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第七話 期待以上の屋台

 メンテノーラ教会のシスターと子供たちがルーカスの家を訪れてから一週間後、モンタニエス工房からの遣いでビリー少年が辻馬車でやってきた。頼んでいた屋台やら調理器具やらが出来上がったそうだ。


 早速ロレーナとマリシア、クララを連れて工房を訪ねると、これまで市場などで見てきた物とは雲泥の差がある、しっかりとした佇まいの高級感溢れる屋台に驚かずにはいられなかった。


「おう、来たか!」

「一週間ぶりですね、親方」


「どうでい、かなりいい出来だと思うぜ!」

「ええ、期待以上です」

「そうだろそうだろ」


 屋台は横に約六メートル、奥行きが約三メートルで、向かって右側の調理スペースは壁があって外から覗き見ることは出来ない。全体的な色はダークグレイで統一されており、車輪も付いているので移動も可能となっていた。


「リヒト(光)の魔法が込められた照明石が全部で十個、うち三つが調理スペースにある」

「魔法石ですか、高いんじゃありませんか?」


「ルークさんが値切らなかったお陰だ。こっちも見てくれ」

「コンロが三基……まさか燃焼石!?」


「おうよ! 二つでいいって言われたけどな。こいつぁ一日八時間、最大火力で燃やし続けても一年は持つ。照明石も同じだ。魔力を使いきっても込め直せばまた使えるぜ」

「親方、金貨三十枚で本当に足りました?」


「はっはっはっ! 実は赤字だ。まあ材料費でトントンってところだからな。赤字なのは手間賃だけさ」

「払いますよ。いくらですか?」


「うん? まあ、いいじゃねえか。ただな」

「ただ?」


「ここにうちの工房の名前入れさせてもらった」


 親方は屋台の右上を指さした。そこには『モンタニエス工房製』と金文字で書かれている。


「この屋台が広告塔になるということですか」


「ヒロディー通りでやるんだろ? あそこは貴族から商人、平民までとにかく人が集まるからよ」

「なるほど」


「うちに屋台を作れって言ったのはルークさんが初めてだが、今後はそっちにも手を広げようと思ってこんなの作ってみたんだ」


 そう言って出されたのは屋台のカタログだった。一番安いのは作りもチープだが金貨一枚と格安だ。さらに照明やら車輪やらのオプションも数多く記載されている。


「弟子たちの修行にはもってこいの仕事だ。もちろんルークさんの屋台はワシとベテランの何人かで作ったから安心してくれ」

「照明石や燃焼石を埋め込んであるんだし、そこは心配してませんよ」


 これだけの魔法石は間違いなく盗難される危険性がある。屋台設置後は宵闇衆の配下に見張らせるしかないだろう。


「親方、酔っぱらいなどの侵入防止に、土地を壁か柵などで囲いたいんですけど」


「間口が七メートル、奥行きはそれより少しあるくらいっつってたな」

「ええ」


「ガチガチにすんのか? それとも普通でいいのか?」

「普通で構いません。間口は鍵があれば子供でも開け閉め出来るくらいがいいんですけど」


「それなら壁は煉瓦(レンガ)にするか。通りの雰囲気からしてもその方が合うだろう」


 間口はレール式のスライド門にして、横の壁側に曲がっていく仕組みにするとのことだった。金貨十枚で工期も三日あれば済むそうだ。


「ずい分早く終わるんですね」


「そっちは貴族様や商会なんかの依頼で何度も請けてる仕事だからさ。技術が確立されてんだよ。材料も在庫が山ほどあるしな」

「なるほど」


「屋台の納品はどうする? 壁が出来上がってからの方がいいだろうから、うちに任せるなら五日後になるが金はいらねえぜ」


「早朝でも構いませんか?」

「何で早朝なんだ?」


「あの辺り、昼間は人通りが多いし、夕方以降は酒場が開くので酔っぱらいが邪魔だと思うんですよ」


「そういうことか。分かった。五日後の早朝だな」

「ええ、お願いします」


 ルーカスは詳しい場所を伝え、当日は自分たちも現地に待機することとして工房を後にした。



◆◇◆◇



 メンテノーラ教会の一同と食事をした翌朝、予定外にティータがロレーナから料理の手ほどきを受けたいとやってきた。聞けばシスター二人には町に散歩に出かけてくると言ってきただけらしい。


「エリアス、済まんが教会に行ってティータはうちにいるから心配するなと伝えてきてくれるか?」

「御意」


「ついでにガエルも一緒に行って、例の悪霊騒ぎの件の調査を始めてくれ。それと途中で木剣を二本買って、ハンスとヨルグに届けてやれ。長く使えるちゃんとしたヤツな」

「かしこまりましたぞ、ヌシ様」


「ごめんなさい……」

「ティータ、来てくれるのは構わないが、次からはちゃんとシスターに言ってから来るんだぞ」

「はい」


「朝食は?」

「教会で皆と食べました」


「よし。それじゃ今日の昼食はロレーナと一緒に作るといい」

「は、はい!」


「ロレーナ、頼むぞ」

「うん!」


 ロレーナと一緒に作った昼食を終えて少ししてからティータは教会に帰っていった。


 その際、出来ればこれから毎日通いたいとのことだったのでルーカスはそれを許可した。早々に屋台の調理スペースでロレーナの手伝いをさせられると考えたからである。


「それじゃロレーナ、パン屋探しに行くか」

「うん!」


「御館様、市場にパン屋は三軒、組合の近くに一軒あります」

「まずは市場の方に行ってみよう」


 ロレーナの手を引き、マリシアとクララを伴って市場までは徒歩で向かうことにした。昼下がりの市場は人が多く、馬車での移動は適さないからだ。


 そして三軒回った結果、味はどこも似たり寄ったりで特筆すべきものはなかった。それでもメインはスープなのだから妥協出来ないかと言えばそれほどでもない。


 ただ、黙っていても市場という立地は客に困らないので、どの店も卸売りには消極的だった。つまりルーカスにわざわざ安く売る必要はないので、完全に天狗になっていたというわけである。


 結果、組合近くの店舗に寄って、そこでも同じならひとまずパンは諦めることにした。こんなところでぐずぐずしているわけにはいかないからだ。


 むろんロレーナが作る料理の屋台を軽々に扱うつもりはない。しかしいずれくるランデアドーラ帝国皇帝との謁見に向けての足がかりなのは、動かしようのない事実でもあった。


 それはグレンガルド王国に残る()()()()()()()()()()を、一日でも早く迎え入れる体制を築き上げるために避けては通れない道なのだ。


 パン屋の名はサニー・ブランジェ。クララによると若い夫婦が切り盛りするこじんまりとした店とのことだった。

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