第六話 木剣と初級冒険者
ルーカスの家を訪れたシスター二人と子供たち九人のうち八人は、建物を見て固まっていた。残りの一人はミランダで、彼女は庭に放していたブラックスターを見つけて嬉しそうに駆け寄っていく。
「わーい! おうまさーん!」
「ヒヒーン!」
一瞬凍りついた一同だったが、ミランダの顔の高さまで頭を下げた大きな黒馬を見てホッとため息をついていた。
「ミランダさん、このお馬さんはブラックスターって名前なのよ」
「ぶあっくふた……」
「ブラックスター」
「ぶあっくふたー!」
「ヒヒーン!」
「クララ、着いたか」
「はい、御館様」
「よし、外は寒かっただろう。遠慮はいらん。皆、中に入ってくれ」
そこでルーカスはエリアスとガエルを、悪霊騒ぎの調査のために今後度々教会を訪れることになるとして紹介した。これでシスターや子供たちを招いた目的の一つだった顔合わせは終了だ。
居間のテーブルには、ロレーナが腕を振るった色とりどりな料理の数々が並べられている。子供たちはもちろんだが、シスター二人も端から見ても分かるほどに歓喜の表情を浮かべていた。
「シスターから色々と聞いていると思うが、まずは食事を楽しんでくれ。話はその後だ」
サントス、レグロ、ロベルタ、プリシラの四人はそれぞれ燕尾服とメイド服姿で給仕に専念している。ロレーナは調理を終えたので、ルーカスと共に長辺側の一辺八人席とは別に設けられた、テーブルの短辺側に並んで食事に参加だ。
シスター二人も含めた教会から招かれた者たちは始めこそ恐る恐るだったが、料理の美味さに手が止まらず、いつしか食事に夢中になっていた。おそらくそれだけのまともな料理を味わうのは初めてか、久しぶりだったのだろう。
ようやく腹も落ち着いたと思われる頃になって、シスター・ビクトリアが恥ずかしそうな顔をルーカスに向けた。
「は、はしたなくて申し訳ございません」
「いや、皆の食べっぷりは料理人冥利に尽きることだろう。そうだよな、ロレーナ?」
「うん! 美味しそうに食べてくれて嬉しい!」
「これらの料理は全てロレーナさんが?」
「この家で暮らす者の中でまともに調理出来るのはロレーナだけなんだ、シスター・カタリナ」
「わ、私、将来料理人になりたいんです! ロレーナさん、料理を教えてもらえませんか!?」
突然手を挙げたのは、十一歳のティータという女の子だった。ルーカスに木剣を向けていたうちの一人である。
「だそうだがどうする、ロレーナ?」
「ルー兄がいいならいい!」
「お待ち下さい、ルーク様」
「ん? シスター・ビクトリア、どうした?」
「ティータ、残念なのですが、教会には手習いの謝礼をお支払いするお金がありません」
「ビッキー……」
「シスター・ビクトリア……長いな、俺もビッキーと呼んでも?」
「え? ええ、構いませんが……」
「謝礼のことなら気にしなくていい。これから話す仕事にも役に立つだろうからな」
「よ、よろしいのですか!?」
仕事は屋台での接客がメインとなる。商品はロレーナが作る肉と野菜のスープとパンだ。ただしパンに関しては外注、つまりパン屋から仕入れることにした。そのために開店までの間に当たりを付けなければならない。
営業時間は朝の十時頃から販売を開始して、客の入りを見て調整しようと考えていた。閉店は遅くとも酒場の営業が始まる夕方の五時頃を目安とする。
「ひとまず給金は一人一日銀貨三枚でどうだろう。売り上げがよければ上乗せするし昼食もこちらで用意する。とは言っても賄いだから商品のスープとパンになるが」
「十分です! 働かせて頂けるのは二人ですよね?」
「そうだ」
「その条件で構いません。むしろそんなに頂けるとは思ってもおりませんでした」
「初日から一週間は呼び込みも頼みたいから四人、いや、五人出してくれるか?」
「も、もちろんです!」
「それとティータ」
「は、はい!」
「ティータは接客とは別にロレーナの手伝いで来てくれ。料理を覚えてもらいたい」
「はいっ!」
いずれはロレーナではなく、ティータに料理を任せたいと彼は考えていた。だから彼女は毎日屋台で働くことになる。
自分の作った料理がお客の口に入ると思うと、早くも料理人になる夢が叶ったような気がしてティータは目に涙を浮かべていた。
「あの、ルーク様」
仕事の話が一段落したところで、男の子が手を挙げた。
「ん? 君は?」
「ハンスです」
「何かな?」
「ルーク様は冒険者だとお聞きしました」
「そうだ、冒険者として組合に登録している」
「等級をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「十級だ」
「十級! 俺とヨルグは初級なんです。早く十級に上がりたいんですけど、子供だとなかなか任務を請けさせてもらえなくて……」
「戦闘試験は受けたのか?」
「受けましたが落ちました」
「そうか……鍛錬は欠かしてないか?」
「したくても木剣がないんです」
「ん? ティータともう一人……」
「ダリアですね」
「そう、そのダリアという子が木剣を持ってたじゃないか」
「あれは二人の物ですし、教会を護るための物でもありますので」
「ティータとダリアが彼らに木剣を貸してやるというのは?」
ダリアもティータ同様、ルーカスに切っ先を向けていた少女だった。その二人が揃って首を左右に振る。
「私たちの木剣はスサナ姉さんからもらった形見なんです」
「スサナ姉さん?」
「以前教会で一緒に暮らしていた子で冒険者でした。商隊の護衛任務で盗賊に襲われて命を落としたんです」
「シスター・カタリナ、そうだったのか。皆、嫌なことを思い出させてしまったようだ。すまない」
「いえ……」
これ以上の詮索は諦めた方がよさそうだが、形見と言うなら二人がハンスとヨルグに木剣を貸せないのも頷ける。そして教会の状況を鑑みれば新品であれ中古であれ、新たに買い求めるのも難しいのだろう。
「あの、ルーク様!」
「うん?」
「僕たちとパーティーを組んで頂けませんか!?」
「ヨルグ、それは出来ない」
「な、何故ですか?」
「俺はすでにロレーナやマリシア、クララと共に『狐の尻尾』というパーティーを組んでいる。全員十級冒険者だからパーティーも十級だ」
そこに初級冒険者の二人をパーティーに加えると、戦力が低下するばかりか守護対象が増えてしまう。
何故なら彼らは戦闘試験をパスしていないので、討伐系任務に赴いて万が一怪我をした場合、治療費などが自腹となるからだ。要するに足手まといでしかないのである。
それに、マリシアとクララの戦闘を見せるわけにもいかない。
「酷な言い方になってしまうが、パーティーの戦力を下げてまでお前たちと組むわけにはいかないんだ。分かってほしい」
「「分かりました……」」
「その代わりと言ってはなんだが、鍛練用の木剣を買ってやろう」
「「えっ!?」」
「そんな、いけません、ルーク様!」
「ビッキー、これは貸しだから心配するな。冒険者としてしっかりと稼げるようになったら返してくれればいい」
「そういうことでしたら……」
「「がんばります!」」
さらに調査の傍ら時間を取って、エリアスとガエルに剣術の手解きをするように命じた。ハンスとヨルグが感激でテンション爆上げとなったのは言うまでもないだろう。
シスターと子供たちが教会に帰ったのは、夕食まで終えてすっかり暗くなってからだった。
――あとがき――
◆ 通貨単位の日本円イメージは以下の通りです。
銀貨1枚1000円
銀貨三枚だと3000円になります。




