朝食時の師匠と弟子の攻防戦・前編
翌日の朝食。
食堂で食事をしていたシルフィアはルーカスから本日の予定を聞いていた。
「王城へ!? 私も一緒に!」
亜麻色の髪の毛先がピンッ! と跳ね、飛び上がらんばかりの勢いでテーブルを叩いて立ち上がる。
そこに、メイド長のマギーがスッと音もなくシルフィアの背後へ忍び寄った。
「お嬢様」
静かな戒めがこもった一言に亜麻色の髪がペタンとなり、背筋を伸ばしたまま椅子に腰をおろす。
そして、何事もなかったように淑女の微笑みを浮かべて優雅に訊ねた。
「私もご一緒したいのですが、よろしいでしょうか?」
王城の壁となって貴族の殿方たちの腐を見守ることを目標にしているシルフィアにとって、王城の壁を調べる絶好の機会。
ここは何がなんでもルーカスについて行きたいし、背中では亜麻色の髪の先が我慢しきれなくてウズウズとうねっている。
(王城の壁には防護魔法がかかっておりますから、まずはそこを分析して…………あぁ、それにしても、宰相が聖女を毒殺した犯人として捕まってから、お相手であった先王がどのように過ごされているのか……前に屋敷へ来られた時は平然とされておりましたが、やはり王城の執務室など宰相との思い出がある部屋で過ごされる時は、ふとした瞬間に宰相の面影を追われたり……あぁ、その時の憂いを帯びた表情が! 渋みのある顔にかかる色気が漂う影! そんな孤独に染まる先王をそっと慰めるのは……誰ですの!? 慰めているのは、どなたなの!? 是非とも、近くで拝見したい! そのためにも、一刻も早く王城の壁にならなければ!)
と、シルフィアの中で高速回転で作り上げられていく妄想。
先王と宰相はそのような関係ではなかったのだが、腐の同士の中で広まっている本ではそのような設定であり、シルフィアの中でもそのように構築されていた。
(っと、今はそれより王城へ行く方に集中しなくては)
そもそも、ルーカスと偽装婚約(シルフィアの思い込み)をしたのは、大魔導師であるルーカスなら仕事で王城へ行くことがあるため、その時に一緒に王城へ行って、ひっそりこっそりと王城の壁を調べるという密かな計画のためであった。
だが、王城で他の貴族の目にシルフィアを晒したくないルーカスは一緒に王城へ行くことを断固拒否。
そして、シルフィアと一緒に居たいがために屋敷で仕事ができるように手配して、婚約発表後から本日までずっと屋敷から出ることはなかった。
そのため、シルフィアにとってやっと巡ってきた王城の壁調べチャンス。この機会を何がなんでも逃したくない。
しかし、そんなことなど知る由もないルーカスは眉尻をさげて申し訳なさそうに言った。
「すみません、呼び出されたのは私一人ですので。師匠は屋敷でお待ちください」
「それなら、城の入り口まででも。王城の庭で待っておりますので」
庭からでも王城の壁は調べられる。
侵入者を防ぐ強固な防護壁である外壁の内側に入れればどうにでもなるのだが、入ることが難しいのだ。
そんな己の欲望のためのシルフィアの行動だが、ルーカスの中では別の方向に解釈されていた。
(まさか、師匠はオレと離れたくなくて!? それで、城の入り口まででもいいから、と!? いや、まさか、あの師匠が……だが、その可能性がまったくないとは言い切れない……)
シルフィアの真意を知らないため、自分の都合が良い方向に考えてグラグラと気持ちが揺れる深紅の瞳。
(オレだって離れたくない……が、王城の庭にもいろんな輩がいる。そんな有象無象に師匠の高貴な姿を晒すわけには……)
ルーカスはテーブルの下で黒い手袋を嵌めた手をグッと握った。
「どれだけお待たせするか分かりませんし、やはり師匠は屋敷でお待ちください」
その決断に翡翠の瞳が潤む。亜麻色の髪が力なく下がり、薄幸の美女のような雰囲気がシルフィアを包んだ。
「……どうしてもダメ、ですか?」
寂しげな声とともに悲しみに潤んだ瞳が見上げる。
まるで肉食獣が彷徨う森に一匹で放たれた子ウサギのような不安と怯えを含んだ表情。刹那的な美しさと憂いを帯びた何とも言えない雰囲気が迫る。
その姿にルーカスがウッと胸を押さえて俯いた。
(こ、こんな師匠を見るのは初めてだ! なんて、儚くて、可憐で、守りたく……だ、だめだ! こんな師匠を他の輩に見られたら、十人中百人が全員が惚れてしまう! 絶対に見せるわけにはいかない!)
存在しない九十人の男が増えているが、そこの指摘をできる者は誰もおらず。
改めて決意を強くしたルーカスが毅然とした表情で顔をあげた。
「申し訳ありませんが、師匠は屋敷でお待ちください」
ハッキリキッパリと断言され、シルフィアは悲しげに目を伏せる。
その様子に深紅の瞳が再び揺れた。
(ま、また師匠を悲しませて……だが、他の男たちに師匠を見られるのは耐えられない!)
ルーカスがグッと気持ちを強くもって耐える。
一方のシルフィアは表情では悲しげにしていたが、脳内では冷静に二頭身チビシルフィアたちが円卓を囲んで会議をしていた。
『頑固なところは相変わらずですのね』
『こうなりましたら、何を言っても王城へは連れていってもらえないと思います』
『ですが、ここで諦めるわけには……』
『そうですよね』
チビシルフィアたちが腕を組み、声を揃えて唸る。
『『『『うーん』』』』
ここで一人のチビシルフィアが閃いたように立ち上がった。
『今こそアレを実行べき時ですわ!』
その提案に他のチビシルフィアたちの顔も明るくなる。
『アレ、ですわね!』
『そうですわ!』
『むしろ、チャンスです!』
『さっそく実行いたしましょう!』
脳内会議で決定すると同時にシルフィアがバッと立ち上がる。
「お嬢様!? まだ、食事中ですよ!?」
メイド長のマギーが止めるのも聞かずに亜麻色の髪をなびかせながらスカートを翻して食堂から駆け出す。
「師匠!?」
慌ててルーカスが追いかけてくる音がするが、かまわずに自室へ飛び込んだ。
それから、すぐに机へ飛びつき、引き出しを開ける。
「……これなら」
黒い皮で作られた四角い箱を取り出したところで背後から声をかけられた。
「師匠、どうされました? そんなに不快な気分にさせてしまいましたか?」
振り返れば深紅の瞳が不安そうに見下ろしている。
それから少し視線をずらすとドアが開けっ放しになっていた。
「すみません、ドアが開いていたので」
急いでいてドアを開けっ放しにしていたことに気づいたシルフィアはゆっくりと頭を横に振った。
「いえ、それよりもこちらを」
そう言いながら箱を開けて中身を見せる。




