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第五話 商談

「え!?」


「ですからベイシアブラックでしたら入手可能と申し上げております、御館様」

「そ、そうなのか?」


 マリシアとクララによるとベイシアブラックを含むいくつかの稀少種は、宵闇衆がグレンガルド王国内に里を築いて繁殖、飼育しているとのことだった。それらをオークションに出して活動の資金源にしているそうだ。


 値崩れしないように出品も調整しているという。ベイシアブラックは彼らによって価格操作されていると言っても過言ではないだろう。


 もちろん、ルーカスが必要とした時は資金は惜しみなく供出されることになっているらしい。


「なら代金は里とやらに送ることにしようか」


「ありがたいお話ですが、全て御館様のものとされても誰も文句は言いませんよ」

「それでは俺の気が済まん」


「でしたら半分を送るというのはいかがでしょう?」

「半分?」


「我々宵闇衆は御館様を心より敬愛しております。その御館様のお役に立てた上に半分もの代金を頂けたとなれば、里の者は歓喜して涙することでしょう」

「そ、そんなにか?」


「全額を受け取るより、御館様と分かち合えたという方が喜びも一入(ひとしお)ですので」

「クララの申す通りです。おそらくその金貨は使われることなく、里の宝になるはずです」


 愛がちょっと怖い、思わずルーカスはそう感じてしまった。まあ、金には困っていないみたいだから、どのように使おうと口出しするつもりはない。むしろ濡れ手に粟で大金を得てしまう自分が恥ずかしく思えたほどである。


 そして翌日、ルーカスはロレーナを伴ってハロルド商会の店を訪れた。ベイシアブラックの当たりはつけたが、彼らが獣人を差別するようなら破談にするつもりだったのである。


 会頭のウィルフレッドは熱心なトータリス聖教信者であり、聖教は神の許では皆平等と謳ってはいるものの、一部には獣人を差別する動きもあるからだ。


 彼が店に入るとすぐに前日と同じ応接室に通され、待つことなくウィルフレッドがやってきた。簡単に挨拶を済ませると、会頭はルーカスの傍らにいたロレーナに目を留めた。


「おや、可愛らしい従者をお連れですね」

「ウィルフレッド殿は獣人に偏見はないのか?」


「ランデアドーラ帝国は多民族国家ですから、獣人族も多く暮らしております。中には仰る通り偏見を持つ者もおりますが、私にはございませんよ」


「よかった。もし偏見があったなら話はなかったことにするつもりだったからな」

「ということはまさか!?」


「すでに手配した。十日……今日からだと九日以内か。間に合うはずだ」

「おお、神よ!」


「金貨二千枚だぞ。本当にいいのか?」

「もちろんです! すぐにご用意致します!」


「馬と引き換えでいい。それより俺から入手したことは他言無用にしてくれ」


 他からベイシアブラックの入手を依頼されても困るというのが理由だった。


「分かりました。決して他言は致しません」

「皇帝に聞かれても言うなよ。言えば命はないからな」


「それは恐ろしいことですがご安心下さい。トータリス神に誓いますので」


 この男に限っては神に誓うという言葉を信用してもいいだろう。馬を届けるまで帝都で足止めを食らうことになるが、ここまで来れば追っ手も満足には動けないはずだ。


 まして他国で大々的に捜索などすれば外交問題に発展しかねない。さすがにグレンガルド王国の国王、元父親もそこまでバカではないだろう。


「ところでウィルフレッド殿」

「はい」


「俺たちはしばらく帝都に逗留することになる。馬車を預けられて四人で泊まれる宿はないか?」

「四人で一室をお望みですか?」


「いや、出来れば二室あった方がいい。二人部屋だと窮屈かも知れないから広ければ助かるな」

「期間はどのくらいでしょう?」


「馬を引き渡すまでだから十日あれば十分だが、不測の事態に備えて二週間としようか。出るのが早まる可能性もあるが……」


「では十日のご予定で、必要があれば延長するということでいかがですか?」

「それは都合がいい」


「当商会傘下の宿をご案内しましょう。何かあった時のために空けてあるスイートが二室ございます」

「おいおい、スイートなんて必要ないぞ」


「これもベイシアブラックの感謝とお受け取り下さい。もちろん宿代は結構です」


 燕尾服従者に案内されたのは、帝都でも一、二位を争う高級宿だった。スイートルームは四階建ての最上階に二室。そこに無償で宿泊させてくれるという。


 また、馬の世話も有償だが引き受けるとのことだった。エサ代は十日で金貨一枚だが、普通の馬車馬と違って巨体のベイシアブラックは食べる量も多い。だからルーカスは倍の金貨二枚を支払い、足りなければ後で請求してもらうことにした。


「旦那様からは夕食と朝食も無償と聞いております」

「何だか悪いな」


「いえ、私共のせいで足を止めさせてしまうのですから、このくらいは当然のことです」

「そう言ってもらうと少しは気が楽になるよ」


「食事はお部屋でなさいますか? それとも食堂で?」

「御館様、部屋で摂る方がよいと思います」


「そうだな。四人分を俺の部屋に運んでくれ」

「かしこまりました。それではごゆっくりお寛ぎ下さい」


 食堂で食事すれば余計な人目に触れることになる。マリシアはそれを危惧して部屋食を勧めてきたのだろう。そしてウィルフレッドは帝国では獣人差別はあまりないようなことを言っていたが、皆無とは言っていなかった。


 普段は気にとめられなくても、食事の時などは嫌な顔をされる可能性もある。ロレーナはその辺りの機微に敏感だ。彼女を傷つけないためにも部屋食は都合がよかった。


「昼食は外で食べようか」


 チェックインを済ませたのはちょうど昼時で、四人は通りに漂う美味そうな匂いに自然と空腹を感じるのだった。

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