第二話 お高い物件
「ようこそ冒険者組合へ。ご用件を伺います!」
こちらの受付嬢はサリタ、二十歳そこそこの笑顔が可愛らしい女性だった。とは言っても丸顔の童顔なので、実年齢はもしかしたらもう少し上なのかも知れない。
「この町で料理を出す屋台を始めようとしているんだが、商業組合で食材に魔物の素材を使うなら、事前に魔物の種類を冒険者組合に届け出る必要があると言われたんだ」
「そうですか。冒険者組合にご登録はされてますでしょうか?」
「している」
ここではルーカスだけでなく、ロレーナたちの登録証も差し出した。
「拝見します。ルーク様と『狐の尻尾』のメンバーの皆さんですね。どのような魔物をお使いになられるんですか?」
「それはまだこれからだな。場所も屋台も準備段階なんだ」
「魔物食材はご自身で入手されますか? それとも市場で仕入れられますか? 当冒険者組合でも販売してますし、討伐入手依頼も承っておりますよ」
彼女がそう言ったのは『狐の尻尾』が十級パーティーだからだろう。普通なら初級から上がったばかりの十級パーティーには、魔物の討伐など荷が重いと考えるのが妥当だ。
盗賊捕縛などの実績は考慮されなかったのか、あるいは彼女が気づかなかっただけなのか。
「今のところは使うなら自分たちで入手するつもりだ。すぐには無理だが、任務があれば請け負いたいと思う」
「そうですか。ただ……」
「ただ?」
「皆さんのパーティー等級では……」
「そういうことか。なら任務として請けずにそこにたまたま対象の魔物がいたから討伐した、というのはアリか?」
「問題はありませんが、無茶はしないで下さいね」
「心配してくれてありがとう」
次にルーカスたちが向かったのはコバルリッツ土地建物取扱店だった。
店は十坪ほどの接客と事務を行うスペースと、奥に応接室と札が貼られた扉が見えるこじんまりとした空間だ。店主か店員かは分からないが初老の男性と、事務仕事をしている中年の女性がいる。
接客スペースにはローテーブルを挟んで三人掛けのソファが向かい合わせに並べられ、別に一人掛けのソファが向き合っている小さなテーブルもあった。
扉を開けて店内に入ると、二人とも顔を上げてルーカスたちを見て微笑んだ。女性はすぐに書類に目を戻したが、男性は立ち上がってカウンターの向こうから出てきた。
「いらっしゃいませ。土地か建物をお探しで?」
「ああ、実は屋台を出す土地を探しているんだ」
「どのくらいの広さが必要ですか? どうぞ、お掛け下さい」
ソファを勧められてルーカスとロレーナが応じる。マリシアとクララはいつもの通りに二人の後ろに立った。
「シーラ、すまんがあちらのソファを彼女たちのために持ってきてくれるか?」
「ああ、二人のことは気にしないでくれ」
男性がカウンターの向こうに声をかけて女性が立ち上がろうとしたので、ルーカスは手を挙げてそれを制した。
「よろしいのですか?」
「構わない」
「申し遅れました。私は店主のニコラス・コバルリッツと申します。あちらのシーラは私の妻で事務仕事を任せております」
「冒険者のルークだ。こっちはロレーナ、獣人だが問題ないか?」
「いえ、特に……ああ、獣人が差別されるところもありますからね。ミムーアではそういったことはありませんからご安心下さい」
「それならよかった。広さだったな。料理を出すのでちょっとした厨房と洗い場、ある程度食器などを並べられるスペースを確保したい」
「一般的な屋台はおよそ三メートル四方ほどですが、ご希望に合う広さを考えると最低二つ分は必要でしょうね」
「それなりに人通りがある場所に空きはあるか?」
「ないことはありませんが、屋台二つ分となりますと中途半端でして……」
「中途半端とは?」
「ヒロディー通りというところで、商売にとても適した場所なので屋台ではなく店舗向けの土地なんです。広さは屋台六つ分ほどと申し分ありませんが、分割が出来ないんですよ」
ニコラスは仮にその土地のうち屋台二つ分を貸してしまうと、残りの部分に店舗を建てるのが難しくなってしまうと言う。しかも賃料も高く、料理を出す屋台では間違いなく赤字になるだろうとのことだった。
「他にはないのか?」
「あいにく屋台や露店用としてお貸し出来る土地は全て貸し出し中でして。ハロルド商会様なら何とかなるかも知れませんが」
「出来ればあそこには頼りたくないんだ」
「事情がおありで?」
「大したことじゃないし、頼めばどうにでもしてくれると思うんだがな。言ってみれば意地みたいなものだよ」
「そ、そうですか……お力になりたいのは山々なんですが」
「いや、待てよ。うん、何とかなるかも知れん」
「はい?」
「周囲に飲食店はどれくらいある?」
「高級店が一店舗と、あとは酒場がいくつかですね」
「酒場があるってことは、貴族や金持ちばかりが通るってわけでもないんだな?」
「はい。商売されている方たちは飲食店以外を経営しているのがほとんどですので、それらを目当てに平日でも多くの人が訪れていますよ」
「よし。その土地、賃料はいくらだ?」
「月に金貨五枚です。契約期間は最低で二年となります」
「何日くらいなら押さえられる?」
「まさか、本当に借りるおつもりなのですか?」
ニコラスが驚いた表情を見せる。月々の賃料は金貨五枚だが最低契約期間は二年なのだから、商売がうまくいかなくても合計で金貨百二十枚は支払わなくてはならない。
仮に料理の原価が売値の三割だとして、税を納めて賃料を支払っていくためには毎月金貨十枚の売り上げが必要となる。ただしこれには人件費や消耗品、本人たちの生活費などは一切含まれてはいない。
それなのにルーカスの顔は勝利を確信しているようにしか見えなかったのである。ニコラスは悩んだ。だが、無下に断るには、借り手がつかない期間が長すぎたのも事実だった。そして導き出された答えがこれだ。
「一カ月、ただし金貨五枚を預からせて頂きます」
「一カ月分の賃料か」
「もちろん、ご契約頂ければその時からの賃料と致します」
「分かった。ならまずは土地を見せてもらいたい」
「もちろんです。これからご案内しても?」
「頼む」
「シーラ、辻馬車を呼んできてくれるか?」
「はい」
間もなくやってきた馬車に、ルーカスたちはニコラスと共に乗り込んだ。
――あとがき――
◆ 通貨単位の日本円イメージは以下の通りです。
金貨1枚10万円
小金貨1枚1万円
銀貨1枚1000円
銅貨1枚100円
鉄貨1枚10円




