第八話 ロレーナが欲しかったもの
「いらっしゃいませ」
白いコック・コート姿の若い女性の明るい声が、店に入ったルーカスたちを出迎えた。
「ただ今こちら、バターとミルクを混ぜ込んだバターロールが焼きたてですよ」
「食べるか?」
「食べる!」
ロレーナが元気に手を挙げながら答える。
「それじゃ四つくれ。この場で食べても構わないかな?」
「焼きたては特に美味しいですもんね。他にお客さんもいませんしどうぞ。椅子を出しますね」
「すまない」
「いえいえ」
店内は広くはないので、テーブルを置くスペースはない。それでもわざわざ商品棚の上に温かい紅茶まで出してくれた。
「美味しい!」
「本当、美味しいですね」
「美味いな」
「御館様、紅茶もなかなかです」
「うん。このバターロールによく合う」
「よかったです。お出しした紅茶に合わせて生地を作ってるんですよ。お持ち帰りの際はぜひ一緒にお買い求め下さい」
昼食を食べて間もないというのに、全員がバターロールを一瞬で食べ終えてしまった。
「奥さん、でいいのかな?」
「え? あ、はい」
「実は俺は近々ヒロディー通りに屋台を始めるんだが、肉と野菜のスープを出そうと思っていてな」
「はい……?」
「そのスープに合うパンも一緒に売りたいと思っているんだ」
「はあ……あの、商売のお話でしょうか?」
「そうなる」
「少しお待ち下さい。主人を呼んで参りますので」
「頼む」
待つこと数分で、やはり白のコック・コートにコック帽を被った男性が奥から出てきた。
少々頼りなさそうな印象だが、人は見かけによらぬもの。無駄のない肉付きは何かの武芸を修めているに違いないとルーカスは睨んだ。彼もまた、それを見抜くほどの武人だったのである。
「初めまして。サニー・ブランジェの店主、パストルと申します」
「冒険者のルークだ」
「妻のニルダから商売のお話と聞きましたが?」
「実は間もなくヒロディー通りで屋台を始めるのだが、そこで売るパンを卸してもらえないかと思ってな」
「屋台でパンをお売りになるんですか?」
「いや、メインは肉や野菜などを煮込んだスープだ。パンはその付け合わせになる」
「なるほど。ヒロディー通りは行ったことがありますが、確かに手軽な飲食店はありませんでしたね」
パストルはあの辺りの土地が高いことも知っていたので、屋台で元を取れるのかと心配していた。自身もヒロディー通りに出店を考えたことがあるそうだ。
「道楽で商売するつもりはないから、採算は取れると見込んでいる」
「うちの店の名前は出して頂けるのでしょうか?」
「もちろんだ。大きさは任せてもらうが、看板を掲げてもいいぞ」
「本当ですか!?」
「デザインなどの指定があれば下絵を描いてくれ。モンタニエス工房に作らせよう。費用はこちらで持つ」
「そこまでして頂けるのですね! どの程度をご入り用で?」
「まずは百個だな。最初は肝心だが、万が一売れ残っても自分たちで消費出来る数から始めたい」
「分かりました。ではお出しになるスープを試食させて頂けますか?」
「うん? 俺はさっき食べたバターロールでいいと思っているんだが」
「ルークさん、屋台とは言え飲食店ですから町のパン屋とは違います」
「確かに」
「そこでうちの店の看板を掲げて売って頂くんです。メインのスープに合うように調整するのは当然だと思いませんか?」
「職人の意地、というやつか」
「はい」
「分かった。いつなら時間を取れる? 迎えの馬車を寄越す」
「妻も同行して構いませんか?」
「ああ」
「でしたら明日の閉店後ではいかがでしょう?」
普段は夜の八時まで店を開けているが、明日は七時に閉店するとのこと。それなら試食用のスープの他に夕食も用意しておくとして、ルーカスたちは店を後にした。
◆◇◆◇
これはルーカスたちがクラウディオ辺境伯領に入った初日、ハロルド商会のミムーア支部から帰ってからのこと。
ロレーナが嬉しそうに、可愛らしい包装紙に包まれた商会からの贈り物を紐解いていた。中身については内緒にされたため、ルーカスはもちろんマリシアもクララも知らない。
そんなわけでキャビンの中では三人がロレーナを囲み、彼女の指先に注目している。万が一変なものを贈ったとしたら、ルーカスはその足で番頭のルーベンを殺しに行くつもりで身構えていた。
そして開けられた四角い箱。そこには白地に細やかな花がいくつも描かれた淵が金のティーカップとソーサーが四組、それとティーポットが入っていた。
「御館様、これ……」
マリシアによると、このティーセットには金貨二十枚(日本円イメージで二百万円)の値が付いていたそうだ。しかしロレーナにはそんなことは分からないはずだから、彼女は本当に欲しい物を選んだのだろうとのことだった。
「ロレーナ、素敵なティーセットだな」
「うん! 私とルー兄、マリシアさんとクララ姉で使うの! お揃いだよ!」
「「「「えっ!?」」」」
「皆……私とお揃い、いや……?」
物悲しげに目を伏せたロレーナの言葉を、慌てて三人が全力で否定する。
「ち、違うぞ、ロレーナ! お揃いは嬉しいに決まってるじゃないか!」
「そうよ、ロレーナ嬢! ちょっとびっくりしただけだから! 嬉しいに決まってるじゃない!」
「私たちまでお揃いなんて驚いてしまったの。ロレーナさんとお揃いで嬉しくないわけないじゃない!」
「本当……?」
「「「本当だ(です)!!」」」
「よかったぁ」
花が咲くように破顔したロレーナを、三人が抱きしめたのは言うまでもないだろう。




