第二話 三級冒険者パーティー
「まだ見つからんのか!?」
「手を尽くして探してはおりますが、これといった手がかりもなく……」
グレンガルド王国国王アルベリクス・ロンゴリア・グレンガルドは、未だ足取りの掴めない息子に苛立ちを覚えずにはいられなかった。
廃嫡した元王太子が宝物庫から持ち去った宝物の中には、不壊に加え物理、魔法攻撃の悉くを防ぐ結界を張れる馬車が含まれている。あれは万が一の時に自分の身を守るための切り札でもあったのだ。
さらに数万枚に及ぶ金貨、財宝の数々、ドラゴンの硬い鱗はおろか大地を切り裂くと伝わる神剣グランシオなど。どれも紛失が露呈すれば王国の根幹を揺るがす品ばかりだった。
しかしそれほど多くの物を持っていれば、見つからないことの方が不自然である。この不自然を覆すのは大容量のマジックボックスを持つ者の存在しかない。
王はルーカスがマジックボックス所持者だということを知らなかったが、すでに国外に逃げられた可能性も十分にあり得るという結論には至っていた。
北のシスネロス公爵領、現在も城の地下牢に幽閉している弟のフェルナン公爵を頼ったとも考えられなくはなかったが、彼が城に乗り込んできたタイミングからしてその線は薄いだろう。後は東のカンダイン王国か西のランデアドーラ帝国か。
ただ、すでに廃嫡したとは言え、元王太子を重罪人として他国に捜索を要請するなどは愚の骨頂である。グレンガルド王家の無能を晒すようなものだからだ。
「まあ、いずれ大陸は統一されるのだ。刺客は送るが最悪ルーカスを探すのはそれからでも遅くはないだろう」
国王アルベリクスは自分に言い聞かせるように、小声でそう呟くのだった。
◆◇◆◇
不届き者のサンチョの一件でリュモ村を出たのが予定より遅くなり、ルーカスたちがグリロコに着いた時にはすっかり夜になってしまっていた。お陰で城門が閉ざされ、中に入れなくなってしまったのである。
門兵によると閉門したのは四半刻(三十分)ほど前なのだが、それ以降に出入り出来るのは特別に許可を受けた警備隊や騎兵隊など、治安に関する仕事をしている者で緊急事態発生時のみとのことだった。
急病人や怪我人さえも、外にある仮救護室で一夜を過ごさねばならないらしい。
「そういうわけだから明日の朝まで我慢してくれ」
「この辺りで野営しても構いませんか?」
「お嬢さんみたいな若い女の子には言いにくいが、少し離れたところの方がいいと思うよ」
「どうしてです?」
「この後も間に合わなかった連中が戻ってくるからさ。門外なら何をしてもいいってわけじゃないが、それでも不埒者はいるからね」
「そういうことでしたか。納得です!」
「馬車の中で休むといい。夜は魔物が出ることもあるから気をつけてな」
「はい、ありがとうございます」
この時の御者はクララが務めており、彼女は馬車を反転させると城門前の広場を離れて仮救護室の建物の陰に停めた。完全に死角とは言えないが、今より暗くなれば火でも焚かない限り他の者に見つかることはないだろう。
加えてキャビンの中は快適な空間が広がっている。暖を取るために湯を沸かしても、すでに仮救護室から湯気が立ち込めているので問題はなさそうだ。
「ロレーナ、料理を頼めるか?」
「うん!」
自分が役に立てるのが嬉しいのか、尻尾をブンブン振っている。実は彼女はマリシアやクララのように御者が出来ないことに負い目を感じているようだった。だからルーカスと一緒にキャビンにいても、彼に甘えるのを我慢していたのだ。
ルーカスに甘えるのはご褒美なのだとか。前に聞いた時に彼女はそんなことを言っていた。
そして数日ぶりのロレーナの料理を楽しんで皆が入浴を終えた頃、馬車の周りで話し声が聞こえてきた。
「何だぁ、こりゃぁ?」
「煙突から湯気が出てるぞ」
「中で誰か休んでるってことか?」
「湯気が出てるってことは暖房つきかぁ」
「いいなぁ。俺たちも入れてもらえないか聞いてみようぜ」
「バッカお前、貴族様の馬車だったらどうするよ」
「貴族様がこんなところで休んでるはずないだろ」
「それもそうか。木張りの馬車ならよくて商人だな」
「よし、声かけてみようぜ」
「おーい、誰かいるかぁ?」
招かれざる騒がしい客に顔を顰めながら、ルーカスはマリシアとクララに男たちを追い払うよう命じた。それが逆効果になるとは知らずに。
「何かご用でしょうか?」
「ひょーっ! 別嬪さんが二人も出てきたぞ!」
「なあなあお嬢さん方、俺たちも中に入れてくれねえか? 寒くて凍えそうなんだよ」
「ご覧の通り大きな馬車ではありませんのでお断りします。お引き取り下さい」
「もしかしてお嬢さんたち、二人で旅してんのか? だったら夜は危ねえし、俺たちが守ってやるよ」
「結構です。これでも私たちは強いので」
「ひゃーっ! いいねいいね、強がる女の子ってたまんねえよな」
「中に入れてもらえないならさ、あっちで俺たちと飲もうぜ」
「お、いいねえ! そうしようそうしよう!」
「迷惑です。門兵を呼びますよ!」
ところがクララがそう言ったところで男たちの態度が変わった。
「いいぜ、呼びなよ」
「閉門後はアイツらも外には出られねえんだ」
「最後の警告です。立ち去らなければ命の保証はしません」
「面白え、やれるモンならやってみな!」
「俺たちゃ三級冒険者の組合証持ちだぜ」
「それは聞き捨てならないな」
「「御館様!」」
あまりにもしつこかったので、見かねたルーカスがキャビンから出てきた。
「おやかたさまだぁ? 何だよ、男連れかよ」
「男連れったって最初は女に対処させようとしたんだ。どうせ大したことねえさ」
「俺は十級冒険者のルークだ。名を名乗れ」
「決闘の手順か。だが立会人はどうする?」
「このロレーナは非戦闘員だ」
「毛なし獣人か、いいだろう。俺はピエール、三級だ」
「俺はトマス、同じく三級だ。そして三級パーティー『天翔る翼竜』のメンバーだ」
「どうした、何があった!?」
「あ、ビニシオさん」
後から現れたビニシオと呼ばれた男は、彼らのパーティーのリーダーとのことだった。
「そこのお嬢さん二人を誘ったら決闘を申し込まれたんですよ」
「ピエール、お前の話は要領を得ん。すまんがルークと言ったか。状況を説明してくれ」
ルーカスが経緯を話すとビニシオは二人のメンバーに拳骨を食らわせた。
「お前たちが全面的に悪い! お嬢さん二人とルークに謝れ!」
「ビニシオ、悪いが謝罪は受け入れられない。すでに決闘は成立している」
「ルーカスは十級と聞いた。気持ちは分かるがここは引いた方が身のためじゃないか?」
「その二人は今後同じようなことをしないように、冒険者組合に突き出させてもらう」
「ほう。なら俺もメンバーを守る立場だ。参戦するがいいのか? 俺たちは名ばかりの三級ではなく実力を備えた三級なんだが」
「等級ばかりに気を取られると足元を掬われるぞ」
「分かった。後悔させてやろう」
ビニシオが剣を抜くと、不敵な笑みを浮かべながらピエールとトマスも同様に剣を抜くのだった。




