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第二話 人売り商人

「フードをまくって顔を見せな! あー、やっぱいいわ。どうせお前らはここで死ぬんだからな」


 男たちのうち剣を抜いているのは二人だけだった。つまり二人だけで五人を相手に出来ると自負しているということだろう。


「殺さずに無力化出来るか?」

「可能でござるよ」


「なーにをヒソヒソ言ってやがる!」


「命乞いなら無駄だぜぃ! 気づかないフリしてやってたのにさっさと逃げねえお前らが悪いんだ!」

「人数が多いからっていい気になるなよ。コイツらはソグル流剣術の免許皆伝だからな」


 ソグル流剣術とは、グレンガルド王国があるコートベイシア大陸で最強と謳われている流派だ。その免許皆伝ともなれば、一人で王国兵百人に匹敵する戦力とさえ言われていた。


 そこでふっとマリシアの姿がルーカスの視界から消える。次の瞬間、金属のぶつかる甲高い音が二回、彼の耳に届いた。


「へえ、お前ら忍者か」


 マリシアはおよそ三メートルほど跳び上がり、空中から二人の剣士に向けて苦無を放ったのである。しかし不意を突いたにも関わらず、それらは剣で打ち落とされてしまっていた。


「御館様、申し訳ありません」


 再び宙を舞って戻ってきた彼女は、ルーカスに背を向けたまま小さく囁いた。


「いきなり飛び道具とか酷くねえか?」

「こちらを殺すと宣言しておいて今さらだな」


「違えねえ。んじゃ、こっちからも行かせてもらうぜぇ!」


 ジグザグの動きだったが、二人のすり足は驚くほど速かった。これがソグル流の免許皆伝の動きか、と思わず感心してしまう。その最初の一撃をエリアスとガエルが各々の大剣で止めていた。


「おいおい、忍者なのに大剣かよ」

「しかもマジックボックスとは。魔法も使えるのか」


 それまで剣など持っていなかった二人がいつの間にか大剣を手にしていたことで、彼らはそう判断したようだ。至近距離から魔法を放たれれば、いくら免許皆伝の彼らでも避けようがない。ならず者の二人は素早くその場から飛び退いた。


 マジックボックスとは何もない空間に魔法で作る不可視の収納空間のことである。容量は可変だが最大値は保有している魔力に依存する、使える者の少ない非常に高度な魔法だった。


「アイギス!」

「助かるぜぃ、アニキ!」


「魔法盾アイギスでござるか」


「そうだぜぃ。お陰でこっちからも魔法で攻撃は出来なくなったが、剣術ならお前らに勝ち目はねえだろうよ」


「たかが悪党の分際で小賢しいでござるな」

「ござるござるのお猿さんっと!」


 再びすり足で進んできた二人の剣と大剣が交わる。その大剣を捨ててエリアスが通常より短い忍者刀を振るった。しかし男は難なくそれを躱すと、死角から放たれたクララの苦無も余裕で捌いて見せる。


 ガエルももう一人の男とせめぎ合っているが、やはり剣の腕は敵の方が上のようだ。マリシアの加勢にも関わらず、圧されているようにしか見えなかった。


「さて、そろそろ俺の出番かな」


「我が主!」

「ヌシ様!」

「「御館様!」」


 ルーカスの呟きに四人が一斉に後方に飛んだ。


「へえ、真打ち登場ってか?」

「四人で苦戦してたのに、一人で俺たちとやり合うつもりかよ」


「ぐあぁぁぁっ!」

「あ、アニキ!?」

「何があった!?」


 その時、ならず者二人の目の前からルーカスの姿が消えていた。彼らの背後から悲鳴が聞こえて振り向くと、アニキと呼ばれていた男の肩に剣幅十センチはあろうかという木剣が突き刺さっている。


「て、手前え! ふざけやがって!!」

「ぶっ殺してやる!」


「ライトボルト!」


 怒りに我を忘れて免許皆伝の二人がエリアスたちに背を向けた瞬間、ガエルの放った雷撃魔法が彼らを直撃した。ルーカスにより術者が攻撃を受けたため、魔法盾が無効化されていたのである。


 残ったならず者の一人はマリシアとクララが投擲した苦無を両足に受けて、完全に戦意を失っていた。


「商人のフランコと言ったな。無事か?」

「動かないで下さい!」

「……?」


 ところがルーカスが商人に歩み寄ろうとしたところで、フランコが獣人少女の首元にナイフを突きつけたのである。


「どうした? 俺たちはコイツらの仲間じゃないぞ」


「分かっておりますとも。ですが余計なことをしてくれました。あのまま私が脅されていると警備兵を呼びに行ってくれればよかったのに」

「なに? どういうことだ?」


「そうすればロレーナを奪われてもお咎めなし。その上受け取った代金も返金せずに済みますから」


「犯罪被害者補償制度か」

「ええ」


 犯罪被害者補償制度とは、犯罪により被ったあらゆる損害、本来得られるはずだった報酬や物品などを、主に金銭で補償する王国の救済法である。今回の場合はロレーナを受け取る予定だった商人の取引相手が、すでに支払った代金を取り戻せるということだ。


 そのためには当事者以外に第三者の証言が必要になるが、奴らはルーカスたちの事情を知らずにその役割を担わせようとしていた。つまり商人とシンタド一家のならず者一味はグルだったということである。


「このまま何食わぬ顔でお前の得意様とやらに娘を届ければよかったんじゃないのか?」

「そんなことをしたら私がシンタド一家に狙われますから」


「その娘をどうするつもりだ?」


「仕方がないので一家には私が届けますよ」

「お前の客はどうする?」


「人売り商人の客なんてろくな相手ではありません。それに彼らにも後ろ暗いところがあるので、訴えられることなどまずないでしょうからね」

「逃げるのか」


「ええ。そんなわけですから通してもらいますよ」

「コイツらを放っておいてもいいのか?」


「仕事をしくじったこの人たちを一家が許すと思いますか?」


「警備隊に捕まっても暗殺されるってことか」

「その辺りの詳しいことは知りませんけどね」


「エリアス、やれ」

「よろしいのですか、我が主?」


 だが、ルーカスが答えるより早く商人の胸には忍者刀が突き立てられていた。少女にその瞬間を見せないように、ルーカスが細い体をしっかりと抱きしめている。


 それからしばらくして通報を受けた警備兵たちが現場に到着したが、獣人少女を含むルーカスたちの姿はどこにもなかった。

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