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婚約パーティーからベルダの捜索へ

 どんな好条件な相手からの婚約話もすべて一掃してきた大魔導師の婚約発表。その相手とは、どんな令嬢なのか。

 一瞬で集まった好奇の目に対し、ルーカスが深紅の瞳に魔力をこめて睨みを利かせる。その迫力に負けて、バッと顔をそらす人々。

 その中で、シルフィアは素早く視線を走らせた。


(……あれは、この前の社交界ではお見かけしなかったアーベライン伯爵子息とバーレ伯爵子息では!? お二人は騎士として優秀で、お互いをライバル視しながらも、裏では両片思い中という……まさか、生でお姿を拝見できるとは!? あぁ、その手が届きそうで、届かない、絶妙な立ち位置。お互いを意識しているからこその距離。尊すぎて……えっ!? あそこにおられるのは、ケルステン子爵とキルヒホフ男爵!? 熟年ながらも、漂う大人な色気で様々な淑女の方々を誘惑しているのに、最後は二人で姿を消すことで有名な!? しかも、二人で一緒に飲むお酒が一番美味しいと公言されている……腐にとって公式と言ってもいい関係のお二人が!? 眩しすぎて、浄化されそうです……)


 淑女らしい微笑みを浮かべてルーカスの隣に立ちながらも、心の中では今にも昇天しそうなシルフィア。いつもなら喜びで揺れる毛先が、目の前に存在している殿方たちの神々しい光景に負けて完全に脱力。

 そのまま、王城の壁の分析などすっかり忘れ、腐の鑑賞会に勤しんでいる。


 一方で、ルーカスは冷静に広間を見回していた。

 こちらを覗き見する人々が多い中で、軍師であるチャペス侯爵と視線が合う。平然を装っているが、指先はソワソワと忙しなく動いており……


 その様子にルーカスは微かに口の端をあげると、心ここにあらずのシルフィアを連れて一直線にチャペス侯爵のところへ足を運んだ。


「本日はお忙しい中、ご足労いただき、ありがとうございます」


 まさかの丁寧な挨拶にチャペス侯爵どころか、他の出席者たちも一様に驚き、顎を落としかける。

 その中でシルフィアだけが心の中で、まぁ、と感心した。


(こういう場では、ちゃんと挨拶ができますのね。私の育て方が悪くて挨拶もできな子に育ってしまったかと思ってましたが、余計な心配だったようで良かったですわ)


 翡翠の瞳を細めてホクホクとしていると、軍師が夢から覚めたようにハッとして笑みを作った。


「あ、あぁ。このような祝いの席に呼んでもらえて嬉しく思う」


 年の功もあり、素早く表面だけは繕った軍師。それでも、盛大に目が泳いでおり、動揺を隠しきれていない。その状況をチラチラと伺う出席者たち。


 そこに金切り声が飛び込んできた。


「ベルダ!? ベルダはどこ!?」


 人々の視線が集まった先には、茶色の髪を乱したドロシー。

 化粧も崩れ、疲労感が漂う風貌のまま焦げ茶の瞳が虚ろに彷徨う。そして、チャペス侯爵の姿を捕らえると同時にスカートの裾をあげてドタドタと走り込んだ。


「ベルダはどこですの!?」


 相手が軍師であろうと関係ないという言わんばかりの無礼な態度と言葉。だが、それを指摘できないほどの気迫にチャペス侯爵がのけ反る。


「ベルダとは、誰のことだ? そもそも、貴女は誰だ?」

「ワイアット・クライネス伯爵の妻よ! あなたが娘を養女にするというから、迎えにきた使者と一緒にベルダは一人であなたの屋敷へ出向きましたのに……なのに、連絡がまったくありませんのよ! しかも、屋敷に訪ねたら、そんな娘はいないと追い返されましたの! どういうことですの!?」


 広間全体に響く大声に聞く耳を立てるまでもなく全員が状況を知る。


「チャペス侯爵が養女を?」

「娘も息子もいるのに?」

「なぜ、クライネス伯爵家の娘を養女にするのだ?」


 この状況に、シルフィアは横目でルーカスを覗き見した。

 言われた通り、ベルダが監禁されていることを父であるワイアットや義母であるドロシーには伝えていない。そのため、このような騒ぎは予想範囲内のはず。


 すると、シルフィアの視線に気が付いた光のない深紅の瞳が無言でにっこりと微笑んだ。端正な顔立ちのため美麗なのだが、裏がある笑顔にシルフィアが肩を落とす。


(このまま黙っていろ、ということですのね。目的はわかりませんが)


 ルーカスの思惑が読めないシルフィアは黙って視線を戻し、成り行きを見守ることにした。

 大勢の人々から好奇の視線が集まる中、どこか顔を引きつかせたチャペス侯爵がドロシーを不快にさせない程度の笑みを作った。


「それについては、行き違いがあるようだ」


 毅然とした態度だが、早い口調でこの場を早く離れたいという様子が滲み出ている。


「状況を知るためにも、こちらの部屋で詳しく……」


 チャペス侯爵がドロシーに手を伸ばしエスコートをしようとしたところで、芝居めいた声が割って入った。


「それは大変だ! 誘拐されたのかもしれない! 身代金などの要求はありませんか!?」


 若々しくも広間に行き渡る深みのある声。

 騎士団長であるアンドレイが舞台役者のように両手を広げ、観客の注目を集めるように歩く。そのまま、悠然とドロシーの前へ移動すると、大きな手を差し伸べた。


「すぐに捜索隊を結成して探しましょう」


 男らしさが漂う騎士団長の登場に、それまで騒いでいたのが嘘のようにうっとりと頬を染めるドロシー。


「まぁ、ありがとうございます! あ、あら。私ったら、こんな乱れた格好で恥ずかしい」


 急に現状を思い出したのか乱れた髪やドレスを整える。

 そこに、チャペス侯爵が苦虫を噛み潰したような顔でアンドレイに言った。


「……騎士団長、どういうつもりだ?」


 穏便にこの場を収めようとしていたのに、直属の部下である騎士団長が邪魔をしてくるとは思わず。

 どうにか怒りの感情を抑えているチャペス侯爵に対して、アンドレイが毅然と反論する。


「娘が行方不明になり心配する母の訴え。それを無視するなど騎士道に反します」

「無視するとは言ってない」

「では、すぐにチャペス侯爵の屋敷を捜索いたしましょう」


 思わぬ発言に集まっていた人々がざわつく。侯爵家、しかも軍の最高司令官である軍師の屋敷を捜索するなど前代未聞。場合によっては、言い出した騎士団長が反逆罪に問われてもおかしくない。


 戸惑いと驚愕の声が周囲を囲むが、その雑音をかき消すようにチャペス侯爵が凄味のある声を轟かせた。


「なぜ、私の屋敷なのだ? まさか、私を疑っているというのか? 長年、軍師として国に仕えてきた、この私を!」


 怒り混りに声に、堂々とした態度。しかし、その目には狼狽の色がチラつく。

 それを見逃さなかったアンドレイが意味あり気に口角をあげた。


「クライネス伯爵のご息女を養女にすると約束をされ、その指示に従って動いたところ、姿が消えた。ならば、クライネス伯爵家からチャペス侯爵家までの道中と、チャペス侯爵の屋敷の周辺を探すべきではありませんか?」


 もっともな意見に静観していた人々が頷く。

 その雰囲気に便乗してアンドレイが畳みかけた。


「そもそも、養女にするなら本人を呼び寄せるより先に申請書類の提出をするべきでは? それとも、申請はお済みなのですか?」

「申請書類は作成中だ。そもそも、私はクライネス伯爵の息女を呼び出してなどいない」


 言い切ったチャペス侯爵に対して、アンドレイが目を鋭くして追及をする。


「では、根本的な話をしましょう。なぜ、クライネス伯爵のご息女を養女にするという話になったのですか? あなたには子息も子女もおられる。いまさら養女を迎える理由は?」

「そ、それは……」


 言葉を詰まらせたチャペス侯爵の隙をついてアンドレイが大きく両手を広げ、観衆となっている出席者たちの方をむいて語りかけるように声を出した。




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