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父から娘への手紙

 怒濤の展開の後、ワイアットは事の顛末を妻であるドロシーと愛娘であるベルダに説明した。


 内密とは言われたが、養女の手続きをするためには一度シルフィアを屋敷に呼び戻して、侯爵家へ送らなければならない。そうなると、ドロシーとベルダには事情を説明しておかなければ面倒なことになる。


 そう判断してのことだったが、話が進むにつれて二人の顔つきがみるみる険しくなり……


 堪忍袋の緒が切れたように、説明の途中でベルダが大声を出した。


「なぜ私が養女ではないの!? どうして私を勧めなかったの、お父様!?」


 思わぬ剣幕にワイアットの顔が引きつる。


「いや、養女は大魔導師の婚約者ということが前提で……」


 ちゃんと話を聞いていたか? という火に油を注ぐ言葉をどうにか呑み込んだところで、ベルダが忌々しそうに叫んだ。


「そこよ! 大魔導師であるルーカス様がお姉さまに婚約を申し込むことがおかしいのよ!」

「そうよね。ベルダの方がずっと可愛らしいし、魔力もありますのに」


 ドロシーが同意しながら自分の若い頃と瓜二つの愛娘を抱きしめる。それから、懇願するように夫を見つめた。


「あなた、どうにかならないの?」


 妻からの無茶振りを通り越した無理難題に、ワイアットがここ数日で確実に白髪が増えた頭をかく。


「いくらなんでも無理だ」


 苦悩混りの父の言葉に、ベルダが苛立たしげに爪を噛む。


「私が社交界に連れて行かなければ、ルーカス様に出会うこともできなかったのに! それなのに、あんな魔力無しの無能が、どうして!」


 その言葉にドロシーがハッとした顔になる。それから、明るい晴れやかな声でワイアットへ言った。


「そうよ! あの子は魔力なしの無能! 魔力が一切ないのよ!」

「そうだな」

「でも、大魔導師ともなれば、結婚相手は魔力がある娘のほうがいいに決まってるわ! 魔力のない無能が妻なんて、社交界で笑い者にされてしまうもの!」


 そこまで聞いたベルダが母の話の意図に気づき、嬉しそうに手を叩く。


「ルーカス様はお姉さまが魔力無しってことを知らないのよ! それを教えてさしあげなければ!」

「そういうこと!」


 意気投合して盛り上がる二人をワイアットが頭を抱えながら止める。


「いや、それは待て」

「どうしてですの!?」


 話を止められたベルダが不満を隠すことなく睨む。


「だから、な……」


 侯爵家、しかも軍師という国内でも有力中の有力貴族と繋がりが出来かけているのに、ここで話がこじれるのは困る。その上、これで婚約話がなくなったら、この話をもってきたチャペス侯爵の顔に泥を塗ってしまう。

 そのことを、自己肯定感満載で自己中心的で世界の中心は自分だと思い込んでいる娘にどう説明をしたらいいのか。


 ワイアットが悩んでいる間に、ドロシーが笑顔で話をあらぬ方向へ進めていく。


「魔力なしの無能より、魔力があって可愛いベルダの方が良いに決まっているわ。大魔導師があの無能を選んだのは一時の気の迷いなのよ。目を覚まさせてあげましょう!」

「そうよ、お母様! 私たちでルーカス様を目覚めさせてあげましょう! そして、私が侯爵家の養女となってルーカス様の婚約者になればいいのよ!」

「さすが、ベルダ! 良い案だわ!」


 満面の笑みでお互いの手を握る二人。


「お父様。侯爵家の養女の手続きには、私が参りますから」

「そのためには、まず魔力なしの無能を呼び戻して、大魔導師から離さないと」


 母娘同士、よく似た焦げ茶の瞳がワイアットに微笑む。


「お父様」「あなた」


 その一言に込められた圧力に逆らうことができず。


「だ、だが、どうやって家に呼び戻すんだ? 簡単には戻ってこないだろ」


 あれだけの仕打ちをしておいて、いまさら『話があるから戻ってこい』と言っても素直に従うとは思えない。だが、ドロシーは関係ないとばかりにツンと顔を背けた。


「あなたの娘でしょう? あなたが考えなさいよ」

「なっ!?」

「さぁ、これから忙しくなるわよ」


 唖然とするワイアットを無視して、侯爵家の養女になることで頭がいっぱいのベルダとドロシーがウキウキと部屋から出ていく。


「……どうすれば」


 無理難題を押し付けられたワイアットは、シルフィアを呼び戻す方法を探すため、空となった部屋を訪れた。伯爵令嬢の部屋とは思えない質素な家具が残るのみ。使用人の部屋と大差ない。


「……何もないな」


 魔力なしの無能と罵られようが、まったく気にした様子もなく、落ち込むことも、失望することもなく。それどころか、メイド扱いにも不平不満を言うことなく過ごしていた。


「何を考えているのか。我が娘ながら、まったく分からんかったな」


 部屋を出たところで本を持った執事長と目が合う。


「その本は、なんだ?」

「シルフィアお嬢様が注文していた本です。これから大魔導師様のところへお届けします」


 そこでワイアットの脳裏に数少ないシルフィアとの記憶が蘇る。体を動かすことも好きだったが、本を読むことも好きだった。


「それだ!」


 ワイアットの目が輝いた。


~※~


 実家がそのような状況になっているとは露知らず、シルフィアはルーカスの屋敷でのんびりとした生活をしていた。


 メイドの仕事は禁止されたが、貴族の婚約者として家長の妻になる者として覚えることはたくさんある。メイド長であるマギーが呼んだ家庭教師から貴族の礼儀や作法、行儀を学びながら、時にこっそりと殿方たちの恋愛話の本も嗜む生活。


(ルカの婚約者、そして妻となれば自然に王城へ行くことができます! そうなれば、城の壁となり殿方たちの愛を見守ることも! あぁ! 早く城の壁の確認をして、壁になる魔法を開発したい…………って、焦ってはいけません。王城は全体に守護魔法がかけられています。まずは城にあるすべての壁を分析して、どの魔法がかけられているか把握しなければ。そのためには、王城の間取りを知ることから……)


 虎視眈々と城の壁になる計画を練る。


(そのためにも、まずは婚約者としての礼儀作法を完璧に覚え、自然なふるまいの中で城へ行き、壁となる方法を探らないと。怪しまれて出禁になっては元も子もありませんし)


 ひたすら壁になることに頭を全力回転させる日々。

 そんな、ある日のこと。


 その日は天気が良いため、シルフィアは庭にあるガゼボで紅茶を飲みながら本(腐の小説)を読んでいた。緑の木々と淡い色の花々に囲まれ、白い椅子に座って優雅にページをめくる姿は深窓の令嬢そのもの。

 そこで、俯いていた顔がふと空を向き、翡翠の瞳が青い空と白い雲を映した。


「あぁ……やはり主従関係は尊いですわ。一生をかけて守ると誓った主人の幸せを願いつつ、己の欲望を抑えて従う騎士。その一方で、自分のために傷つく従者の姿を見たくないから、平穏を願い距離を置こうとする伯爵。そんな二人を引き裂くかのように激しくなっていく戦況。この設定を考え、創作された作者はまさしく神! 叶うことなら幸福な結末を……」


 遠くを見つめ、うっとりと呟く。そのまま蕩けてしまいそうだが、顔はしっかり無表情。決して、腐の妄想で溶けかけていることを悟らせない。

 そこに、赤茶の髪を揺らしながらサラが小走りでやってきて……眉間にシワを寄せた。


「お嬢様、またメイド服を着て! メイド長に怒られますよ!」

「そう言われましても……着慣れた服の方が落ち着きますし、勉強の時は着替えますから」


 長いスカートの裾をヒラヒラさせながら、誤魔化すようにニコッと笑うシルフィア。


「もう。大魔導師様の婚約者という自覚を持ってください」

「ですが、その本人が自由にしていい、と言ってますし」


 シルフィアのために様々な服を揃えたルーカスだが、結局メイド服を着ている姿を見て「師匠がそれでいいなら」と甘い笑顔を浮かべていた。

 その光景を思い出したサラがハァと小声で呟く。


「大魔導師様はお嬢様に激甘すぎです」


 シルフィアの好きなようにさせながらも、しっかりと行動は把握しており過ごしやすいように改善をしている。そこにルーカスの愛を超えた強い執着を感じる。

 いろいろ悟ったサラは自分の仕事をするため、思考を切り替えて封筒を差し出した。


「お手紙です」

「手紙? どなたから……」


 心当たりがないシルフィアは受け取った封筒に書かれた差出人の名を見てコテンと首を傾げた。


「お父様から? どうしたのかしら」


 わざわざ手紙など遠まわしなことをしなくても使用人に言伝をしたほうが早いのに。

 そう考えながら封をあけて中を読む。


「……本が届いているから取りに来い? どの本でしょう?」


 呟きながら考えていると、サラがアッと叫んだ。




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