王城にて~ルーカスの暴走・後編~
二人の視線が開いたドアの方へと動く。
「待たせたな。なぜ、騎士団長までいる?」
王弟であるエヴァウストが王族の特徴である青い目を細め、白金髪を柔らかくなびかせながらソファーに腰をおろした。
一方で、アンドレイが胸に手を当てて姿勢を正す。
「大魔導師が不穏な気配を発しており、王弟陛下の安全を確保するため、どうか同席の許可を賜りたく存じます」
その発言にエヴァウストが少しだけ眉間にシワを寄せた。
「それは大魔導師の報告の内容によるのだが……」
むけられた青い瞳に唸るように俯く黒髪が映る。
二人の視線を受けたルーカスがゆっくりと顔をあげた。
「……神殿が救国の聖女を奉っていることを知っているか?」
その内容にエヴァウストが疑うように整った顔を歪める。
「初耳だ」
「昨日、オレが神殿に行ったら祭壇の上に救国の聖女の旗が飾られていて、神官長が聖女を奉っていると断言した」
「数日前に神殿を調べさせたが、そのような報告は受けていない」
「本当か?」
念押しするルーカスにエヴァウストが神妙な顔で頷く。
「あぁ」
「だが、神官長は自分が長に就任してから王都の神殿で救国の聖女を奉るようになったと言っていた」
「そのような報告は聞いていない。そもそも、これまでに神殿で救国の聖女を奉るという話も出ていない。そのような話があれば、一番に私の耳に入る」
その言葉に黒い眉がピクリと動く。
「聖女の毒殺を防げなかったくせに、いまだに婚約者気取りか」
吐き捨てるように言った言葉に対してアンドレイが慌ててルーカスの口を両手で塞ぐ。
「おまっ、さすがに慎め!」
「事実だ」
漆黒の髪が怒りでぶわりと浮き上がり、深紅の瞳が殺気を振りまく。
そこに突如、床に魔法陣が現れ、光の壁がルーカスを囲んだ。
「なんだ……うわっ!?」
バチッという音とともに光の壁に弾かれたアンドレイがさがる。
そして、ルーカスが言葉を発する前にその姿が消えた。
「ルーカス!? どういうことだ!?」
キョロキョロと周囲を見回すアンドレイにエヴァウストが声をかける。
「大魔導師の不敬な言動に対して王城にかけられている防御魔法が作用したようだ」
「あいつを閉じ込められるほどの魔法が……」
「王城だからな。最高位の防御魔法をかけているのは当然のことだ」
「なら、ルーカスはどこに……」
青い瞳が豪華な絨毯より下を見つめる。
「王城の最下層へ転送された」
最下層ということは地下牢になる。
そこは大魔導師であるルーカスでも簡単には脱出できないはずだし、勝手に抜け出せば脱獄という罪状が追加される。
(そのことを理解して大人しくしているといいが……)
アンドレイが心配しているとエヴァウストが声をかけた。
「ところで、大魔導師にとって聖女とはどのような存在だったか知っているか?」
予想外の質問にアンドレイが返答に悩む。
「……えっと、大魔導師にとって聖女は自分を拾い育てた親のような存在と聞いております」
「親……つまり聖女は母親のような存在ということか。身内を好き勝手に利用されるのは良い気分ではないからな。感情がないと言われる大魔導師だが、身内への愛情はあったということか」
表面上は納得したように言いながらも、エヴァウストはルーカスが自分へ怒りを向けている理由がわからなかった。
聖女の毒殺を防げなかったことに対して怒る気持ちは分かるが、エヴァウストの中では毒殺犯を捕まえた時点で終わった話になっている。
それよりも、今しなければならないことは生まれ変わっているでろう聖女の保護。このままでは神殿や他の者に利用され、聖女だった頃の二の舞になりかねない。
そのためにも様々な手を尽くして探しているのだが、有力な情報さえもない。
(あの大人しかった聖女の生まれ変わりだ。今も大人しく身を潜めている可能性は高い)
エヴァウストの記憶の中にある聖女は口数が少なく、儚い雰囲気を纏っていた。
そのため、無理やり戦場で戦わされていた悲劇の令嬢という勝手なイメージを作り上げており、王族であり権力もあり婚約者でもあった自分が聖女を庇護するのは当然という認識しかない。
これが一度でも聖女が戦場で戦っていた姿や、土地を潤していた姿を見ていたら、その認識も変わっていただろう。だが、すべては聖女の噂話と表面しか見ていないエヴァウストの勘違いであり、傲慢でもあった。
それを見抜いているからこそルーカスはエヴァウストに対して苛立ちを募らせているのだが、当の本人は気づいていない。
(とにかく、今は聖女の生まれ変わりを探すことに専念しなければ)
険しい顔のまま青い目を伏せていると、アンドレイが声をかけた。
「あの、大魔導師の処罰はどうなりますか?」
その声に意識を現実に戻したエヴァウストが顔をあげる。
「防御魔法が発動したからな。すぐに解放というわけにはいかないから、二~三日ほど地下牢で謹慎してからの解放となるだろう」
寛大な処置にアンドレイがホッと胸を撫でおろしつつ、別の嫌な予感が過ぎる。
「それまで大人しくしていればいいのですが……」
我が道を行くルーカスが二~三日も大人しくしている姿が想像できない。
それはエヴァウストも同様だったようですぐにベルを鳴らす。すると、音もなくドアをあけた従者が慇懃に頭をさげた。
「お呼びでしょうか?」
「魔導師団に大魔導師が王城の防御魔法によって最下層へ行ったと伝えろ」
「かしこまりました」
余計なことを聞かず、素早く立ち去る従者。
その後ろ姿を見ながらエヴァウストが息を吐く。
「これで何とかなるだろう」
その言葉にアンドレイは頷きたかったが、ゾクリと感じた背中の寒気に動くことができなかった。




