「祐二、遅い!」

「やってるよ、精一杯!」

 再装填、発射。再装填、発射。何回も繰り返すうち、モニター画面の隅に警告が表示された。残弾数、残り十。軍用機であれば遅すぎる警告だが、僕たちの現在の使い方はそもそも間違っているのだ。

 ふと、シルエットに変化があった。今やこちらへの射撃を完全に停止したバーデの下腹の辺りから、巨大な何かが現れつつある。

 僕がその正体に思い至った時、伊織が先に「マズい」と声を上げた。

「エレクトロン・ゲルミサイルだ。さっき教官たちを全滅させたあれだ、さっきのやつは……この機体から発射されたんじゃなかったのか!」

 バーデの、エレクトロン・ゲル弾頭が搭載可能な大型ミサイルの積載量は一発。という事は、先程教官たちが全滅した時、その攻撃を放った機体は今交戦中の相手ではなかったという事になる。

 彼らは、刺し違える形で敵を叩ききったのだ。そして、尚逃がしてしまった最後の一機が、今僕たちを攻撃しようとしている。

 ミサイルが発射されれば、僕たちが回避したところでコースの先にある養成所は守りきれない。建物は破壊され、全員が死ぬ。

「伊織!」

 叫んだ時、残弾数が残りゼロとなった。

 ──万事休す。

 何処までも諦めない伊織に最後まで従おうとさっき決めたばかりだというのに──いや、これはそう思っても仕方がないと許される状況だろうか、僕は諦めに近い感情を抱いた。

 その時、

「祐二、パラシュート用意だ! ハッチを開け、脱出の準備を!」

 伊織が、停滞した空気を引き裂くように叫び、僕が容喙する間もなくスロットルレバーを半ば折るように倒した。

「えっ?」

 オルト・ベータが加速する。ゆっくりと降下するヴィペラに抗うように、一直線に正面のシルエットに突撃していく。

 影が引き剝がされ、バーデの腹がはっきりと見えた時、オルト・ベータの先端がミサイルを押し退()けるようにしてそれを貫いた。

 僕は、伊織の意図を察して脱出レバーをすぐさま引いた。

 モニターが揺らぎ、消える一瞬、微かにオレンジ色の火花が映り込む。

 ハッチが開き、僕と伊織の座席が後方に引かれて雲の中から飛び出していく。


          *   *   *


 パラシュートが開き、ゆっくりと落下していく中、僕たちは天蓋を見上げた。

 トンネル諸共バーデ、オルト・ベータが爆散し、地上へと延びるリーヴァンデインのケーブルが大きく揺れる。それはやがて傾き、天蓋を引き裂き、破るように倒壊を始めた。

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