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第六話 肉肉魚肉魚

「広ーい!」


 ロレーナが宿の部屋ではしゃいでいる。キャビンの中も広くて快適だが、さすがは帝都で一、二位を争う高級宿アイコスリアのスイートルームだ。広さだけなら倍以上はあるだろう。


 さらにこのウィルフレッドが手配した宿には温泉が引かれているのだが、スイートルームには室内露天風呂が備わっていた。聞けば源泉掛け流しなのだとか。


「これは十分に寛げそうだな」

「ルー兄、後で一緒に入ろ!」

「「じーっ」」


「マリシアもクララもそんな目で見るな! タオルを巻けば問題ないだろ!」

「御館様のなさることに異を唱えるわけがございません」


「マリシアさんもクララ(ねえ)も一緒に入ろ!」


「ほら、誘われてるぞ」

「お、御館様!」

「御館様のエッチ!」


 結局四人で風呂に入った。


 部屋には周辺の地図も用意されていた。いわゆる観光マップのようなものだ。それには徒歩で十分ほどのところに噴水広場があり、様々な屋台や露店が記されていた。


 これから一段と寒さが増す。ロレーナはもちろんだが、マリシアとクララにも防寒着の一着くらいプレゼントしてもいいだろう。御者台の寒さは宵闇衆として鍛え抜かれた彼女たちでも辛いはずだ。


「明日は朝食を済ませたらこの辺りに行ってみるか」

「お店がいっぱいですね」

「まるで市場です」


「ついでによさそうな食材があったら買い足しておくか」

「馬車の食料庫ですね?」


「ああ、そうだ。王家が用意した高級食材はなるべくとっておきたい」

「あの味に慣れてしまうのは少し怖かったです」


「ロレーナ、明日は食材も買うから一緒に選んでくれるか?」

「うん!」


 一通り部屋の中を見てきた彼女は、嬉しそうに戻ってきてルーカスの隣に座った。頭を彼の肩に乗せてきたので撫でてやると心地よさそうに目を閉じる。


「寒くないか?」

「平気ぃ!」

「そうかそうか」


「ところで御館様」

「うん?」


「配下から報告がございました」

「報告?」


「シスネロス公爵閣下が捕らえられたようです」

「何だと!?」


 突然大声で叫んだので、ロレーナがビクッとして身を縮めた。それに気づいた彼は弱々しい体をそっと抱きしめ、彼女に対して怒ったわけではないと慰める。


「私、悪いことしてない?」


「してないから安心してくれ」

「本当?」

「本当だとも。急に怒鳴って悪かったな」

「ううん、いいよ」


「しかし叔父上を捕らえるとは、父上は何をお考えなのだ」

「配下の者は、どうも裏から王国を操ろうとしている国があるようだと言っておりました」


「どこだ!? と言ってももう関係ないか」

「手出しはなさらないと?」


「俺は廃嫡された身だからな。民のことは気になるがどうすることも出来ないさ」


 報告にはさらに軍の様子もおかしいとあった。かつて共に戦った戦友たちのことも気がかりだったが、それでも現在の彼にやれることは何もない。


「幻滅したか?」

「そんなことはございません、御館様」

「王国を追われた今、御館様が守るべきは御身とロレーナさんのみですから」


「マリシアにクララ、お前たちも守ってやるさ」

「「御館様……」」


「お夕食をお持ち致しました」


 部屋の外から女性の声が聞こえた。言われてみれば確かに夕食の時刻である。クララがどうぞ、と声をかけると、五人の従業員がワゴンを押して部屋に入ってきた。


 彼女たちは運んできた料理を手際よく中央のテーブルに並べていく。


「こちらはベイシア牛のステーキです。お好みで当宿の料理人自慢のタレか、皿の隅にあります炭塩をつけてお召し上がり下さい」


「こちらはミムーア地鶏の丸焼きとなります。味がついておりますので、そのまま切り分けてお召し上がり下さい」


「こちらはベニージャケという魚の香草焼きです。横に添えた果物、ジトーネを搾ると爽やかな香りと酸味でサッパリと頂けます」


 これらの焼き物を含む温かい料理は、全てマジックボックスの機能を持った透明のケースに入れられていた。いわゆる魔法具というもので、時間経過が止まっているため料理が冷めないのである。


 大変に貴重なケースで、サービスを提供しているのは部屋食が可能なエグゼクティブルームとスイートルームの宿泊客に対してのみとのこと。全ての料理を並べ終えると、女性たちは一礼して部屋を出ていった。


「御館様、毒の心配はございません」


 魔法での毒見を終えたマリシアが果実酒の栓を開け、ルーカスの前に置かれたグラスに注ぐ。


「マリシアとクララ、酒はどうする?」

「私たちは遠慮しておきます」


「ルー兄、飲みたい!」

「え? 飲めるのか?」


「飲んだことなーい!」

「やめておいた方がいいと思うぞ」

「のーむー!」


「仕方ないな。マリシア、ロレーナにも注いでやってくれ」

「かしこまりました」


 グラスを軽く回してまずは香りを楽しむ。上等なもののようで、芳醇な香りは高級な果実酒を飲み慣れたルーカスの鼻をも十分に満足させた。


 そんな彼の仕草を真似てから、ロレーナが酒を口に含む。しかも思いきりのいい一口だった。


「うへーゃー!」

「ロレーナ、初めての酒はどうだ?」

「おーいーしーくーなーいー! げほっ!」


 吐き出さずに飲み込んだのは感心だったが、どうやら目が回ってしまったようだ。それほど酒精が強いわけではなかったが、やはり初めての酒は効いたのだろう。


「ほら、水飲みな」

「ふえーん、ルー兄ぃ」


「よしよし。ご飯食べられそうか?」

「食べぅー!」


 ろれつまで怪しくなっていたものの、少量の酒は彼女の食欲を増大させていた。ステーキ一人前をペロリと平らげると、鶏肉を美味そうに頬張り、魚一匹をきれいに骨だけにしたのである。


 最後のデザートに至っては、甘いものがあまり得意ではないルーカスの分まで残さず食べたほどだった。


「御館様、そんなに食べさせて大丈夫ですか?」

「ああ、パンを食べてないから大丈夫だろう」


「主食を食べずにおかずだけなんて……」


 マリシアは愛おしそうにロレーナを眺める。そんな狐の獣人少女は、満腹になったとたんに舟を漕ぎ始めた。


「ロレーナ、もう寝るか?」

「寝ゆぅ……」

「ベッドに寝かせてくる」


 自分が運ぶと言ったマリシアを制して、ルーカスは小さな体をそっと抱き上げるのだった。

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