第十話 ぼったくりの村
帝都アバスカルを出た一行は、本来なら野営地を経由して二日間かけて到着するマスラオ村に、その日の夕方に入ることが出来た。
予定ではこの村に一泊、翌朝出立して野営地で休憩後にヨダ村まで進んで一泊する。普通の馬車ならそこまでで四日を要する行程だ。そして翌日にはクラウディオ辺境伯領に着くはずである。
「ここはマスラオ村だ。きれいなお嬢さん、済まないが決まりでね。村に入るなら全員の身分証を見せてもらえるかな」
窓のカーテンを開けておいたので、外からはルーカスたちがシートに座っているように見える。馬車は最初の男とは別に槍を持った四人の男たちに囲まれていた。
「構いませんよ。御館様、ロレーナ嬢、クララ、冒険者組合証を」
「ああ」
「はいっ!」
「これを」
「全員冒険者だったのか。犯罪歴もないな。よし、通っていいぞ。ようこそ、マスラオ村へ」
槍を向けていた男たちは彼の言葉で矛先を天に向け、和やかな笑顔になって空いた手を振っている。
「門番さん」
「カミロだ」
「この村に馬車を停められる宿はありますか?」
「あるけどちぃとばかし値が張るぜ」
「どのくらいですか?」
「確か馬車の預かり代と馬の世話代で一晩金貨一枚からだったと思う」
相場では馬のエサ代が十分の一の小金貨一枚、馬車の預かり代は銀貨二枚程度だ。帝都から離れた場所とはいえ、これは少々ぼったくり価格である。また、そんな商売をやっているなら与えられるエサの質も期待は出来ないだろう。
「そうですか」
「あーでも、駐馬車場なら一晩銀貨三枚で利用出来るよ。馬の世話係はいねえが見張りは一人小金貨一枚で雇える。俺も雇われてやれるぜ」
「見張りは結構です。その駐馬車場というのはどちらですか?」
「ここをまっすぐ行って赤い壁の建物が見えたら右に曲がってくれ。柵で仕切られたところが見えたら、そこが駐馬車場だよ」
「ありがとう」
「宿には泊まるんだろ? 俺から伝えておくよ。四人でいいかい?」
「いえ、宿には泊まりません」
「ん? どういうことだ?」
「私たちは商人でもあるのです。たった一晩馬と馬車を預かるのに金貨一枚も取るようなところは信用出来ませんので」
「あっはっは! 可愛い顔してこいつぁ手厳しい。宿の主人に言っておくよ」
「言われても利用しませんが」
「あー、違う違う。注意しておくって意味だ」
「そうですか。では失礼します」
クララもそうだが、マリシアは特に容姿を褒めて下心を覗かせてくるような輩には塩対応だ。愛想を振りまく必要などないし、女性視点ではそれを簡単に見抜けるらしい。
「男ってのは難儀な生き物だな」
「御館様でしたら下心は残さず掬い取りますよ」
そんなことを言われたルーカスだったが、彼女が真っ赤になっていたのでからかうのはやめた。
カミロに言われた通りに進むと、程なくして駐馬車場が見えた。先客は二台。しかし御者も乗客の姿も見当たらなかった。
「休憩かい? 泊まりかい?」
マリシアが駐馬車場に馬車を入れたのを見て、恰幅のいい中年女性が声をかけてきた。
「泊まりです」
「そうかい、なら銀貨三枚だ」
「はい、どうぞ」
「確かに。あたしゃドーラってモンだ。ここの管理人をやってるよ。アンタは?」
「マリシアです」
「マリシアね。晩メシはどうするんだい?」
「オススメのお店はありますか?」
「知らない、と答えておく」
「はい?」
「あたしゃこの村の住人だ。本当は酒場を案内しなきゃならないんだがね。それで察しておくれ」
馬と馬車を預かるのに必要なぼったくり料金に比べて、この駐馬車場の料金は極めて良心的と言える。つまりドーラは村のやり方にあまりいい印象を持っていないということだろう。
しかしそれを口に出せないのは、この村の住人であるという悲しき運命が原因だった。
「分かりました。ドーラさん、いい人なんですね」
「村にとっちゃどうかね」
「私たちには携帯食がありますから、馬車の中で食事を摂らせて頂くことにします」
「そーかい、好きにしてくんな」
ドーラが去っていくと、マリシアが御者台からキャビンに移ってきた。
「よしロレーナ、料理頼むぞ」
「うん! ルー兄、何か食べたいものある?」
「何でもいい、というのはよくないのか。そうだな、相変わらず外は寒いし、煮物か肉と野菜がたっぷり入ったスープがいいかな」
「お肉ゴロゴロ、お野菜ゴロゴロのスープにしよう!」
「マリシアとクララもそれでいいか?」
「「もちろんです」」
ロレーナのスープはやはり絶品だった。そして腹が膨れ、入浴を済ませてそろそろ寝ようかという頃になって辺りが騒がしくなった。どうやら男が数人誰かを怒鳴りつけているようである。
「ドーラと先客の男たちが揉めているみたいですね」
「あー、おそらく酒場を案内されたんだろう。それで代金が高かったとか文句言ってるんじゃないか?」
「御館様の仰った通りです。仲裁してきましょうか?」
「絡まれると面倒だ。刃傷沙汰にでもならない限り放っておけばいい」
「承知致しました」
「ルー兄、怖い……」
ところが怒鳴り声を聞いたロレーナが怖がってルーカスにしがみついてきた。それを優しく抱きしめると、彼の顔から表情が消える。
「前言撤回だ。マリシア、クララ、ロレーナを怖がらせた男たちを懲らしめてこい」
「「御意!」」
間もなく、男たちの怒声が悲鳴に変わるのだった。




