第五話 捜索隊の思惑
「宿改めだ!」
「全員、部屋の前に出ろ!」
トリポリ村の宿の客室は、二階に廊下を挟んだ二室ずつの計四室しかない。一階は酒場と厨房、宿屋の主人一家の居住スペースだ。
その日は全ての客室が埋まっていた。今は騎士の指示で、それぞれの部屋の前に宿泊客が正座させられている。騎士は四人。二人が客たちを見張り、その間に残りの二人が部屋を改めていた。
それが終わると宿帳に書かれた名前が読み上げられ、呼ばれた者は手を挙げて立ち上がる。そこで身体検査されて、再び正座という流れだ。
「次、ヘラルド!」
「あ、あっしです」
「どこから来た?」
「あっしはこの村の住人でさぁ」
「村の住人がどうして宿屋に泊まっている!?」
「ひぃっ! い、家が壊れちまって、直るまで兄貴に泊めてもらってるんですよぅ」
「うん? すると宿の主人と兄弟ということか?」
「へい」
騎士が後ろに控えていた主人に目を向けると、彼は何度か首を縦に振った。
「確かに似ているな。よし」
「あ、あのー、騎士様?」
「なんだ?」
「この度は何のお宿改めで?」
「お前が知る必要はない!」
「へ、へい! 申し訳ありやせん!」
「次、エリアスとマリシア!」
「「はい」」
「親子だな。どこから来てどこへ向かう?」
「王都から来たでござる。西のカーリン村に向かうでござるよ」
「何の用だ?」
「カーリン村には拙者の妹夫婦が住んでおって、毎年年末年始は共に過ごすのでござる」
「妹夫婦の名は?」
「ディエゴとドーラと申す」
「よし、次!」
部屋に置いてある荷物は衣類がほとんどで、武具の類いは全てマジックボックスに収納してある。当然不審物など見つかるはずはなかったが、エリアスもマリシアも臨戦態勢にあった。
何故なら騎士が何かに気づいたように見えたからだ。もし連行されるようなことになれば、最悪ここにいる全員を殺さなければならなくなる可能性もある。
だがそんな警戒とは裏腹に、特に混乱もないまま宿改めは終了した。
◆◇◆◇
「なあ、どう思う?」
「何がだ?」
こちらは野営の準備をしている騎士二人。そこは村の敷地内で、時折焚き火にあたって寒さを凌ぎながら手際よくテントを設営している。焚き火には鍋がかけられており、宿改めに向かっている四人が戻ってくれば遅めの夕食を摂る予定だった。
「将軍……王太子殿下の廃嫡だよ」
「そのことか。大きな声じゃ言えないが、今でも信じられないね」
「と言うと?」
「俺はあのフリア侯爵令嬢が怪しいと思ってる」
「殿下が婚約破棄を言い渡したご令嬢か」
そこで二人は更に声のトーンを落とした。
「知ってるか? あの侯爵令嬢、デメトリオ第二王子殿下は元より、アルベリクス国王陛下にも股を開いたって噂だぜ」
「おま、下品な言い方するなあ。でも、そのことなら俺も聞いたことがある」
「不思議なのは立場ある方々が、何故あの女に籠絡されたのかってところだな」
「催眠魔法とか?」
「そんな魔法があるのかは知らないが、どこかの国の陰謀だったらこの国はヤバいな」
深刻な表情で二人は頷き合う。
「だとしてもアルベリクス国王陛下も何をお考えになっておられるのか」
「おい、王族批判は極刑だぞ」
「今さらだよ。聞かれなければ問題ないだろ?」
「ま、それもそうか。実は俺も同じ考えだしな」
「俺たち騎士団を含めて、王国軍人の多くが将軍ルーカス様に心酔している。あの方は身分に関係なく末端の兵士にさえ気を配っておられた」
二人は遠くを見るような目で、過去を懐かしんでいるようだった。
「俺は騎士見習いだったから聞いただけだが、四年前のトルキム戦役では自ら殿を買ってお出になられ、敵将の首を取って大逆転劇を演出されたんだよな?」
「ああ、あの戦いは酷いものだった。トルキム王国軍の卑怯な戦術で我々は壊滅寸前だったんだ」
「卑怯な戦術?」
「魔物をけしかけてきたんだよ」
「何だって!?」
「対人戦闘と魔物の討伐では当然装備は異なる。そこを突かれたんだから無残なものだった」
「四年前と言えば殿下はまだ十八歳だろ!? その若さでソイツらを蹴散らして敵将の首を取っちまったのか。すげえお人だ」
「あの方がいなければ俺はこうして生きてなかったかも知れない。だからよ、もし俺らが見つけても……」
「見なかったことにするってことだな?」
「ああ。捜索に駆り出された俺たちよのうな騎士や兵士は、ほとんどが同じ考えさ」
「無事に逃げてくれりゃいいんだがな」
そこへ宿改めに行っていた四人が戻ってきた。心なしか安堵しているような表情を浮かべている。
「どうだった?」
「おそらく殿下はこの近くにいる」
「マジかよ」
「あの二人は手練れの密偵と見て間違いない。敵か味方かは分からんが、俺たちが知らされてないってことは殿下の配下と見るべきだろう」
「一歩間違えればあの場にいた全員が殺されるところだったかも知れん」
「なら今夜は?」
「捜索は終わりだ。明日の夜明けと共に王都に帰る」
「もし不自然な湯気が見えたらどうする?」
「朝靄だ、朝靄!」
騎士たちはそこから酒盛りを始めた。捜索隊としての体は保ったし、元王太子を見つけても見なかったフリをするのは彼らの共通認識だったのである。
むろんカーリン村に行って、ディエゴとドーラなる夫婦に裏取りするつもりもなかった。間違いなく夫婦はいるだろうし、あのエリアスとマリシアが密偵だとすれば妹夫婦は草(その地に根づいて暮らすスパイ)と見るべきだ。
つまり無駄足に終わるのは間違いない。
そもそも敬愛する元王太子を捕まえるどころか、追い詰める気すらないのに、わざわざ馬を走らせたり密偵と対峙して命を危険に晒す必要などないだろう。
そして自分たちの会話は、どこかに潜んで警戒している彼らの耳にも聞こえているに違いない。だから捜索の打ち切りを罠だと思わせないために、酒盛りを始めたというわけである。
「もっともそれで油断されるような殿下ではないだろうがな」
トリポリ村の夜は更けていくのだった。