第七話 ホースマン
その日は七日に一度の休日で、噴水広場の屋台や露店が並ぶ通りは多くの人で賑わっている。ロレーナは昨夜のことを覚えていて、よほど恥ずかしかったのかなかなかベッドから出ようとしなかった。
それを何とか宥めて朝食を済ませ、四人で帝都の街に繰り出したというわけである。
ちなみに何がそんなに恥ずかしかったのか聞いてみたところ、飲めもしない酒を飲んでろれつが回らなくなった上に、大食いして子供のように眠ってしまったことだそうだ。
ルーカスにとってみれば可愛い一面でしかなかったが、それを言うとさらに恥ずかしがるのでやめた。
「先に防寒着を買ってしまおうか」
「ですが御館様、荷物になってしまうのではありませんか?」
マジックボックスがあるにも関わらずマリシアがこう言ったのは、不用意に人前で見せつけるわけにはいかなかったからである。
「買うだけ買って、帰りに受け取ればいいだろう」
「可愛いのがいい!」
「ロレーナは何を着ても可愛いと思うぞ」
そんな会話を交わしながら、四人は『クローニャ』との看板を掲げた古着屋に立ち寄った。店内に入ると、季節柄冬物が多く展示されている。
その中でルーカスが目を留めたのは、仕立て用の布地のコーナーだった。彼は近くにいた店員を呼び止める。
「この店は仕立てもやっているのか?」
「はい」
「厚手のコートが欲しい。仕立てには何日くらいかかる?」
「採寸が終わってご希望のデザインが決まれば、よほど奇抜でもない限り三日ほどで仕上がりますよ」
「四人が二着ずつでもか?」
「お針子は十分におりますので大丈夫です」
ロレーナはともかくマリシアとクララの分まで仕立てると告げると、断りはしたものの二人とも嬉しそうだった。もちろん、断られたからといってルーカスがやめるわけがない。
各々布地を選んで帝都の流行のデザインでコートの仕立てを発注し終えた時には昼を少し過ぎていた。
遅めの昼食は屋台での食べ歩きだ。しかしピークを終えた時間でも、休日の人出は人気の屋台に長い列を作っている。特に肉と野菜の串焼きや、温かい汁物の店が人気だった。
四人はまず、なかなか行列の途切れない串焼きを売る屋台に並んだ。手分けしてそれぞれが別の店買いに行くという手もあったが、食べ歩きは四人揃っていた方が楽しい。
待つこと間もなくルーカスたちの番になり、それぞれがいくつかの大きな肉の塊が刺さった串焼きを手にした。
「御館様、毒の心配はございません」
「さすがにそりゃそうだろう」
彼は生真面目に仕事をするマリシアに軽く笑いかけると、人目も憚らず肉にかぶりつく。
「これは……! 美味いな!」
「うまうまーっ!」
「お肉が柔らかいです!」
「まさかこれが屋台で!?」
「行列が出来る理由が分かったな」
次はごろごろ野菜と鶏肉を煮込んだスープ。しかしこちらは串焼きほどの感動はなかった。
「不味くはないが、ロレーナが作ってくれた煮込みの方が美味いかな」
「ルー兄、ホント!?」
「ロレーナ嬢、私もそう思うわよ」
「同じく!」
「マリシアさん、クララ姉もありがとう!」
他にチーズを乗せて焼いたパン、飲み物は果実を丸ごと搾ったものなど、四人とも食べ歩きを大いに楽しんだ。
「それじゃ食材を買い込むとするか」
「そう言えばそれが目的でしたね」
「クララ、忘れてたのか?」
「そ、そんなことは……あ、御館様、あの果物美味しそうです!」
全く誤魔化せていないクララに苦笑いしながら、彼はロレーナの手を引いて彼女の後を追った。
キャビンの食料庫はマジックボックスと同じで時間が止まっており、容量も相当なものである。限界がどのくらいなのかはグレンガルド王家の記録にもなかったが、少なくとも四人分なら半年は困らない程度には詰め込めることだろう。
ひとまず持ちきれる程度に食料やら調味料やらを買い込み、それらを宿に預かってもらっているキャビンの食料庫に収める。ちょうどホースマンがブラックスターをブラッシングしているところだった。
ホースマンはブラスという名で、二十歳前後のベレー帽がよく似合う青年である。
「うちのブラックスターが迷惑をかけていないか?」
「ルーク様でしたね。問題ありません。ブラッシングも嫌がりませんし、とても扱いやすい馬です」
「それはよかった」
「ただよく食べます。申し訳ありませんが、カイバの代金が上乗せになるかと」
「ああ、構わないよ。金は払うから満足に食わせてやってくれ」
「ルーク様が話の分かる御仁で助かります」
「うん?」
「いらっしゃるんですよ。馬ごときに余計な金はかけられないなんて言うお客様が……」
ブラスは悔しそうに唇を噛んだ。なるほど、彼は本当に馬が好きらしい。
「お前に世話をしてもらえる馬は幸せだろうな」
「それは……そのように言って頂けるとホースマン冥利に尽きますね。僕もまさかベイシアブラック種の世話が出来るとは思いませんでした」
「そう言えばブラス、俺たちはあと八日前後でクラウディオ辺境伯領に向けて旅立つ予定なんだが」
「はい」
「エサが心許なくてな」
「用意しろということですね。どのくらいの量が必要ですか?」
「ブラックスターが一カ月は困らない量だな」
「はい? ベイシアブラック種は体も大きく食欲旺盛なので日に三十キロは食べますよ。あと水も六十リットル前後は飲みます」
これは一般の馬車馬のおよそ倍の量である。
「水は魔法で何とかなる。それに大きな声では言えないが、俺は大容量のマジックボックス持ちでね」
「なるほど、そういうことでしたか。分かりました。ご用意しておきますね」
「代金は宿に支払えばいいか?」
「旦那様に確認してもらっておきます」
ルーカスは手間賃として彼に金貨を一枚手渡した。始めは受け取りを渋られたが、会頭のウィルフレッドにはブラックスターを特別扱いさせるために無理矢理渡したと伝えておくとして何とか握らせたのである。
ところが夕食と入浴を済ませ、皆が寝静まってしばらくした頃にルーカスはマリシアに起こされた。
「御館様、盗賊のようです」
その夜、馬が激しく嘶いた。




