第六話 センテーノ侯爵家の陰謀
「御館様、宿改めが行われたようです」
キャビンの外からクララの声が聞こえた。彼女とガエルは周囲を警戒中で、何かあればこうして外から報告してくる手筈になっている。
なお、カーテンが開いている状態で外から見た場合は、乗車している者は車内のソファでくつろいでいてもシートに座っているようにしか見えない。
「すると交代は無理だな」
「はい」
「寒さは大丈夫か?」
「問題ありません」
報告によるとトリポリ村に訪れている騎士は全部で六人、そのうちの四人が宿改めに向かい、残りの二人が野営の準備をしていたとのことだった。すでに辺りは暗くなっており、これから王都に帰るのは危険と判断したのだろう。
あるいはそこで簡易的な検問を行うつもりかも知れないので、彼らが去るまではうかつに移動出来なくなってしまった。だが、それよりももっと困ったのは、暖が取れないことだ。
このキャビンには、湯を沸かして床を暖める暖房機能が備わっていた。しかし炭を燃やすため煙が出てしまうし、湯からは湯気も立ち上ることだろう。そうなれば追っ手の騎士たちにキャビンの存在がバレるのは必至だ。
冬前とはいえ夜の気温は特に低い。ガエルとクララはこれまでも過酷な条件で任務に耐えてきたのだから特に心配はしていなかったが、体毛がほとんどないロレーナは今でもガタガタと震えている。
ルーカスは壁からベッドを用意するとまず一枚の毛布を敷き、予備の毛布を彼女に被せた。
ところが、それから間もなく伝えられたガエルの報告に驚かされることになる。宿改めから騎士が戻ってくると、六人で酒盛りを始めたというのだ。逃亡者の捜索中は絶対にありえないことだった。
しかし更なる報告、彼らの会話を聞いてルーカスは合点する。
「アイツら……」
「ひとまずこのことをエリアス殿たちにも伝えて参りますぞ」
「頼んだ。そうしたらガエルとクララも中に入れ」
「しかし……」
「大丈夫さ。もしこれが罠だったとしても、妙な動きがあれば気配で分かるだろう?」
「もちろんですぞ」
「クララは先に中へ。火は使えないが毛布はあるから少しはマシだろう」
「ありがとうございます、御館様」
「ルーカス様、寒い……」
か細い声でロレーナが訴えかけてきた。毛布を何枚もかけているが、それでもまだ足りないようだ。しかし残りは自分とガエル、クララが使う一枚ずつしかない。
明け方までには更に冷え込みが増すだろうから、仮にその一枚を与えてしまうと凍死の危険性があった。
「御館様、添い寝されてはいかがでしょう?」
「添い寝?」
「人の温もりはかなり暖かいですよ」
「ならクララ、お前が添い寝してやってくれ」
「いえ、私は万が一の時には飛び出さなくてはなりませんので」
「抱き合うのは無理か」
「はい」
彼はロレーナの頭を撫でる。
「ロレーナ、俺と添い寝するのは嫌じゃないか?」
「ルーカス様がいい」
「そうか」
「御館様、ロレーナさん、二人とも肌着のみになられた方がよろしいかと思います。一番は裸になることですが」
「裸……? まあ、肌着になれというのは分かる。ロレーナ、いいか?」
「うん」
毛布の中で彼女がごそごそと脱ぎ始める。見えないが彼は何となく罪悪感を覚えた。しかしこれも寒さを凌ぐためと、自身も肌着のみになって毛布の中に入る。
「ろ、ロレーナ!?」
「御館様、どうされました!?」
「ルーカス様、あったかい」
「あ、いや、何でもない。大丈夫だ」
彼が潜り込むとすぐにロレーナが抱きついてきたのだが、彼女は肌着さえ着けていなかった。つまりすっぽんぽんだったのである。さすがに驚いたが、変な罪悪感からクララにバレるわけにはいかないと、咄嗟にルーカスは平静を装ってしまった。
それでも彼女の高めの体温は、この寒さの中では心地いい。そうしているうちに毛布の中は別世界のように暖まり、いつしか彼も眠りに落ちるのだった。
◆◇◆◇
「フリア、首尾は?」
「陛下もデメトリオ殿下も問題ありませんわ」
センテーノ侯爵家王都邸の一室では、当主のフェリペ・センテーノと令嬢フリアが声を潜めていた。
「ルーカス殿下は予想外でしたけれど」
「あの男は最早王太子ではないのだ。殿下などと呼ぶ必要はない」
「そうでしたわね」
「軍の方はどうなっている?」
「デメトリオ殿下を新たな将軍に据えることが正式に決まりました。あと第一騎士団と第二騎士団の団長はすでにこちらに」
「すると残りは第三騎士団のみか」
「ええ。それと警備団の団長も間もなくですの」
「思ったより早くよき報告が出来そうだな」
娘の言葉に侯爵はほくそ笑んだ。
「でも、よろしかったんですの?」
「うん?」
「お父様が王になられる道もありましたでしょうに」
「私が王の座に就けば、国内だけならまだしも周辺国からは王位を簒奪したと見なされる。それにな」
「はい」
「血筋というのは軽視出来んのだよ。だから裏から操る方がやりやすい」
「そういうものですか」
「良くも悪くも現在の王家に対する民の不満はあまり聞かれぬ。簒奪ということになれば最悪は暴動になりかねん」
「暴動は面倒ですわね」
「間もなくシスネロス公爵が王都に乗り込んでくるだろう」
「フェルナン王弟殿下ですか。忌々しい」
現王アルベリクスの弟は、王都の北に広大な領地を持つシスネロス公爵家の当主だった。実はフリアはこの公爵に疎まれており、面前では顔を上げることすら許されたことがなかったのである。
さらに都合の悪いことに、ルーカス元王太子は殊の外公爵に気に入られていたのだ。そのため彼を廃嫡した兄である国王に対し、強く抗議してくるのは容易に想像出来た。
なおフェルナンは武勇に優れ、王国軍の副将軍を務めるほどの傑物だった。
「さて、公爵家を丸め込む算段をせねばなるまいな」
「私はどう致しましょう?」
「ひとまず大人しくしておれ。今以上に公爵に睨まれるとやりづらい」
「かしこまりましたわ」
それから二言三言交わすと、フリアは自分の部屋へと下がるのだった。