第三話 まさかの盗人
「御館様のご指示通り、警備隊にはシンタド一家の者たちが商人を殺したとの情報を流しておきました」
「マリシア、ご苦労だった」
「ですが我が主よ、なぜ商人を討ったのでござる?」
「あんなヤツは生かしておくとろくなことがないからな」
「確かに」
助けた獣人少女、ロレーナには声が出せない魔法がかけられていた。加えて布一枚から作られた貫頭衣しか着せられておらず、気温の低いこの時期に髪と尻尾以外に体毛がほとんどない彼女には寒さがこたえることだろう。
ルーカスがろくなことがないと言ったのは、商人による彼女の扱いにも理由の一端があった。保護した今はフード付きのコートを着せてある。
「クララに予備のコートがあってよかったな」
「身長が私と同じくらいですからね」
「しかしこの娘を連れての旅は難しいと言わざるを得ませんぞ」
「逆に考えろ、ガエル。まさか俺が獣人を連れているとは思われないんじゃないか?」
「いえ、ヌシ様の獣人好きは軍では有名ですぞ」
「控えろガエル。我が主に無礼でござる!」
「構わんよ。それよりロレーナ、王国を出るまでは付き合ってもらうがその後はどうしたい? 自由にしてやるぞ」
「あぅ……あ……」
「まずは喋れるようにするのが先か。マリシア、出来るか?」
「お任せ下さい、御館様。リリース・サイレント!」
マリシアが呪文を唱えると、淡い緑色の光が獣人少女を包み込む。そしてすぐに彼女の喉元から何かが弾けるようなエフェクトが現れた。
「御館様、成功しました」
「ありがとう。俺はルーカスだ。喋れるか?」
「あぅ……ろ、ろれーら……ロレーナ、十六歳です……」
「じゅ、十六歳?」
初見で十二、三歳と思ったが、十六歳にしては小さいとしか言いようがない。それとも狐獣人は元々こんなものなのだろうか。
「と、とりあえず言葉は問題なさそうだな。ではロレーナ、もう一度聞くがこの後お前はどうしたい?」
「行くところ、ない」
「買われた先は?」
「行けば酷い目に遭わされる」
「酷い目?」
「なぶられて、犯されて、最後は猛獣のエサ」
「どうしてそうなると知っているんだ?」
「商人が言ってた」
体毛の少ない獣人は、貴族などに酔狂で飼われている猛獣が好んで食べると聞いたことがあった。いわゆる人の味を覚える、というやつだ。
「出来れば連れていってほしい」
「俺たちがどんなヤツかも知らないのにか?」
「助けてくれた。悪い人たちだとは思えない」
「御館様は貴女の獣耳や獣尻尾を触りたがるかも知れませんよ。いえ、絶対に触りたがると断言出来ます!」
「お、おい、クララ……」
「いい。触るくらいならいくらでも……痛くしないでほしいけど」
「痛くなんてするものか!」
「我が主……」
「ヌシ様……」
「「御館様……」」
四人の従者が一様に自分たちの主人にジト目を向ける。
「ま、まああれだ。ロレーナが一緒に来たいというなら都合がいい」
「と、申されますと?」
「フードを目深に被った怪しげな五人より、俺とロレーナ二人だけの方がいらぬ警戒もされないだろう?」
「我が主は我らと別行動をなされるおつもりでござるか?」
「付かず離れずでいてくれればいいだけの話さ。それに追っ手がかかるのは意外に早いかも知れないからな」
「まさか我が主……?」
「ああ。宝物庫から金貨とか売れそうな物をたんまり頂いてきた。むろん食器や家具の類いもだ」
「「「「はぁぁぁ……」」」」
ジト目は深いため息に変わった。
「手に持てる荷物だけは許してもらえたんだ。国王の言葉に背いているわけではない」
「ヌシ様がマジックボックスを使えるのは秘密にしておられましたからなぁ」
「知らなかったで犯した罪が許されることはないだろ。明言しなかった父上……元父上が悪いのさ」
「それは屁理屈というものですぞ」
「とは言っても無断で宝物庫からの持ち出しは軽くて死罪だな」
「つまり我が主、追っ手をかけられるのは時間の問題ということでござるか」
「こうしちゃおられませんぞ」
「検問の方は?」
「問題ありません。本日検問しているのは配下の者です」
「クララ、悪いがロレーナの衣類をいくつか揃えて合流してくれ。西のランデアドーラ帝国へ向かう」
「御意」
クララが離れると、一行は王都の城門へと足を早めた。彼女にこれから向かう方角を伝えたのは、待たずに行くので道中で落ち合うためだ。
「西でしたら二刻(四時間)ほど行ったところにトリポリ村があります。小さいですが宿屋もありますので、まずはそこを目指しましょう」
「マリシア、宿屋はまずくないか?」
「泊まるのは御館様とロレーナです。宿改めでもされない限り見つかるとは思えません」
「すぐに宝物庫から色々と消えたのがバレることもないか」
「ルーカスさま」
「どうした、ロレーナ?」
「宝物庫というのは分からない。けど、食器や家具を盗んだ、ですよね?」
「ぬす……ま、まあそうだな」
「他にも盗まれた物がないか調べる、しない?」
「ロレーナ殿は賢いでござる。我が主、やはり宿屋は危険かも知れませんな」
「ならあれを使うか」
「あれ?」
「王族専用の遠征用キャビンだ」
「そ、そんな物を持ってきたのでござるか!?」
「宝物庫にあったからな」
王族専用の遠征用キャビンとは、文字通り王族が遠征する時に馬車として使うキャビンである。装飾は豪華だが大きさは通常のキャビンとほとんど変わらない。
しかし室内は魔法で拡張されており、三十畳ほどの部屋に家具一式とキッチンも備わっている。ベッドは全部で四台が壁に立てかけるような形で埋め込まれており、使用時は上から手前に倒す仕組みだ。
また風呂とトイレもある上にドラゴンのブレスにも耐える物理・魔法結界付きだった。
「確か周囲の景色と同化する機能も……」
「よく見れば違和感があるし、ぶつかられたらバレるけどな」
「ならばまずは宿を取り、村から少し離れたところでキャビンをお使い下され」
「宿にはお前たちが泊まるか」
「交代でキャビン周辺の警戒に当たるでござる」
最初の目的地を決めたクララを除く五人は、すんなりと検問を終えて西へと向かうのだった。