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第十四話 番頭ルーベン

 クラウディオ辺境伯領に入ると、のどかな田園風景が広がっていた。しかし前方に見える領都ミムーアは強固な城壁に囲まれた城郭都市である。そしてそのはるか先はビオジブラ共和国との国境だ。


 ランデアドーラ帝国と共和国の間にいざこざがあるとは聞いていなかったが、国力は帝国の方がはるかに上である。共和国は言わば小集団の集まりだから、帝国がその気になれば切り崩すのは容易なことだろう。


「ようこそ、ミムーアへ。身分を証明出来るものを見せてもらえるかな?」


 御者台にはマリシアとクララの二人を座らせていた。おそらく近くにはエリアスとガエルの二人も潜んでいるはずだ。検問は問題ないと思われるが、用心に越したことはない。


「私がマリシアでこちらがクララです。中の二人はルーク様とロレーナ嬢、全員冒険者パーティー『狐の尻尾』の仲間です」


「冒険者パーティーにしては暖房付きの木馬車か。豪勢なものだな」

「私たちはハロルド商会とご縁がありますので」


「ハロルド商会と? 何か証拠はあるかい?」

「御館様、あれを」


 ルーカスがハロルド商会の会証であるインゴットをマリシアに手渡すと、門兵は目を見開いてそれを眺めた。


「た、確かに本物だ。失礼した」

「いえ」


「シプリアノ兵士長、ご納得頂けましたか?」

「ルーベン殿か」


 そこへ身なりのいい、紳士と呼ぶに相応しい男性が歩いてきた。


「ルーク様、お初にお目にかかります。ハロルド商会の番頭の一人、ルーベンと申します」

「外へ出た方がいいか?」


「いえいえ、そのままで結構でございます。ただ、出来ればこの後支部にお立ち寄り頂きたく存じます」

「ウィルフレッド殿には世話になったからな。いいだろう、寄らせてもらう」


「ありがとうございます。それではあちらの馬車で先導致しますのでついてきて下さい」

「分かった」


 馬車は城門から大通りを進み、噴水のある広場を抜けて進む。石造りの街並みは、先ほど見た田園風景からは想像もつかないほどに近代的だった。


 間もなくすると高さ二メートルほどの壁で囲われた大きな建物の前にたどり着いた。四階建てでレンガ造りだが、装飾された壁には上品な趣がある。出入りしているのも貴族か上流階級の者たちだろう。


 それがハロルド商会のミムーア支部だった。


 馬車から降りたルーカスたち四人は、ルーベンの案内で建物の奥にある階段を昇る。


「一階から三階は商品の陳列スペースになっております」

「ルー兄、キラキラがいっぱい!」


「ロレーナ様、お気に召した物がございましたら遠慮なくお申し付け下さい」

「どういうことだ?」


「旦那様から、ルーク様のお気を惹くならロレーナ様を喜ばせよと申しつかっておりますので」

「ずい分あけすけなんだな」


「痛くもない腹を探られるのは不利益でしかありませんから」


 ルーベンは宝石でも何でも、ロレーナが欲しいと言う物を一つプレゼントすると言う。理由を完全に信用するわけにはいかないが、ルーカスにとってはロレーナの喜ぶ顔が見られることの方が重要だった。


 一行が通されたのは四階の応接室。中に入るとメイド服姿の使用人らしき女性二人が頭を下げていた。


「そちらにどうぞ」


 ローテーブルを挟んだソファは四人が横並びに座っても十分に幅がある。しかし座ったのはルーカスとロレーナだけで、マリシアとクララは二人の背後に立ったままだった。


「後ろのお二人もよろしければお掛け下さい」

「彼女たちのことは気にしなくていい」

「そうですか」


「早速だが用件を聞かせてくれ。出来れば早く宿を取りに行きたいんでな」

「それでしたらご心配なく。すでに手配してありますので、後ほどご案内致します」


「せっかくのところ悪いが、そこまでしてもらう義理はない。馬のことならすでに十分な代金は受け取ったし、これ以上されると何か裏があるのではないかと勘繰るぞ」


「そこまで仰るのでしたら仕方ありません。ところでルーク様はミムーアでご商売をなされるとか」

「そのつもりだ」


「拠点はどうされますか?」

「いずれは適当な建物を手に入れるつもりだが、いきなり店を持ってもうまくはいかないだろう。始めは露店からスタートだな」


「あ、いえ、お店のことではなく、お住まいのことです」

「どこかの宿に滞在する予定でいる」


「馬と馬車を預けてですか? 無駄に金がかかると思いますが」

「今のところこの地に腰を落ち着けるつもりではいるが、それがままならない事態になるかも知れないから仕方ないんだよ」


「でしたらいかがでしょう。庭付き厩舎付きの一軒家をご案内致します。もちろん厩舎は馬車ごと入れますよ」

「何を考えている?」


 そこで突然ルーベンが座ったまま前傾姿勢になる。


「ルーク様、私は……いえ、私共ハロルド商会の者はルーク様に敵対する意思はございません」

「うん?」


「ですから貴方様の正体を誰にも明かすことは致しません。もちろん皇帝陛下やクラウディオ辺境伯閣下にもです」


 次の瞬間、マリシアとクララが二人のメイドの背後から首に苦無(くない)を突きつけていた。


「ルーカス・アラーナ・グレンガルド元王太子殿下、たった今申し上げました通り、我々は殿下に不利益なことは何一つ致しません」

「……」


「こうして私共が知っていると明かしたことでご納得頂けませんでしょうか」

「マリシア、クララ、まだ殺すな」

「「はっ!」」


「どうして俺のことを知った?」


「私共商人にとって情報は命の次に大切だと申し上げても過言ではありません」

「つまり俺の身元を探ったと?」


「まさか! そんなことをすれば殿下は黙っておいでではございませんでしょう?」

「よく分かっているじゃないか。それと殿下はやめろ。俺はもう王族ではないからな」


「承知致しました。では今後もルーク様とお呼び致します」

「今後があればな」


「これは手厳しい。ですがご質問にお答え致しましょう。ルーク様の正体を知ったのは旦那様で、本当に偶然だったのです」

「ウィルフレッド殿が?」


 ルーベンの話は続く。

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