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密談

「すみません、師匠。私は少し野暮用がありますので、出かけてきます」


 思わぬ展開にマギーが心配そうにルーカスに訊ねた。


「もうすぐ、夜になりますが?」

「すぐに帰る。あと、屋敷には厳重な守護魔法をかけているから、外に出なければ危険はない」


 そのまま歩き出しそうな気配に、シルフィアは助けを求めて黒服の裾を掴んだ。


「ルカ!」


 まっすぐルーカスを見上げる翡翠の瞳。

 前世では見せなかった戸惑いと助けを求める目。このまま誰にも見られないように閉じ込めたい気持ちと、もっといろんな表情を見たい、という気持ちがせめぎ合う。


 しかし、今のルーカスには優先してやらなければならないことがあった。


 心の中で歯をくいしばって血を涙を流しつつ、表面では余裕をたたえた微笑みを浮かべる。悠然とした動きで亜麻色の髪を一房だけ手にして、薄い唇を落とす。


「これで、師匠自身も私の魔力で護られますから、少々のことは大丈夫です」


 シルフィアの魔力を考えれば護りなど必要ないのは分かっているが、それでも自分の魔力を纏わせておきたい。

 しかし、そんなルーカスの気持ちなど知らないシルフィアが焦った声を出す。


「そうではなくて!」

「では、いってまいります」

「ルカ!」


 哀願する声をマギーがよい笑顔で切る。


「お嬢様はこちらでお話(説教)をしましょうか」

「ルカァァァァ!」


 こうして賑やかな声を背中に聞きながらルーカスは屋敷を後にした。


~※~


 夕陽が差し込む王城の一室。

 中庭を望む大きな窓の前にある執務机に座る40半ばの白金髪の男と、その隣に立つ灰色の髪をした50代後半の男がいた。年代物の机や調度品が並び、厳格な雰囲気が漂う。


 そこにルーカスが騎士団長を引きずって現れた。


 執務室に入ったところで、襟首を掴んでいた黒い手から解放された騎士団長が文句をこぼす。


「最近、顔を見せねぇと思ったら、こんなところに連れてきやがって。しかも、帰ろうとしていたところで……」

「アンドレイ、王弟の御前だぞ」


 灰色の髪の男に名を呼ばれ、騎士団長ことアンドレイが姿勢を正しつつ訴える。


「失礼ながら、宰相。事実です」

「なら、さっさと話を済ませて帰れ」

「……」


 宰相からの正論にアンドレイが静かになったところで、ルーカスが白金髪の男に報告をした。


「軍師が動いた」


 その一言で、緩い雰囲気だった執務室の空気がピリッと凍る。それは、ルーカスの態度と言葉使いが無礼だったからではない。

 宰相が特徴的な灰青色の瞳を鋭くして訊ねた。


「どのように動いた?」

「オレの婚約者を侯爵家の養女にするという名目で誘い出し、監禁している」


 衝撃的な単語にアンドレイが赤い髪を揺らして隣に立つ黒い服に飛びつく。


「待て、待て、待て。おまえ、いつ婚約した!? 誰と婚約した!?」


 同じように王弟も青い目を丸くしたが、宰相だけは表情を変えず淡々と訊ねた。


「婚約申請の書類は提出されていないと思うが?」

「準備中だ」


 平然と答えるルーカスにアンドレイが迫る。


「そんなことより! 婚約者が監禁されているのに、ここで呑気に話している場合か!? 救出が先だろ!」

「監禁されているのは婚約者の腹違いの妹だから問題ない」

「そうか。それなら問題な……いや、問題あるだろ!」


 的確なツッコミに黒髪が揺れ、心の底からのため息が落ちる。


「どうでもいい」


 言葉通り、本当にどうでもいいという様相。

 これ以上の追及は無意味と悟ったアンドレイは額を押さえながら話を進めた。


「わかった、わかった。おまえが余裕な理由はわかった。で、チャペス侯爵は妹の方をおまえの婚約者だと思って監禁しているってことか?」

「そうらしい」

「目的は?」

「知るか」


 このままでは話にならないため、アンドレイが宰相に視線をむける。

 すると、思案するように眉間のシワが深くなり悩みながら言った。


「魔導師団最強である大魔導師の弱みを握り、軍に引き入れたいのかもしれないな」

「そういえば、軍は魔法と剣が扱える魔法騎士団を作ろうとしていましたが、適任がおらず頓挫していたような……」

「あとは、個人的に何か要求があるか」

「婚約者を無事に返してほしければ言うことを聞け、っていうヤツですか?」


 アンドレイの質問に宰相が頷く。


「その可能性もある」

「なら、早く動かねぇと!」

「何故だ?」


 ルーカスの疑問に赤い髪が項垂れたまま叫んだ。


「違うってバレたら殺されるからだろ! 人質は本人だから価値がある。間違えたら価値は下がるし、場合によっては邪魔でしかない」

「別に殺されても問題ないし、その方が軍師の罪状が増えるからいいだろ」

「おまえ、ほんっとうぅぅぅに、そういうところだぞ。そんなおまえと婚約するとは、どんな奇特な令嬢だ?」

「おまえに関係ない」


 キッパリと切られたが、これぐらいで引くアンドレイではない。

 最初はルーカスのことを、いけ好かないヤツと敵対(ライバル)視していたが、今では全力で手合わせできる貴重な相手。何を考えているのか腹の底は見えないが、少なくとも国を害する存在ではない。

 そう判断して手を組んでいるのだが、冷淡で王族相手でも態度を変えないため、隣にいて肝を冷やしたのは一度や二度ではない。


 外見は眉目秀麗の極上品だが、中身は人として重要な部分が欠けた大魔導師。それが、ルーカスを知る人の評価だった。


 それでも婚約することを決めたという令嬢にアンドレイは俄然興味が湧いた。

 これまで、ルーカスに婚約を申し込んできた貴族や令嬢たちは皆、外見と大魔導師という地位だけで、本人の人格は無視していた。それを察してか、ルーカス自身は相手の顔を見る前に拒否。

 そのことに婚約を申し込んだ相手が立腹することもあったが、何故か大きな騒ぎになる前に消沈していた。


 そんなルーカスが婚約を認めた相手とは何者で、どんな令嬢なのか。


「そう言われたら、ますます見たくなるな。次の休みはいつだ? 会わせてくれ」


 最後の言葉で、ルーカスの不機嫌な顔に拍車がかかる。


「会わせる気はない」


 そこにずっと黙っていた王弟が割り込んだ。

 王族特有の白金髪と青い瞳が鋭く輝く。


「悪いが、会わせてくれ」


 この国の王の弟からの懇願。命令と等しい言葉に黒い眉がピクリと跳ねる。


「……何故だ?」


 低い声とともにルーカスのドス暗い魔力が執務室を覆う。

 アンドレイがさりげなく手を剣にかけ、要人を護衛する騎士団長の顔になったが、それを王弟が視線だけで制した。


「軍師であるチャペス侯爵には、聖女を毒殺した令嬢に毒を渡した疑いがある。しかし、決定的な証拠がなかった」

「……」

「この機会を使って、確実に炙り出す」


 強い意志がこもった声。

 目の前で婚約者を毒殺されるという忌まわしい事件は当時、第二王子であった王弟の時を止めてしまった。聖女が死んだ後、新たに婚約者を迎えることも、妃を迎えることもなく、現在も未婚のまま独り身を貫き、毒殺犯の黒幕を探している。


 だが、それは腐を嗜む淑女たちの間で思わぬ方向に変換されていた。

 第二王子には心に決めた人(殿方)がおり、聖女との婚約はその目を背けるためだったのではないか。そして、結婚を拒んでいるのは、心に決めた人(殿方)と密かに愛を育んでいるからでは、と噂になり、様々な相手(殿方)との恋愛が書かれた本が出回っている。

 当然、それは聖女の生まれ変わりであるシルフィアの愛読書にもなっていて。

 その本を読んだシルフィアは『前世の私は危うく薔薇に挟まりかけていたのですね。それは毒殺されても仕方ありませんわ』と、己の死を肯定するほどだった。


 当人である王弟は、聖女がシルフィアに転生していることも、そのような本が出回っていることも露知らず。

 兄である王の政治を補助しながら、忙しい執務の合間を縫って密かに情報を収集し、聖女毒殺の黒幕を探してきた。


 そんな執念に近い気迫を感じ取ったルーカスが魔力の放出を収める。


 そこで、王弟がゆっくりと口を開いた。


「確実に証拠を掴むため、ルーカス殿には婚約披露パーティーを王城の広間で開催してほしい」


 その提案に再び深紅の瞳が不機嫌の色に染まり、執務室に緊張が走る。そこに、宰相が悟すように声をかけた。


「貴殿もずっと聖女毒殺犯の黒幕を追っているのだろう? ならば、聞くべきだと思うが?」


 聖女の唯一の弟子。それは、聖女に近しい者だけが知っている事実であり、公言はしていないが毒殺犯の黒幕を探していることも知られている。


 目的のため、ルーカスは仕方なく不機嫌混りのまま大人しく耳を貸した。






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