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王城から婚約パーティーへ

 その日の夕方。

 幻の一冊と呼ばれている本を無事に読み終えたシルフィアは読了後の高揚感に浸っていた。


「素晴らしい以外の言葉が浮かばない作品でした……お互いを信頼しているからこその駆け引き、愛し合っているからこその決断。表では決して見せない裏の顔。それを知っているのはお互いだけ。なんて尊く、儚く、切なくも強い絆と愛……確かに幻の逸品という名に相応しい傑作でした」


 と、呟き終えたところでシルフィアが鏡台の前で化粧をされていることに気づく。


「どうして、私は化粧を? それに、このドレスは?」


 ようやく意識が現実に戻り、鏡に映る自分と目が合う。

 豪華なドレスと宝石に飾られた姿は前世の婚約発表を彷彿とさせ、喉に毒を飲んだ時の痛みを呼び起こす。前世のこと、と頭では割り切っているが、生まれ変わった体でも記憶に引っ張られて反応するらしい。

 思わず目を伏せたところで、サラが陶磁のような滑らかな肌にチークをのせながら答えた。


「あれだけ説明されましたのに、やはり耳に入っておりませんでしたか。お嬢様は、これから王城で婚約発表をされるのですよ」


 慣れない化粧筆の感触にくすぐったさを感じながらも、それどころではないシルフィアが声をあげる。


「ちょっ、待ってください!? いつの間に、そのような話に!?」


 王城へは行きたいと思っていたが、婚約発表は考えていなかった。


「ルーカス様が説明をされた時、お嬢様はちゃんと返事をされていましたよ。本に夢中でしたけど」

「……そういえば」


 たしかに、そんなことを言われたような記憶はあるが、内容はほとんど覚えていない。


「この前の社交界とは違い、本日の主役はお嬢様ですからね。しっかり飾りますよ」


 会話をしながらもサラの手は止まることなくシルフィアを極上の淑女へと仕上げていく。

 亜麻色の髪が映える明るく薄紫混りの青色ドレス。胸には深紅の宝石をあしらったブローチ。髪飾りにもブローチと同じ深紅の宝石。そこに複雑に編み込まれた亜麻色の髪と、顔が映えるように施された化粧。


 ここまで飾られたことがないシルフィアは急に恥ずかしくなって鏡越しにサラへ訊ねた。


「あの、派手過ぎないですか? 飾り過ぎているような……」


 そこに涼やかな低い声が返事をした。


「とても似合っていますよ、師匠」

「……ルカ、女性の部屋に入る時は最低でもノックをするように。あと、できればノックの後の返事を聞いてから部屋に入ってください」

「それは失礼しました。次から気を付けます」


 襟足だけ長く伸びた黒髪を揺らしながら、鏡越しに目礼するルーカス。

 普段通りの真っ黒な魔導師の服だが、胸にシルフィアのドレスと共布のチーフが覗き、耳にはシルフィアの瞳と同じ色の翡翠のピアス。

 お互いを意識して揃えたような小物とアクセサリーにシルフィアは胸に付いている大きな宝石に視線を落とした。


「もしかして、このブローチは……」


 深紅の瞳が満足そうに細くなる。


「これまで装飾品に興味はありませんでしたが、自分の色を身に着けてもらうことが、こんなに嬉しいとは知りませんでした」


 微笑むルーカスに対してシルフィアの頭の中で腐の妄想が花開く。


(自分の色を相手が身に着ける……そういえば、ルーカスの目の色は騎士団長の髪の色と同じ赤! 生まれながらお互いの色を身に着けているなんて、これは運命以外の何物でもありませんわ! なんて素晴らしい公式の設定! 自分の色を見て、相手を想って過ごす……あぁ! なんて尊く、美しいのでしょう!)


 化粧中のため平然としたまま大人しく椅子に座っているが、心の中では涎を垂らしそうなほど顔を緩め、うっとりと宙を眺めている。

 妄想の世界に旅立っている間にサラが化粧を終えて声をかけた。


「お嬢様、終わりましたよ」

「へ? あ、ありがとうございます」


 翡翠の瞳が現実に戻ったところで、目の前に黒い手が現れた。


「では、いきましょう」

「あの、本当に王城へ行きますの?」


 表情は平然としているが、声は明らかに困惑混り。

 その理由は……


(まだ、王城の壁を調べる方法について考えている途中ですのに……どうしましょう)


 悩むシルフィアにルーカスが困ったように眉尻をさげた。


「はい。申し訳ありませんが、どうしても行かないといけなくなりまして」

「……わかりました」


 本に夢中になりすぎて話をちゃんと聞いていなかった自分にも非があるし、拒否をしたらここまで仕上げてくれたサラにも申し訳ない。

 何よりも愛弟子が騎士団長との愛を育むための偽装婚約(注:シルフィアの一方的な思い込み)の発表。ここで失敗するわけにはいかない。


(王城の壁については、ひとまず置いておきましょう。きっと、次の機会があります!)


 シルフィアが覚悟を決めて立ち上がったところで、逞しい腕に抱きしめられた。次に落ちたのは海溝よりも深いため息。


「……はぁ」

「どうしました?」


 見上げれば複雑な様相をした端正な顔。

 漆黒の髪が垂れさがり、憂いを帯びた深紅の瞳と容貌が相まって、儚げな絶世の美青年ができあがっている。普通の淑女であれば、その光景に頬を赤らめるか、ときめくのだが……


(そうよね。偽装とはいえ、私なんかと婚約なんてため息の一つや二つ吐きたくなりますよね。それだけ騎士団長への愛が大きいということですし)


 と、シルフィアは見当はずれの咆哮に思考と飛ばし、一方のルーカスは……


(こんなに綺麗な師匠を誰にも見せたくないのに。あんな有象無象の貴族どもに師匠の姿を晒すことになるとは)


 不満で溢れる魔力によってゆらりと髪が浮き上がり、ドス暗い気配を部屋に広げていく。

 使用人たちが只ならぬ空気に距離を取るが、その中でシルフィアはますます感動していた。


(本当に私と偽装婚約してもいいのか迷っているのですね! 偽装婚約などせずとも騎士団長と愛を育むことは可能ではないか、騎士団長への裏切りではないかと、そう考えているのですね! わかります! わかりますわ、その気持ち! その葛藤はいくつもの小説で、何度も読みましたから! ですが、ここは私が王城の壁になる計画のためにも、偽装婚約をしてもらわなければ!)


 グッと心を鬼にしたシルフィアが自分を抱きしめている腕を軽く叩いた。


「さっさと行って、さっさと帰りましょう(辛い気持ちは痛いほど分かりますが、私の計画のためにも動いてください)」


 明るく声をかければ、ドス暗い気配が嘘のように消え、晴れやかな顔が現れた。


「そうですね(さっさと済ませて師匠を独り占めするか)」


 こうしてお互いの本心はすれ違ったまま王城へ出発した。



 王城に到着したシルフィアはルーカスにエスコートされて来賓用の豪華な廊下を歩いていた。そこで、これからの行動について確認をしたのだが。


「婚約発表を広間でするのですか!?」


 前世の記憶にあるルーカスは派手なことを好まない性格だっため、婚約発表と言っても王への報告程度だと思っていたのに、まさかパーティーを開くとは。

 驚くシルフィアに対して、深紅の瞳が甘くも困ったように細くなる。


「いろいろありまして。ただ……美しい師匠を見せびらかしたい気持ちと、このまま隠して自分だけのものにしたい気持ちが戦っております」


 すれ違う人たちから漏れ聞こえるシルフィアの美しさを称える声。

 最初は、腹の探り合いぐらいしか能のない烏合の衆である貴族連中の目に触れさせることに忌避感しかなかった。だが、その連中が感嘆し、称賛するのは悪い気がしない。


 しかし、そんなルーカスの心中など知る由もないシルフィアが眉をさげる。


「私としては目立ちたくないのですが……」


 目立つどころか壁になりたいのに。そのため、今すぐにでも壁にへばりつき、壁を分析して、壁になる魔法を開発したい。


(いいえ。焦りは禁物です。王城の造りを把握することも重要! どの壁になれば、効率的に殿方や騎士の方々の愛を見守れるのかを知らなければ!)


 それぞれが思惑を抱えたまま広間に入ると、一斉に視線が集まった。



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