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第十三話 エイニール商会

 翌朝、ロレーナが作った朝食を摂っていると、キャビンの扉がノックされた。すぐさまクララがカーテンの隙間から外を窺う。


「御館様、例の従者ケイドです」

「こんな朝っぱらから迷惑なヤツだな。追い払え」


 そう言ってからルーカスは、わざわざ相手が望むクララに対応させる必要はないと考えた。


「いや、俺が出る」

「かしこまりました」


 扉を開けると女性冒険者パーティー『月光のさざなみ』の雇い主の従者、エイニール商会のケイドがだらしのない笑みを浮かべて立っていた。しかしルーカスが出たお陰でその笑顔が見る見る萎んでいく。


「クララさ……ん?」

「クララは俺のパーティーメンバーだ。用があるなら俺が聞こう」


「いや、私が用があるのはクララさんで……」

「クララは出立の準備で忙しい。用はなんだ?」


「く、クララさんを朝食にお誘いしたくて」

「朝食なら今摂っているところだ。他に用がないならさっさと帰れ」


「でも……」

「ケイドと言ったな」

「え? ええ」


「お前のお陰で俺たちは宿に泊まれず難儀したんだ。分かってるのか?」

「それは昨夜お詫びしたはずですが……」


「お詫びにかこつけてクララを誘おうとしただろ。それに『月光のさざなみ』からの謝罪は受け取ったが、お前からの謝罪は拒否したと思うが」

「そんなぁ、せめて一目だけでもクララさんに会わせて下さいよぉ」


「クララはお前に会いたくないと言っている。これ以上付きまとうなら商業組合を通じて正式にエイニール商会に抗議するぞ!」


「な、何故冒険者の貴方が商業組合に?」

「俺は商業組合にも登録しているんでな」


「何という商会ですか?」

「いや、個人だが?」


 そこでケイドの態度がガラリと変わった。


「こ、個人? なーんだ、脅かさないで下さいよ。個人の商人ごときが我がエイニール商会に勝てるとでも思っているのですか?」

「うん?」


「商業組合も貴方の言うことなんて聞いてくれませんよ。分かったらさっさとクララさんを出しなさい!」

「あくまで引き下がらないと言うんだな?」


「むしろ貴方が引き下がった方が今後のためだと思うんですけどねえ」


「ケイド、これが何だか分かるか?」

「何ですそれ……ま、まさか!?」


 ルーカスが取り出したのは、女神のような神々しい女性が手を差し伸べている姿が刻まれた親指ほどの大きさのインゴット、ハロルド商会の会証だった。


 エイニール商会は帝都では五本の指に入る規模を誇っていたが、帝国で五本の指に入るハロルド商会と比べると蟻と獅子ほどの差がある。


「何故ハロルド商会の会証を貴方が……?」


「会頭のウィルフレッド殿とは知り合いでな。お前が働いた無礼を知ったら激怒すると思うぞ」

「待て……待って下さい!」


「帰れと言った時に素直に帰っておけば、こんなことにはならなかったんだがな」

「ケイド、いつまでもたもたしてる! 早く出発の準備を終わらせんか!」


 声が聞こえた方を見ると燕尾服にシルクハットを被り、口ひげを蓄えた上品そうに見える男が杖を片手に歩いてきた。ただ足が不自由には見えなかったので、単なるファッションとして持っているだけだろう。


「だ、旦那様!?」

「旦那様だ?」


「失礼、私はエイニール商会の会頭、ジョセフ・エイニールだ。そちらは?」

「ルーク、冒険者だ」


「それで、うちのケイドの用件は何だったのかな?」


 ルークがこれまでの経緯を話している間、ケイドは目を泳がせて落ち着きがなかった。


「ケイド! ルーク殿の申されたことは本当か!?」

「そ、それは……」


「あれほどまでに人様に迷惑がかかるようなことはするなと言っておいただろう!」

「ひっ!」


「ルーク殿、ケイドが大変な迷惑をかけたようだ。雇い主として謝罪させてもらう」


 どうやら全ての宿を押さえてしまったのも、ケイドの独断によるものだったらしい。


「我が商会もハロルド商会に睨まれてはこの先商売を続けることすら危うい。ケイドには責任を持って罰を与えるので、どうかここは私に免じて穏便に願えないだろうか」


「たった今知り合ったばかりのジョセフ殿に免ずる義理はないが、今回だけはウィルフレッド殿に仲裁を頼むのはやめておこう」


「ありがたい。ところで一つ聞かせてほしいのだが」

「何だ?」


「その馬、もしやベイシアブラック種ではないか?」

「その通りだ」


「初めて見た……」

「そうなのか?」


「ルーク殿はご存じかどうか分からんが、この帝国にベイシアブラック種はいないんだよ」

「それなら知っている」


「手に入れるためにはオークションに参加するしかないが、落札額は安くて金貨五百枚。しかしここ何年も出品されたことはなく、過去には金貨千枚の値が付いたこともあるとか」


 それを育てている宵闇衆の里は凄いと言うほかはない。


「このうつけ者が! ベイシアブラック種を連れている御仁がただの冒険者であるわけがなかろう!」


 何とか収まったと思っていたジョセフが、再びケイドを怒鳴り始めた。


「あー、悪いが俺たちも出立の準備があるんでな。そろそろ帰ってもらえないか?」


「ルーク殿たちはどちらへ?」

「クラウディオ辺境伯領だ」


「おお! それなら我らと同じではないか。どうだろう、辺境伯領まで同道しないか? 我々には護衛の冒険者たちもいるから安心だと思う」


「ありがたい話ではあるが、ベイシアブラックの足は速いんでな。そちらに合わせると返って負担が大きくなるから遠慮させてもらう」

「そうか、残念だが仕方がない」


 ようやくジョセフとケイドが去っていったところでルーカスは朝食の残りを済ませた。せっかくロレーナが作ってくれた食事が冷めてしまったことに、彼は苛立ちを感じずにはいられない。


 ジョセフには悪気はなかったようだが、他人の都合を考えない商人は信用に値しないのだ。ひとまず今回は流すことにしたが、ケイドの処分が生温いようなら必ず懲らしめてやろうと彼は固く誓うのだった。

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