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20年前の毒殺事件について

 雷が落ちた衝撃で痺れているような広間。

 そこでいち早く我に返ったチャペス侯爵が叫んだ。


「お、お待ちください! なぜ、そのような話に!? クライネス伯爵家の令嬢の話だったはずです!」


 大魔導師の婚約者を勝手に養女にしようとして殺されかけていたが、それでも聖女の毒殺犯にされるよりはマシということらしい。


 他の人々もこの展開に軽く首を傾げた。

 なぜ、今このタイミングで聖女毒殺の話を持ち出したのか。ただ、相手が王弟であるため、誰も口に出すことができない。

 出席者たちが見守る中、王弟がチャペス侯爵を追及をしていく。


「聖女が私に嫁ぎ、王家が力をつけることを快く思っていなかった軍の人間は多かった。その筆頭は軍のトップである軍師の貴殿であったな?」

「まさか! 私は聖女が王家へ嫁ぐことに賛成しておりました!」


 苦し紛れの弁明のようだが、王弟は鋭かった声を緩めて話を聞く姿勢になった。


「それは何故だ?」

「そ、それは……」


 チャペス侯爵が苦悩するように俯き、それから決心したように顔をあげる。


「聖女を使って第二王子を軍側へ引き入れるためでした」

「私を軍へ? どのように?」


 興味を持ったような王弟の言動。

 変わってきた風向きを逃すまいとチャペス侯爵が畳みかける。


「聖女は軍が育てており、軍を親のように慕っておりました」


 その内容にルーカスが隣に立つシルフィアの腰を抱き込んだ。それから、そっと耳元に口を近づけ囁くように訊ねる。


「本当ですか?」


 目の前に迫る眉目秀麗な顔。唇が触れてもおかしくない距離に、普通の淑女なら顔を赤らめ恥じらうところ。

 だが、シルフィアは淡々としており。


「育てられた、という部分は否定しませんが、慕ってはおりませんでした」

「ですよね」


 予想通りの答えに納得して顔をあげるルーカス。ただし、体は密着したまま。

 シルフィアは温もりを感じながら前世の記憶をたどった。


(単なるお飾り妻だと思っておりましたのに、そのような目的があったなんて。そういえば、聖女だった頃は前線にいることが多かったので、いろんな騎士や兵の方々が……ハッ! 今、思い返せばセドリック隊の隊長と副隊長はいつも距離が近く、目だけで会話をされ……もっとしっかり拝見していればよかったです! そういえば、テオ隊長とジェシー隊長も、平素では言い争いをしておりましたが、戦場では幾度となくお互いを助けて……あぁ! なんてことですの!? 軍は殿方同士の恋愛の宝庫ではありませんか! 知らなかったとはいえ、こんなに見過ごしていたなんて! 前世の私にもっと周囲を観察するように伝えたいですわぁぁぁ!)


 心の中で、叫び声をあげながら崩れ落ちる。目からはボロボロと涙が溢れ、キツく握った両手はひたすら床を叩く。

 だが、現実世界の顔は澄ました表情のまま。内心では悔しさいっぱいに叫んでいるなど微塵も感じさせない。


 体を寄せ合い、仲睦まじい婚約者を装いながらチャペス侯爵の弁明に耳を傾ける。


「聖女を通して軍の必要性、重要性を説き、軍に興味を持ってもらおうと……」


 期待していた答えではなかったのか王弟の青い瞳が曇る。しかし、そのことに気づいていないチャペス侯爵は両手を振り上げて力強く訴えた。


「それなのに、誰かが聖女を毒殺して、計画の邪魔をしたのです!」


 高揚して目をギラつかせているチャペス侯爵とは正反対に、冷淡な目で見据える王弟。その温度差で聞いている人々の体が震えるほど。


「本当にそんな陳腐な計画のために聖女を私の婚約者にしようとしたのか?」


 抑揚がない声にチャペス侯爵がグッと詰まる。


「ち、陳腐な計画だったかもしれませんが、事実です」


 王弟が青い瞳を鋭くして問う。


「聖女を使い、私に心身操作系の魔法をかけて操ろうとしていなかったか?」


 思いもよらない発言に衝撃が走る。


「まさか、そんな大それたことを……?」

「だが、心身操作系の魔法など使える者は限られているぞ」

「聖女なら扱えるだろう」

「つまり、聖女を使って王家を操ろうと!?」

「なんて恐ろしい」


 ボソボソと聞こえる話し声。

 当然、それらはチャペス侯爵の耳にも届いていて。


「違う! 私はそのようなことは計画していない! 心身操作系の魔法など知らない!」


 疑惑の眼差しを払うように周囲へ叫ぶが、それをアンドレイが遮った。


「チャペス侯爵にはクライネス伯爵令嬢の誘拐容疑もあります。これ以上の弁解は議会でなさるべきかと」


 軍師として直属の部下からの進言にプライドが傷つく。


「何を言っている!? 軍師である私を裁こうというのか!? まさか、おまえが私を嵌めたのか!?」


 いまにも飛びかかりそうな勢いのチャペス侯爵に宰相の冷淡な声が降る。


「ここは王城である。場をわきまえろ」

「だが!」

「連れていけ」

「ハッ!」


 宰相の命令に控えていた騎士が駆け出す。

 だが、その前にチャペス侯爵は王弟へ縋りつくように両膝をつき、祈りを捧げるように両手を胸の前で重ねて訴えた。


「今回のクライネス伯爵令嬢の件についても、私は無関係です! 私を陥れるための策略です! 私は嵌められただけです!」


 必死の懇願に王弟の青い目が動く。


「その根拠は?」

「私はそそのかされたのです! 大魔導師の婚約者を養女にすれば、大魔導師の手綱を握れると! だから、私はクライネス伯爵の娘を養女にしようとしました! それだけです! 使者など送っておりません!」


 アンドレイがチャペス侯爵を捕らえようとしていた騎士を止めて訊ねる。


「そそのかしたという人物は誰ですか?」

「そ、それが、どうやっても顔が思い出せず……霞がかかったのような、その……」

「ならば、その者の特徴は? 髪や目の色は? 服装は?」

「それも……」


 最初の威勢が嘘のようにチャペス侯爵の声が小さくなっていく。


 そこに騎士の一人が飛び込んできた。騎士団長であるアンドレイの前で姿勢を正し、声高に報告する。


「チャペス侯爵の屋敷より心身操作系の魔法陣が見つかりました!」


 そこでシルフィアの眉がピクリと動いた。しかし、あまりにも小さな動きだったため、隣にいるルーカスさえ気づかず。


 それより人々の意識が報告に現れた騎士へ集まる。その騎士がキビキビとした動きで複雑な模様が描かれた魔法陣の紙を差し出した。


「どこにあった?」


 アンドレイの問いに騎士が答える。


「チャペス侯爵の寝室にある机の引き出しです」


 その言葉に、軍師ともあろう者が……や、これで終わりだな。という囁き声がする。


 当然、チャペス侯爵の耳にも入っているのだが、反論することもなく立ち尽くしたまま。驚きのあまり声がでないのか、頭が回っていないのか、愕然としたまま動かない。


 そこに抑揚のない王弟の声が響いた。


「チャペス侯爵を連行しろ」


 騎士に肩を抑えられ、腕を背中にまわされたところで、意識が戻ったチャペス侯爵が叫んだ。


「ち、違う! 私ではない! 私は魔法陣など知らない! そもそも、その魔法は誰に使われているというのだ!? すべては私を陥れるための策略だ!」


 喚くような見苦しい声。

 だが、その言葉に応えるように宰相が頷いた。


「では、この魔法陣が誰に使われているのか、はっきりさせよう」


 宰相の声を合図に修道服を着た女性が広間へ連れてこられた。




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