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第三話 モンタニエス工房の親方

 ヒロディー通りの物件に到着するまで、距離の割には(こと)(ほか)時間を要した。人通りが多く、思うように馬車が走れなかったからだ。歩いた方が早かったかも知れない。


 土地は間口が七メートル、奥行きはそれより少しありそうな正方形に近い長方形だった。


「思っていたよりも人通りが多いな」

「その割には飲食店は見当たりませんね、御館様」


「あそこの赤い看板が見えますか?」

「ピエール・ド・シャリテってやつか?」


「はい。あの店がこの辺りでは唯一の飲食店です」

「なるほど、確かに気軽な雰囲気ではないか」


 ニコラスが指した店はレンガ造りで、スタンド看板に書かれているランチメニューもコース料理のみのようだ。代金は小金貨一枚と銀貨五枚。大衆食堂のランチなら銅貨五枚で腹いっぱい食べられるので、これはその三十倍の額となる。


 ちなみに酒場は一軒だけ営業しているようだが、昼食時にも関わらず客は入っていないように見えた。この界隈には昼間から酒を飲む者はいないのだろう。


 食事として提供しているのも酒のつまみみたいな物ばかりだから、明らかに商売の方向性を見誤っているとしか思えなかった。


「気に入った。借りる方向で準備しよう」

「ほ、本当によろしいのですか!?」


「ここなら屋台を二つか三つは出せるからな。メインは元から考えていた料理を出すとして、他にも色々やれそうだ」

「そ、そうですか」


「これから屋台などを作ってもらわなけれはならないんだが、ニコラスはどこかいい工房を知らないか?」


 ルーカスは簡単な厨房を備えた大きめの屋台と通常の大きさの屋台、それに調理器具や食器類などをまとめて発注出来る工房があればと伝えた。


「ハロルド商会様のご利用は……」

「考えてないな」

「でしたらモンタニエス工房がよろしいかと思います」


 領都で三番目に大きな工房で、取り引きはあるとしてもハロルド商会の傘下にはないため、そこならルーカスの要望にも全て応えられるだろうとのこと。


「ただ初見ですと代金の先払いを求められるかも知れません」

「それは構わないが、仕事は問題ないんだろうな」


「もちろんです。そこは私が保証しましょう」

「案内は頼めるか?」


「ええ。ですが一度私の店でお手続きをお願いします」

「分かった」


 ニコラスの店に戻って物件を押さえるために金貨五枚を渡し、預かり証を受け取る。もし契約に至らなかった場合は小金貨一枚が手数料とのことだ。


 その後すぐにモンタニエス工房に向かった一行は、そこが各組合の建物に近い場所だったことを知る。


「ビリー君、お久しぶりです。モンタニエス親方はいらっしゃいますか?」

「ニコラスさん、こんにちは。親方ならいますので呼んできますね」


 ニコラスが声をかけたのは、顔まですすで汚れた少年だった。工房に入って一年目の徒弟(とてい)で、今は下働きのため工具には触らせてもらえないそうだ。


「お待たせしました。二階の応接室に来てほしいと言ってます」

「ありがとう。入らせてもらうよ」


 何度も来ているのか、勝手知ったるニコラスがルーカスたちを先導して工房の中へと入っていく。さすがに領都ミムーア三番目の工房だけあって、広い作業場に多くの職人が(せわ)しなく働いていた。


「おう、ニコラスの旦那、今日はどうした?」

「モンタニエス親方、実は仕事を頼みたいという人を連れてきたんですよ」


「そこの兄ちゃんか? まあ掛けなよ。おーい、誰か茶ぁ持ってこーい!」

「はーい、ただいまー!」


「きれいな姉ちゃんたちも遠慮せずに座れや」


「モンタニエスさん、初めまして。冒険者のルークです。彼女たちはこのままで構いません」

「そうかい。まあ無理にとは言わねえが」


 ニコラスの店を訪れた時と同じように、マリシアとクララはルーカスの背後に立っている。そこへさっきの少年ビリーが、茶が注がれた五つのカップをトレーに乗せて応接室に入ってきた。


 それを見た親方が彼をジロリと睨む。


「おい、お前えはホンットに気が利かねえな!」

「え? 何がですか、親方?」


「この人らを入れたのはお前えだよな?」

「そうですけど……」


「だったら小せえ子がいることくれえ分かんだろ! 甘え菓子の一つも出せねえのか!?」

「す、すみません! すぐに!」


 ルーカスは苦笑いしながらお構いなくと告げたが、間もなく少年は菓子をどっさり持って戻ってきた。ロレーナが食べたそうにしているのに気づいたモンタニエスが、ビリーを怒鳴りつけていたのとは別人のような笑顔を彼女に向ける。


「私、子供じゃないよ?」

「ロレーナ、気にするな」

「うん……でも、子供じゃないのに……」


「嬢ちゃん、遠慮しねえで好きなだけ食いな」


 どうやら彼女の小さな声はモンタニエスには聞こえなかったようだ。


「いいの?」

「ああ。何だったらもっと持ってこさせるからよ」

「ありがとー! いただきます!」


「おう! で、頼みてえ仕事があるってのはこのルークさんか?」

「ええ、そうです、親方」


「ニコラスの旦那の紹介だから話は聞くが、請けるとなったら全額前金だぜ」

「構いません」


「そんじゃ、聞かせてもらおうか」


 ルーカスはニコラスに伝えた内容をより具体的に聞かせた。


「するってえと屋台の一つにはコンロが二つで厨房みてえな設備をつけるんだな?」

「はい」


「それからでっけえ鍋が四つに皿やらスプーンやらの食器が百組、食器は木製で構わねえと」

「木製なら落として壊される心配も少ないでしょうから」


「匂いも消しとくか? 別料金になるが」

「お願いします」


 新品の木製食器は、スープなどの温かい物を入れると食べられないほどの匂いを放つことがある。これを消しておいてくれるというのだから、ありがたいことこの上ない。


「そうだな、ざっと見積もって金貨三十枚ってところか。足りねえ分は後から請求でどうだ?」

「構いません」


「おいおい、言い値かよ!?」

「はい?」


「値切らねえのかって聞いてんだ」


「値切る? そもそも俺は金貨三十枚が高いか安いか分からないんですよ。だから言われた額で構わないと言ったんです」


「こっちは値切られると思って吹っかけたんだがな」

「親方さんもぶっちゃけますね」

「いや、こんなことは初めてだからよ」


「金貨三十枚でいいですよ。儲かったなら次の仕事を頼む時にでも安くして下さい」

「おい、ニコラスの旦那」

「はい」


「お前えさん、いい客連れてきてくれたな」

「あははは」


「ルークさんよ、頼みてえ仕事があったらいつでも来な。ここで出来る仕事なら何でも引き受けてやるよ」

「ありがとうございます。その時は必ず」


「おう! それとお前えさん、冒険者っつったな」

「はい」


「なら魔物の素材で売りてえ物があったら持ってきな。冒険者組合より高く買い取ってやるぜ」

「本当ですか!?」


「と言ってもありふれた素材じゃそんなに変わらねえと思うがな」

「では珍しい素材が手に入ったらこちらに持ってきます」


「長えつき合いになりそうだ」


 ガッツリと握手を交わし、金貨三十枚を置いてルーカスたちはモンタニエス工房を後にした。


――あとがき――

◆ 通貨単位の日本円イメージは以下の通りです。

金貨1枚10万円

小金貨1枚1万円

銀貨1枚1000円

銅貨1枚100円

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