弟子の居ぬ間に~前編~
一方、屋敷で留守番となったシルフィアは――――――
「今頃、ルカは王城でしょうか……一緒に行って王城の壁を調べたかったのに……そして、あわよくば最近、話題になっておられるドラースヘルム大臣とハーネル秘書の仲睦まじい姿をこの目に……年齢を重ね、渋みが増してきたドラースヘルム大臣。それを支えるのは若くして秘書となった十歳年下のハーネル秘書。昼は寡黙に静々と大臣を下から支えながらも、夜はその若さで大胆に大臣の上になり、日々の激務をその体で癒すという年下攻め……あぁ、お二人の姿を生で拝見したかったですわ」
シルフィアは樹海よりも暗く深いため息を吐きながら、ルーカスから返却された本を本棚へ戻していた。
「ルカはこの本を読んでも真意に気づいた様子はありませんでしたし、やはり同士ではなさそうですわね」
むしろ、シルフィアが騎士を好きだと勘違いして落ち込んでいたのだが、そこには気づいていない。
「それにしても、前世では惜しいことをいたしました。あれだけ身近に騎士の方々がおりましたのに、この尊い関係に気づいていなかったなんて……」
聖女の時は戦場の前線で戦うこともあったため、騎士団の騎士と関わることがあった。
だが、それは一方的に命令をされて、その通りに敵を撃破していくのみ。徐々に聖女の魔力の大きさと魔法の威力が知られていき、活躍するようになるのだが、最初の頃は後方支援が多かった。
「戦場で言葉も伝わらない中でのお互いを信頼した連携。それを行えるようになるまでの裏でのあれこれ……そう、そのあれこれこそ拝見したいのに! 騎士団での普段の何気ない会話や生活の中で生まれる信頼関係! 声の通らない戦場で、馬上からの視線だけで会話をする二人! 普段はライバルとして切磋琢磨しながらも、いざ戦場になればお互いの実力を認め合い、背中を預けて戦う! なんて尊い光景なのでしょう!」
両手を重ね、昇天しそうになっているシルフィア。
そこに、昨日メイドのサラが手に入れた本を思い出した。
「活発な騎士団が動ならば、神殿は静でしたね。ひっそりとした静寂の中で神への祈りを捧げながらも、その心は愛する者へ。身も心も神へ仕えると誓いながらも、その決意を揺るがす存在。同じく神に仕えると誓った存在なのに、いけないことだと認識していながらも、甘く淫らな世界へ堕ちていく二人。その背徳的な様子がこれまでの本とは違った濃密さで表現されていて、最高な一冊でしたわ」
一気に読み終えた本はサラに渡したため、今は本の内容を思い出して余韻に浸っている。
「神殿では男女が別の建物で生活しておりましたので、まさかこのようなことになっているとは知りませんでした。騎士団も気になりますが、神殿も気になりますわ。もう、いっそのことすべての建物の壁になれましたら……」
歯がゆさとともに亜麻色の髪がウネウネと動く。
そのまま、シルフィアが拳を作って唸っていると、慌てたノックの音が響いた。
「大変です、お嬢様! 騎士団長様がいらっしゃいました!」
サラの声に翡翠の瞳が輝き、飛びつくようにドアを開ける。
「どういうことですの!?」
「大魔導師様にご用事があっていらっしゃったそうなのですが……」
その言葉にシルフィアの中で妄想が炸裂する。
(世間の目を欺くための婚約(注:シルフィアの勘違い続行中)とはいえ、やはり愛おしい人の様子は気になるもの。話をしたくてもルカが王城へ行かないので、ついに痺れを切らせて直接やってきた、ということですのね! そして、苛立ちを隠しながら応接室で待つ騎士団長。そこへ、何食わぬ顔でやってくる大魔導師。その姿を見るや否や、会えなかった鬱憤を晴らすように騎士団長は大魔導師を……あぁ! 応接室でそのようなことをしては!? 応接室に誰も入れないようにしなくては! いえ、いっそのこと応接室と○○しないと出れない部屋というようにするのも……)
遠くを見つめて恍惚の表情を浮かべる翡翠の瞳にサラが声をかける。
「お嬢様、今は妄想の世界に浸っている場合ではありません。屋敷の主の婚約者として対応をしてください」
その言葉にシルフィアがスンッと表情を戻す。
「そうですわね。用件をお聞きしなければ」
亜麻色の髪をなびかせて応接室へと急ぐ。
(それにしても、間が悪いですわ。なぜ、ルカがいない時に! 本当に惜しいですわ! 私とルカのいる場所が一瞬で変われば、私は王城で、ルカは屋敷で、すべて解決いたしますのに! そんな魔道具があれば……そんな、魔道具…………作れ、るかもしれませんわね。転送魔法を応用して、二人が同じ魔道具を装着して、そこから魔力交差と物体交差を……そのためには、あの魔法陣を少し改良してフェニックスの尾と、ユニコーンの角と、虹の粒と、深海霧の蜜と……材料があれば作れそうですわ)
シルフィアが歴代の高名な魔導師たちがどれだけ考えても考察段階で断念していた世紀の大発明。もし、歴代の高名な魔導師たちがいれば怨嗟混りの阿鼻叫喚の嵐を全身に受けただろうが、本人はまったく気づかず。
軽く頭の中で組み立てながら白い手で応接室のドアを開けた。
「失礼いたします」
スカートの裾を摘まみ、軽く膝を折りながら自己紹介をする。
「シルフィア・クライネスと申します。屋敷の主が不在のため、私がご用件をお聞きいたします」
優雅に挨拶をしたシルフィアに対して、ソファーに座っていた騎士団長が慌てて立ち上がる。
燃えるような赤い髪に、鋭い琥珀の瞳。顔は強面だが騎士としては迫力があり、鍛えられた体には合っている。腰からさげた剣をカチャリと鳴らしながら騎士団長が軽く頭をさげた。
「アンドレイ・オルネラスだ。何度か拝見はしているが、こうして会話をするのは初めてだったな」
その言葉に亜麻色の髪がフワリと揺れ、小さな顔が正面を向いて微笑んだ。
「はい。いつもルカがお世話になっております」
聖女の頃の名残で、ルーカスのことになるとつい親目線で話してしまう。
そんなシルフィアを琥珀の瞳が頭の上から足の先までマジマジと見つめる。普通なら不躾と怒ってもおかしくない行為なのだが、シルフィアは違った。
(世間を欺くための婚約とはいえ、やはり気分は良くないですよね。いろいろと心配なこともあるでしょうし、やはりここは不安を除くことから始めなければ。あぁ、でもその不安から溢れる感情をぶつけ合い、そこから深まる仲も捨てがたいですし……どうしましょう)
亜麻色の髪の毛先がウネウネと絡まり悩む。
どう口火を切るか考えていると、アンドレイの方が先に口を開いた。
「あ、いや、失礼した。ずっと女に興味がなかったあいつ……いや、ルーカスの婚約者というから、つい、その……それに、あいつがいると絶対、邪魔してくるから」
そう言いながら気まずそうに目をそらす。
その正直な言葉に普通は返事に困るところだが、シルフィアは訳知り顔で頷いた。
「いえ、私は気にしておりませんので」
穏やかな微笑みを浮かべる裏ではアンドレイの後半の言葉からしっかり妄想が広がっていた。




