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第四話 元王太子の料理番

「御館様に追っ手がかかりました」


 合流早々、クララはロレーナ用の衣類を渡しながら小声で囁いた。ちょうど彼女が検問を終えて城門を出たところに警備兵たちがやってきたそうだ。


 当然呼び止められたが、女性一人で手荷物も衣類のみだったためすぐに解放されたとのこと。


 その後、一行はトリポリ村に着くとまず宿を取った。宿帳にはエリアスとマリシアの名を書き込み、ガエルとクララがキャビン周辺の警戒に当たる。夜間、彼らは交代で宿で休むというわけだ。


 キャビンは村から少し離れた雑木林の中に置いた。周囲に同化してしまえば暗闇でなくとも見つけるのはほぼ不可能だろう。


 現在エリアスとマリシアは宿におり、ルーカスとロレーナ、ガエル、クララがキャビンの中にいる。キャビンの四人は入浴を済ませたところだった。


「ロレーナの予想が当たったな」

「なにが?」


「すぐに追っ手がかかるだろうってことだよ」

(きつね)()はヌシ様が盗人で怖くないのか?」


「ルーカスさまからは嫌な臭いしない。他の皆も。だから平気」

「左様か」


「御館様、食料はございますか?」


「ああ、このキャビンの収納や食料庫はマジックボックスと同じで中の時間が止まっていてな。特に食料は万が一に備えて普段からたんまり貯め込まれているんだ」

「さすがは王族の馬車ですな」


「ただ問題は料理なんだ。クララ、料理は出来るか?」


「我ら宵闇衆は出された物、口に出来る物は何でも口にします」

「つまり?」


「料理を覚える必要がありませんでしたので……」

「クララよ、出来ぬなら出来ぬと素直に申せ」


 ガエルに言われてクララがしょんぼりしている。そこにロレーナが手を挙げた。


「私、料理出来る」

「マジか!?」

「うん」


「よし、ちょっと来てくれ」


 ルーカスは食料庫に彼女を連れていき、料理に必要な食材と調味料を選ばせる。その豊富さに歓声を上げていたロレーナだったが、どうやらメニューが決まったようだ。


「寒いから野菜とお肉の煮込みでいい?」

「ああ、それで頼む」


「では我々は周囲の警戒に当たります」

「いや、ガエルとクララも食っていけよ」

「ですが……」


「獣人の料理、嫌?」


「ち、違うぞ、狐っ娘」

「ガエル殿の言う通りよ。私たちも頂きましょう」


 これまでもそうした差別を受けてきたのだろう。悲しそうにうつむいたロレーナを、思わずルーカスは抱きしめていた。


「二人は俺たちを護るために外に出ると言っただけだ。ここにいないエリアスとマリシアも含めて、全員お前のことを蔑んだり嫌がったりしないから安心してくれ」


「うん……ルーカスさま、ありがとう。でも耳、くすぐったい」

「あ、いや、すまん」


「嫌じゃないけど、ちょっと恥ずかしい」


 頭よりも獣耳を撫でていたルーカスを、ガエルとクララがジト目で見る。


「御館様、私聞いたことがあるのですが」

「な、何だよ、クララ?」


「獣人はたとえ許したとしても、耳や尻尾をいきなり触られるのは恥ずかしいし怖いとのことでした」

「ルーカスさまは怖くないよ」


「ほ、ほら見ろ。ロレーナだってこう言ってるじゃないか」

「ヌシ様、それでも狐っ娘は年頃の娘ですぞ」


「うっ……悪かったよ」

「先に言ってくれたら大丈夫だから」


 それからしばらくして煮込み料理が出来上がり、テーブルに並べられた。しかし器の数は三つ。ルーカス、ガエル、クララの分だけだ。ロレーナは椅子に座らず、テーブルの脇に立ったままである。


「ロレーナ、どうして三つだけなんだ?」

「給仕する。お替わりいるなら言って」


「後で食べるってことか?」

「違う。私はもう食べた」


「「「いつ?」」」


「今朝、あの商人からパンをもらった」

「いやいや、それで終わりってことはないだろう?」


「毛なし獣人は一日一食。食べられるだけ幸せ」


 思わず三人が互いに顔を見合わせる。ロレーナが小さく見えるのは、もしかしたら満足に食事が与えられていなかったからかも知れない。


「ロレーナ、いいから自分の分も用意して席に着きなさい」

「どうして?」


「一緒に食べるんだよ」

「でも……」


「これは命令だ、ロレーナ」

「ルーカスさまの命令?」


「そうだ」

「分かった……」


 ロレーナが自分の分も用意して席に着くと食事が始まった。


「こ、これは!」

「美味しい!」


「ああ、ロレーナが作ってくれたというのもあるが、食事というのは温かいだけでこんなにも旨いものなんだな」

「御館様が食事をされるのはいつも毒見の後でしたからね」


「うぅ……おい……おいひい……うっ……」


 そこで突然ロレーナが泣き出す。訳を尋ねると、こんな風に皆と同じ物を食べるのも、温かいうちに食べるのも初めてとのことだった。


「料理は作るのに、か?」

「はい……」

「味見くらいはしてたんだろう?」


「味見してたのは監視の人。美味しく出来ないと叩かれて作り直させられた」


「じゃ、本当は料理するのが怖かったんじゃないか?」

「ルーカスさまなら叩かれないと思ったから」


「俺のことを信用してくれたんだな。大丈夫、叩かないし今度からちゃんと味見してくれていい」


「本当?」

「ああ」

「なら次はもっと美味しく作る!」


「よし。ロレーナは今日から俺の料理番だ」

「料理番? それってなに?」


「俺の専属料理人ということだ。もちろんちゃんと報酬も払うぞ」

「もしかしてルーカスさまはすごく偉い人?」


「言ってなかったか? グレンガルド王国の王太子だ。元、だけどな」


「ヌシ様?」

「御館様?」


「王太子……おう……ひ、ひえっ!」


「怖がらなくても大丈夫だが秘密だぞ。それに言った通り元、だ。今は王家から廃嫡されたからロレーナと同じ平民だよ」


「私と……同じ……?」

「そう」


「しかも盗人」

「クララ!」


 その頃、トリポリ村に追っ手の騎士たちが到着していた。

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