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第八話 名馬ブラックスター

「何をしている!?」


 高級宿アイコスリアには二十四時間体制で警備隊が張りついている。この宿の主な客は上位の貴族や他国からの要人、大商会の経営者など、間違いがあっては帝国の沽券に関わる一大事に発展しかねない客ばかりだからだ。


 その警備兵が巡回で不審な男たちを呼び止めた。そこは宿が宿泊客を送迎するための馬車馬や、客から預かった馬を休ませる厩舎がある付近である。


 男たちは無言で頷き合うと、次の瞬間に二人の警備兵は声を上げることなくその場に倒れ込んだ。彼らの喉には深々と苦無(くない)が突き刺さっていた。


 次に男たちは慣れた手つきで厩舎の錠を壊し、扉を開けて中に入っていく。その時、彼らの気配を感じたブラックスターが激しく(いなな)き、他の馬たちも合わせるように騒ぎ始めた。


「馬たちを黙らせろ! ベイシアブラック以外は殺しても構わん!」


「どれがベイシアブラックだ?」

「暗くてよく見えん!」


「リヒト!」


 男の一人が小声で囁くと辺りがぼうっと明るくなった。リヒトとは光の魔法である。


「あの一番大きくて騒いでる馬がベイシアブラックだ」

「よしよし、いい子だから大人しく……っぶねぇ!」


 男がブラックスターに近寄ると前足を上げて棹立ちし、明らかに攻撃の意思を持ってその足を下ろした。もし当たっていたら軽い怪我では済まなかっただろう。


「遊んでんじゃねえ! 綱引いて連れだせ!」


 すると手綱を取られるのを防ぐかのように、再びブラックスターが棹立ちになった。


「あれ? どうして明かりが……だ、誰だ!?」


 そこへ異変に気づいたホースマンのブラスが、眠そうな目を擦りながら厩舎に入ってくる。ところが不審な男たちを見つけて一気に眠気が吹っ飛んだようだ。


「チッ! ガトス、やれっ!」

「うわっ!」

「ぐっ!」


 ガトスと呼ばれた男が剣を抜いて襲いかかろうとしたが、数歩進んだところで前のめりに倒れてしまった。その背中には苦無が刺さっている。直後にルーカスが厩舎に駆け込んできた。


「ブラス、無事か!?」

「ルークさん?」


「貴様らは盗賊だな? 大人しくしろ、冒険者のルークだ。抵抗すれば斬る!」

「ガトス! クソッ、気をつけろ! 他にも仲間がいるぞ!」


 残った三人の男たちが一斉に剣を抜く。


「邪魔が入った。コイツらを殺してずらかるぞ!」

「「おうっ!」」


「御館様、警備兵を連れてきました!」


 クララの声と同時に、五、六人の警備兵が厩舎に入ってきた。


「帝都警備隊だ! 貴様は……バルドメロだな!」

「バルドメロ?」


「馬泥棒一味の(かしら)、お尋ね者です」

「ということは狙われたのは……」


「ルーク様のベイシアブラックでしょう。不覚にも侵入を許してしまいました。申し訳ありません」


「隊長! 外でネロとチコが……」

「二人がどうした!?」

「死んでました……」


「バルドメロ! 貴様の仕業だな!」

「さあね、俺は名前を知らないからなぁ」


 これだけの人数に囲まれて、盗賊共はこの場での逃走を諦めたようだ。武器を捨てろと言われて素直に応じていた。


「馬泥棒ばかりか警備兵殺しまで……余罪の追及は温くはないと覚悟しろよ!」

「へっ! 出来ればいいですけどね、追及」


「後ろ盾がいるということか。その手が及ぶ前に喋らせてやるさ。引っ立てろ!」


 縄を打たれて三人が連行されると、ガトスの死体も運び出されていった。


「ガトスを()ったのはルーク様ですか?」

「そうだ」


「見たところ剣ではなく苦無のようでしたが……」

「殺ったのは俺だ」


 もちろん、苦無を放ったのは陰に潜むマリシアである。戦闘試験をパスしていない彼女の殺しは、たとえ盗賊相手だったとしても明らかにすべきではないだろう。


「分かりました。そういうことにしておきます。盗賊捕縛にご協力頂きありがとうございました」

「俺の馬が狙われたようだから協力は当然だ」


「後ほど冒険者組合の方に知らせておきますので、後日報奨金をお受け取り下さい」


 ルーカスはふと気になったことを隊長に聞いてみることにした。


「先ほど後ろ盾がどうとか言っていたが?」


「ああ、バルドメロは過去に何度か捕縛したのですが、取り調べる前に天の声がかかりましてね」

「ほう」


「馬は盗んでも買い手がいなければエサ代やら手間がかかりますからね。盗賊の獲物としては不向きなんですよ」

「なるほど、買い手がいるということか」


「しかも今回の標的は帝国では幻と言われるベイシアブラックです。後ろ盾は我々が考えていたよりも大きな存在かも知れません」


「だとすると、暴いても警備隊の手に余るんじゃないのか?」

「そうかも知れませんが、やるだけやってみますよ」


 盗賊相手に威勢のいいことを言っていた隊長は、肩をすくめながら力なげに言った。相手が上級貴族、しかもそれがもし侯爵家クラスだったならば、警備隊ではどうすることも出来ないだろう。


 彼らが去った後に、申し訳なさそうな表情で立っていたのはブラスだった。


「ルーク様、申し訳ありません」

「うん? どうしてブラスが謝るんだ?」


「僕がもっとしっかり厩舎を管理していれば……」


「いやいや、相手は手慣れた盗賊だったようじゃないか。お前が気に病むことはないと思うぞ」

「ですが……」


「それにな、うちのブラックスターは頭がよくて力も強い。万が一にも盗賊ごときに連れ去られることなんてないのさ。な、ブラックスター」

「ヒヒーン!」


「まるで言葉が通じているようですね」

「案外ちゃんと理解しているのかもな」


「あんな騒ぎがあったのに他の馬たちも落ち着いているようです。それもブラックスター号のお陰かも知れません」


 錠が壊された厩舎は、この後警備兵が夜通し見張ってくれるとのことだった。むろん宵闇衆のガエルも誰に気づかれることもなく警戒しているはずだ。


 それからルーカスは馬一頭一頭を宥めるブラスに付き合ってから、宿の部屋に戻って再び眠りに就くのだった。


――あとがき――

本年中はお世話になりました。

明くる年もよろしくお願い致します。

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