第十五話 トータリス聖教国の野望
「旦那様は我がハロルド商会の会頭でありながら、ご自身であちこち行かれるんです。これには困っておりますが……」
「で?」
「当然グレンガルド王国にも何度も訪れております。そこでルーカス殿下……失礼、ルーク様のお顔も拝見し覚えていたそうで」
「それで俺のことが分かったのか。しかしそんな素振りは全く見せなかったぞ」
「ルーク様、商人というのは感情を顔に出したらやっていけません」
「な、なるほど」
「当商会はランデアドーラ帝国で五本の指に入ると言われておりますが、旦那様は間違いなく帝国一の商人だと思います」
そこでルーベンは姿勢を元に戻し、和やかな表情で話を続けた。
「ルーク様の乗っておられる馬車がどのような物かも存じております」
「どうやって知った?」
「商人にとって情報は命の次に大切だと申し上げました。そしてここまで商会が大きくなりますと、正攻法だけではやっていけません」
「なるほど、お前たちにも影働きする者がいるということか」
「お察しの通りです。もっとも彼らの実力はルーク様の密偵衆の足元にも及びませんが。現にシエスタとペトロナは動けない状態ですし」
ルーベンの視線が二人のメイドに向けられた。
「マリシア様とクララ様があの二人を制したことで、旦那様の言葉に半信半疑だった私も確信致しました」
「商会の目的は何だ?」
「今のところは何も。強いて言えばルーク様が始められる商売の手助けが出来ればと思っております」
「ほう」
「ですから庭付き厩舎付きの一軒家をご用意させて頂きました」
「今のところ、と言ったな?」
「はい。実は確証があるわけではないのですが、トータリス聖教国に不穏な動きがあるようなのです」
「聖教国? あそこは元々きな臭い国だろう?」
「そのご認識は間違っていないと思いますが、すでにカンダイン王国の実権は聖教国に掌握されているようなのです」
ルーカスが生まれたグレンガルド王国の東にカンダイン王国があり、さらにその東にトータリス聖教国が広がっている。
「待て、だとすると……」
「センテーノ侯爵家は聖教国の手先と見てまず間違いないでしょう」
「よくそこまで調べたものだな」
「ルーク様がいなくなってから、グレンガルド王国の王城ゴリアーテもずい分風通しがよくなったと聞いております」
商会の密偵に探られるとは、城の警備も落ちたものだとルーカスは思った。
「で、俺に何をしろと?」
「ですから今のところは何も。この先のことは決まっておりませんし」
「……」
「それからルーク様への追っ手に関してです」
「ん?」
「どういうわけか一応それなりの行動はしているようなのですが、やる気が見えないと申しますか……」
「そういうことだったのか」
彼はトリポリ村での騎士たちの会話を思い出していた。軍の上層部は分からないが、少なくとも末端の兵士たちは今回の追放劇に疑念を抱いているようだ。
グレンガルド王国のことなどどうでもいいが、兵士たちの中には共に戦場を駆け抜けた者もいる。万が一聖教国の手に落ちたとしても、彼らが虐げられるようなことだけは出来れば阻止したい。
「ただ中には本気でルーク様を追っている者もおりました」
「待て、おりましたと過去形に聞こえたが?」
「私共の方で始末しておきましたので」
「そ、そうか……」
ルーカスはマリシアとクララに向けて手を挙げる。二人はメイドの首に突きつけていた苦無を引き、再び彼とロレーナの背後に戻った。
「命拾いしたと考えても?」
「まあな。お前たちを敵に回しても益はなさそうだ」
「ありがとうございます」
「ところでルーベン殿」
「はい」
「聖教国がきな臭いとして、やる気のない兵士たちを救うにはどうしたらいいと思う?」
「今はまだ何とも。ですがルーク様、この国で力を蓄えて下さい」
「力を蓄える、か」
「ランデアドーラ帝国には武力で制圧、または戦役で疲弊した国に代わり属領とした国がいくつかあり、それらの領地は一国に等しい広さがございます」
「トルキム戦役……俺に領主になれと?」
「ベルナルド・ミラモンテス・ランデアドーラ皇帝陛下と面識はございますか?」
「当然ある。もっともお会いしたのは今から五年以上前だから、覚えておいでかどうかは分からん」
ベルナルド皇帝がグレンガルド王国を訪れたのは、トルキム戦役より一年前のこと。今は没落したトルキム王国がグレンガルド王国に攻め込む予兆があるとのことで、軍事同盟の締結が目的だった。
そして勃発したトルキム王国の軍事侵攻は、国民だけでなく魔物まで動員した前代未聞の戦役だったのである。
グレンガルド王国はこれに勝利したものの、国力の低下は目も当てられない状態だった。だから戦犯として処刑されたトルキム王家に代わって国を治めるなど不可能だったのである。
そこで名乗りを上げたのがトータリス聖教国だったが、帝国がグレンガルドとの軍事同盟を理由に属領にしたというわけだ。
「あの地は今も帝国の直轄領として代官が取り仕切っておりますが、多くの民を戦役で失いましたので復興は現在も芳しくないようです」
「狙い目としてはそこか」
「ですがすぐというわけには……」
「分かっている。まずは皇帝陛下の目に留まらないとな」
聖教国が何を企んでいるのかは見当もつかないが、グレンガルド王国にちょっかいを出してくるのは時間の問題と思われる。カンダイン王国がその足がかりとなるのは間違いないだろう。
ところでエイニール商会の従者だったケイドが職を解かれたそうだ。ルーカスたちが領都ミムーアに入った数日後、会頭のジョセフ・エイニール名義でハロルド商会に書簡が届いたらしい。
書簡にはルーカスへの詫び状も同封されていたので届いたその日のうちにルーベンから受け取ったが、理由を聞かれたので軽く経緯を話した。
「なるほど。当商会でも関係各所にケイドという者の雇用や出入りは禁じるよう通達を出しましょう」
エイニール商会は商隊の従者まで務めた男をクビにしたばかりか、本人は帝国で五指に入るハロルド商会に出禁を食らったのだ。これ以上の制裁は必要ないだろうと、ルーカスは記憶からこの一件を消し去るのだった。
――あとがき――
次話より『第三章 斜陽のグレンガルド王国』となります。
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