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エヴァウストの命令

 シルフィアの姿が消えた翌日の早朝。


 アンドレイはエヴァウストの従者を通して報告したいことがある、と謁見を申し出ていた。

 神殿の前には騎士団が交代で見張りについたが、シルフィアらしき女性が出てくることはなく、屋敷でも姿は確認されていない。さすがに、このままだと屋敷の使用人たちがシルフィアの不在に気づいて騒ぎ出す。


 どう対応するか悩んでいるとサラが提案をした。


「そこは私が誤魔化しますので! 騎士団長様はお嬢様と大魔導師様をお願いいたします」


 その言葉に甘え、ルーカスの屋敷のことはサラに任せたアンドレイは自分ができることをするために動いていた。


 至急の用件ということと、騎士団長からの申し出ということで謁見は早々に叶い、王弟の執務室へ通される。

 そこには椅子に座り、事務仕事を始める準備をしているエヴァウストがいた。

 アンドレイが一礼をして昨日からの状況を手短に報告すると、王族特有の青い瞳が真摯に見つめながらも不思議そうに首を傾げた。


「大魔導師の婚約者が昨日の朝、神殿に入ってから出てこないというのか?」

「はい。本来は、このようなことで王弟陛下の貴重な時間を煩わせるべきではないのですが、相手が大魔導師、ルーカスの婚約者ですので。ルーカスがこのことに気づき、王城と神殿を破壊して捜索へ出る前に、神殿への捜索許可を賜りたく存じます」


 その提案にエヴァウストがふむと唸る。


「たしかに大魔導師がそのことを知ったら、どうなるか……地下牢でおとなしく一晩過ごしたことが奇跡と言われているぐらいだからな。だが、私に許可を求めずとも騎士団長の権限で神殿内の捜索はできるだろう?」

「それが一般の参拝が行われる場所につきましては騎士団で捜索できたのですが、それ以外の区画は神官長の許可がおりず捜索ができておりません」

「つまり、その区画に大魔導師の婚約者がいる可能性がある、と?」

「はい。侍女の話によりますと、ルーカスの婚約者は最近、神に仕える神官たちの崇高な思想と生活に興味を持ち、その様子を見るために参拝に行ったということでした。そのため一般の者が立ち入れない場所にいる可能性があるのですが、その説明をしても捜索は許可されませんでした」


 本来のシルフィアの目的は神官長と神官たちの腐の生活を見守る壁となるため、神殿の壁を調べに行ったのだが、そこまで深い理由はサラも知らず。腐の部分を巧妙に隠し、それっぽい説明をしていた。

 そのため、アンドレイもエヴァウストもあっさりと信じたのだが。


「確実にそこに大魔導師の婚約者がいるのだな?」


 念押しをするエヴァウストにアンドレイが頷く。


「いるはずです。いないとしても、神官長が騎士団の捜索を拒否する時点で何かを隠匿している可能性があります」

「たしかに、これまでは参拝以外の場所について視察することを拒否したことはなかったな」

「はい。そして、交渉している間、神官長が一切、姿を現さなかったのも怪しいかと」


 騎士団長の報告に白金髪が微かに揺れる。


「わからないのは、神殿が大魔導師の婚約者を監禁する理由だ。婚約者を人質にして大魔導師を脅したいことでもあるのか?」

「その点については不明です。本来であれば、そこも明らかにしてから神殿を捜索するべきですが、ルーカスに気づかれる前に婚約者を見つけ出さねば、場合によっては王城が地下牢ごと破壊されかねません。これは時間との勝負になります」


 アンドレイの落ち着きながらも必死さが混じった声音で訴える。

 その様相にエヴァウストが同意するように頷いた。


「それはわかっている。だが、大魔導師の婚約者は自ら神殿へ参拝に行ったのであって、誘拐されたわけではない。現状だけでは強制捜査の許可を出すのは難しい。そもそも、大魔導師の婚約者とは、どのような女性だったか……」


 聖女を毒殺した実行犯とその首謀者を捕らえた時に会っているのに、霞がかかったかのように朧気にしか覚えていない。

 ただ、魔法の実力は魔導師団にも引けを取らず、むしろ無名なのかが不思議なほどだった。


「あれだけの大立ち回りをしたのに、なぜかあまり思い出せないのだが……」


 エヴァウストの呟きにアンドレイが説明をする。


「長い亜麻色の髪に緑の目をした十代後半の淑女です。他人に一切、興味がなかったルーカスが溺愛しており、婚約者の姿を他の男が目にするだけで威圧してくるほどです」

「そこまでだったか。様々な令嬢が求婚をしてきても見向きもしなかったのに意外だな。そもそも、大魔導師は救国の聖女を師と仰ぎ、他の人間には興味を持たな……」


 ここで不自然に言葉が途切れる。

 それから、青い瞳から光が消え、ここではないどこかを映す。


「……救国の聖女が亡くなったのが二十年前。聖女以外にまったく興味がなかった大魔導師の十代後半の婚約者……しかも、異常なほどの執着」


 ブツブツと呟きだしたエヴァウストにアンドレイが恐る恐る声をかける。


「聖女がどうかされましたか?」


 しかし、アンドレイの声も耳に入っていないらしく、焦点の合わない青い瞳のまま淡々と呟き続ける。


「救国の聖女の生まれ変わりを探している神殿。その中で失踪した大魔導師の婚約者……」


 思わぬ言葉に赤い髪が激しく揺れる。


「神殿が聖女の生まれ変わりがいるのですか!?」


 泥沼状態で終わりが見えなかった隣国との戦。そこに彗星のごとく現れ、誰もが諦めていた終戦を実現させた聖女。それだけでなく、戦によって枯れた土地を潤し、国の復興に大きく貢献した。

 そこから救国の聖女と呼ばれるようになったのだが、戦場での戦いぶりは神懸かっており、騎士の中には戦女神として崇める者もいるほどだったという。


 そのためか、今でも憧れの存在として密かに信奉する者がいる救国の聖女。その聖女の生まれ変わりがいるとすれば大騒ぎになることは容易に想像できる。


 アンドレイの大声で意識を現実に戻したエヴァウストがゆっくりと視線を動かした。


「先日、聖女の墓へ参ったところ、救国の聖女の墓が乾いていた。だが、たった二十年で何事もなく精霊の嘆きが終わるとは思えない」

「つまり、救国の聖女が生まれ変わったため精霊の嘆きが終わった、と」

「そうだ」


 ここでアンドレイはサラがシルフィアは無詠唱で魔法を使っていたと話していたことを思い出した。

 その時は何かの間違いだと思ったが、シルフィアが救国の聖女の生まれ変わりであるなら、無詠唱で魔法を使えたとしてもおかしくはない。

 そして、何よりも聖女の毒殺犯を捕まえた時の高度な魔法の数々。あれだけの魔法を連続で使えるのは聖女の生まれ変わりであることの証明に近い。


 記憶を辿っていたアンドレイは表情を崩さずに口の端を噛んだ。


「……なぜ気づかなかったんだ。こんなに分かりやすい状況が揃っていたのに」


 その呟きにエヴァウストは両肘を机につき、はぁと息を吐いた。


「聖女自身が望んだのか、大魔導師が絡んでいるのか不明だが、簡単には気づかれないように隠匿の魔法をかけていたのだろう。だが、これで条件は揃った」


 バッと椅子から立ち上がり、騎士団長へ命令する。


「全騎士団員を招集し、部隊を編制せよ! 神殿に囚われた聖女の生まれ変わりの令嬢を救出する!」

「ちょっ、お待ちください。さすがに全騎士で神殿へ行くのは目立ち過ぎて、民を不安にさせます。せめて、二~三部隊ほどで動いたほうがよろしいかと。それに、もし違った場合は……」


 提言をしている途中でエヴァウストがアンドレイの声を遮った。


「どちらにせよ、神殿は聖女が生まれ変わっていることに気づきながら隠匿していたという罪状がある。この機に内部まで直接調査をおこなう。これは王弟の勅命だ」


 こうなると拒否をすることはできない。

 アンドレイは命じられたまま動き、騎士団が王都の大通りを闊歩するという事態になったのだった。






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