第十二話 護衛の冒険者パーティー
「ようこそ、ヨダ村へ!」
夕方から夜に差しかかろうという頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。四人は冒険者組合証を提示し、無事に入村を果たしたところである。
「えっと俺は門番のロレンソだ。御者はクララさんでいいのかな?」
「はい」
「とても言いにくいんだけど、先ほどこの後到着予定のエイニール商会の人が来て、空いてる宿を全部押さえてしまったんだよ」
「そんなに大きな商隊なんですか?」
「護衛の冒険者を合わせると三十人くらいだって言ってたかな」
ヨダ村はクラウディオ辺境伯領まで馬車で三時間ほどの距離にある。そのため陽があるうちは留まる者が少ないので、宿自体が多くないとのことだった。
「駐馬車場などはありますか?」
「あるにはあるけど、そっちもいっぱいだと思う」
「そうですか。困りました……」
「えっと一応村の中に簡易野営場があって、そこでよければ無料で使えるよ。ただ……」
「ただ?」
「言った通りこの後エイニール商会の商隊が連れてくる護衛の冒険者なんだけど、素行がいいか悪いか分からなくてね。彼らもそこを使うはずなんだ」
素行が悪い冒険者だった場合、クララのような若くて可愛い女性は間違いなく絡まれるだろうと言う。そして簡易野営場で何かが起きても、村では一切の責任を負わないそうだ。
なお、村の者を護衛に雇うことも可能だが、相手に出来るのは八級冒険者までとのことだった。
「仕方ありません。私たちは簡易野営場の隅っこでなるべく馬車の外に出ないようにします」
「悪いな。本当は力になってやりたいんだが」
「お気持ちだけで十分です」
簡易野営場の場所を教えてもらい、クララが馬車を進める。途中村人とは違った出で立ちの男の姿があったが、あれが宿を押さえてしまったエイニール商会の者なのだろう。向こうもこちらに気づいて、クララに二度も三度も視線を送って鼻の下を伸ばしていた。
馬車が停まると、クララが御者台からキャビンに顔を入れた。
「御館様、この辺りなら邪魔にならないと思います」
「そうか。ならブラックスターを放してやってくれ」
「承知致しました」
「ルー兄」
「なんだ、ロレーナ?」
「どうしてブラックスターは放しても逃げないの?」
「それは私も不思議に思いました」
「推測でしかないが、ブラックスターはこの馬車を護っているつもりなんじゃないかな」
完全に自由にしても、ブラックスターはあまりキャビンから離れようとはしなかった。牧草が生えている場所でさえ、視界から外れることがこれまで一度もなかったのである。
しかも呼べばすぐに近寄ってくる上に、ロレーナが不用意に背後に立っても蹴られることはなかった。馬の背後に立つのがどれほど危険か知っていたルーカスが、肝を冷やしたのは言うまでもないだろう。
しばらく辺りを歩き回っていたブラックスターが、気づくとキャビンのすぐ傍に戻ってきた。カーテンは全て閉じているが、マリシアとクララはすぐに人の気配を感じ取ったようだ。
「御館様、例の冒険者たちが到着したと思われます」
言われてカーテンの隙間から外を覗こうとしたところで、キャビンの扉がノックされた。
「私はミレイア、エイニール商会の護衛を任されている冒険者だ。ここで野営される方とお見受けする。挨拶をさせてくれないだろうか?」
挨拶したいと言うのだから無視は出来ない。ルーカスはマリシアとクララに続いて馬車から降りた。むろんロレーナは彼に肩を抱かれて守られている。
見るとそこには革鎧を纏った女性が立っていた。さらにミレイアと名乗った彼女の背後には、四人の女性が横並びしている。
「驚いたな。護衛とは女性冒険者だったのか」
「我々の雇い主の従者、ケイド殿というのだが、全ての宿を押さえてしまったと聞いた。迷惑をかけたことを詫びるとのことだ」
「雇い主が?」
「そうだ。貴殿の名を聞いてもいいかな?」
「失礼した。俺はルーク、十級冒険者だ」
「十級? もしかしてそちらのお二人が……いや、詮索はマナー違反だな。ルーク殿がそちらのリーダーでいいのかな?」
「ああ」
「彼女たちは右からナサレナ、モニカ、パメラ、レベッカ。四級冒険者パーティー『月光のさざなみ』のメンバーだ。余談だが今回の任務完了で三級に昇格することが決まっている」
「そうか、成功を祈ろう。この子はロレーナ、こっちがマリシアでこっちがクララ。俺と四人で『狐の尻尾』を組んでいる」
「失礼、そちらは毛なし獣人か?」
比較的柔らかい笑みを浮かべていたルーカスが、彼女の言葉で表情を消した。
「それがどうかしたか?」
「あ、いや、気を悪くしたなら謝る。誤解しないでほしいのだが、決して蔑んだわけではないんだ」
「なら何の意味でロレーナを毛なしと呼んだ?」
「る、ルーク殿は本当に十級冒険者なのか? おっかなさがハンパないぞ」
「いいから質問に答えろ」
「そうだな。私は毛むくじゃらより毛なし獣人の方が好きなんだ」
「うん?」
「弱々しいところとか庇護欲をそそられると思わないかい? そ、その尻尾、触らせてもらえないだろうか」
急にだらしない表情になったミレイアを見て、マリシアとクララは彼女がルーカスと同類であることを瞬時に覚った。
不穏な空気にロレーナが怯えているが、ルーカスも彼女を仲間と認定したのだろう。いつもの凄みを効かせる態度は取らなかった。
「気持ちは分かるが耳と尻尾は勘弁してやってくれ」
「そ、そうか、残念だ」
「謝罪は受け取った。もっとも宿は早い者勝ちだと認識しているから、それほど気にする必要はないぞ」
「そう言ってもらえると助かる。どうだろう、この後我々と一緒に夕食でも。ケイド殿が宴会に誘いたいと言っていてな。彼も詫びをしたいそうなんだ」
「下心見え見えの詫びなど必要ないと伝えてくれ。クララもいやらしい目を向けられて不愉快な思いをしているともな」
「ルーク殿にはお見通しか。いや、我々も雇われている身なので、ケイド殿の言いつけに逆らえなかったのだ。断ってくれてホッとしたよ」
「そろそろ馬車に戻っていいか? 外は寒い」
「あ、そうだな。それにしても暖房付きの馬車か。羨ましい」
「それじゃあな。宴会と言っていたが出来るだけ騒がないでくれ」
「気をつけよう」
ミレイアがちゃんと伝えてくれたようで、宴会の声は気になるほどではなかった。




