第十一話 獣人差別
「セルジオさん、お世話になりました。こちら、約束の金貨三枚です」
「ルークさん、代金は結構です」
「はい?」
「マジックボックスの使い方ですよ。あれを知れたことは今後の商売に大きな変革をもたらすことでしょう。少ないですがこちらを受け取って下さい」
「いや、しかし……」
手渡された小箱は重く、開けてみるとぎっしりと金貨が詰まっていた。少なく見積もっても三十枚はあるだろう。慎ましやかな生活なら四人家族が一年は暮らしていける額である。
野営地を出た日の夕方、一行は無事にゲルンの町に到着した。ポンシオたち『エバーグリーン』の三人は、この町の冒険者組合に向かうため早々に別れたので今はいない。
彼らの報酬はそこで支払われるが、盗賊の件で失態を犯したせいで予定の日程より到着が一日遅れてしまった。そのため大幅に減額されるそうだが、仕方のないこととポンシオも納得していた。
「もしよければ今夜の宿も手配させて頂きますよ」
「それは助かりますが、あまり高いところですと……」
「ご心配なく。商会傘下の宿ですから飲食も含めて代金は不要です」
「いや、さすがにそこまでして頂くわけにはいきませんよ」
「何を言われます。我々のせいでルークさんたちも予定が遅れたわけですし、謝罪も含めてお受け下さい」
これ以上やり取りを続けてもセルジオが引き下がるとは思えなかったし、好意と謝罪は素直に受け取ることにした。
その後クアドロ商会の使用人に宿まで案内してもらい、夕食後に獣耳が隠れるフード付きのコートを着せたロレーナを連れて町を散策する。尻尾はコートの中なので見られることはない。
そこまでして散策する必要があるのかと言えば、明日この町を発つ前に、彼には済ませておきたいことがあったのである。
「エリアス」
「ここに」
人気のない路地に入ったところで、ルーカスは宵闇衆の頭領を呼び出した。
「例の件、頼む」
「承知。明日、帝国領に入られる前には引き渡せるでござる」
例の件とはキャビンのことだ。豪華な装飾を取り払い、街道で馬に引かせても目立たないように改装するのである。エリアスのマジックボックスはルーカスほどではないが大容量なので、キャビンを入れることが可能だった。
「馬の手配も頼めるか?」
「もちろん。しかし御者はどうするのでござる?」
「どこかで雇ってもいいが、キャビンの中を知られるわけにはいかないからな」
「外から見る分には普通のキャビンと変わらないでござるが、中に首を少しでも突っ込めば見えてしまいますからな」
「マリシアとクララに御者を頼むか」
「むむ、拙者ではいけませんか?」
「むさいオッサンはちょっとなあ。それにロレーナもクララなら安心するだろうし」
「クララがいい。エリアスさん、怖い」
「だそうだ」
「くっ……」
キャビンを引き渡すと、ルーカスはロレーナと共に町の散策に戻る。すでに陽は沈んでいたが、小さな村とは違って町は賑やかで明るい。
通りには屋台や露店が並び、客引きの声が途切れることはなかった。
「ロレーナ、何か食べたいものはあるか?」
「お腹いっぱい」
「まあ、晩飯食ったばかりだしな」
「ルー兄は?」
「俺もいいかな。じゃ、古着でも見に行ってみるか」
「服ならあるよ」
「ロレーナは女の子なんだから、服はいくつあっても足りないくらいなんだぞ」
彼の済ませておきたいこととは、ロレーナの衣装を今よりさらに充実させることだったのである。
とは言っても一般的な平民の女子と比べれば、すでに十分すぎる数を買い与えていた。古着でもそれほど安価ではないのだ。つまりこれはルーカスの過保護以外の何物でもない。
ちなみに元王族の彼は男であったが、それこそ衣装なんて一年の日数よりはるかに多く用意されていた。しかも毎年新たに購入され、一度も着ないままどこかの貴族に下げ渡されたり廃棄されたりする物も少なくなかったほどだ。
そのうちのそれほど派手ではない何着かと軍服一式は、マジックボックスに放り込まれていた。
ふらふらと歩いていると、大きな古着屋を見つけたので入ってみる。男性用も女性用も品揃えが豊富で、見るだけでも楽しめそうだ。
「これは凄いな」
「服がいっぱい!」
ところが興奮したせいでロレーナのフードがめくれてしまう。大きな狐耳は目立つことこの上ない。案の定、近くにいた店員に見られたようだ。
「商品に触るな!」
突然大声で怒鳴られて、ロレーナはビクッとしてから硬直していた。あろうことかその彼女を展示品から引き離そうと、店員が思いっきり突き飛ばす。転びそうになったところを慌ててルーカスが抱きとめたので、怪我をするに至らなかったのは不幸中の幸いだった。
「何をする!」
「何をするだと!? 汚い獣人を連れてくるんじゃねえよ!」
「ルー兄、私汚い?」
「ロレーナは汚くなんかないぞ。汚いのはあの店員とこの店の商品だ」
「ふざけるな!」
いきなり殴りかかってきた店員の拳を、泣いているロレーナを抱きしめたまま避ける。空振りして勢い余ったところに足を出され、店員は無様に転ばされていた。その頭を踏みながらルーカスが怒鳴りつける。
「客に殴りかかるのがこの店の接客なのか!?」
「獣人が大切な商品に触れようとしたからだ! 足をどけろ! ぐっ!」
彼は踏みつける足を捻ってさらに力をこめた。
「獣人を拒むなら店の入り口にそう書いておけ!」
「ふん! そんな手間をかける必要はない!」
「この町では獣人差別が酷いのか?」
「この町? アンタ町の人間じゃないのか。なら知らないのは仕方ないがそういうことだ! いいから早く足をどけろ!」
「ロレーナを突き飛ばした罪は軽くないぞ!」
言うと彼は、頭からどけた足で起き上がろうとした店員の腹を蹴り上げた。鳩尾につま先を入れられて、店員が痛みと苦しみにのたうち回る。
「何事ですか!?」
そこへ聞き覚えのある声が聞こえた。
「おや、ルークさんではありませんか。何があったんです?」
「セルジオさん? この店員がロレーナを突き飛ばしたんですよ」
「何ですと!?」
「もしかしてこの店は……」
「我が商会の傘下の店です。まさかとは思いますがロレーナさんが突き飛ばされたのは……」
「獣人の彼女が商品に触れようとしたからだそうです」
ルーカスの言葉を聞いたセルジオの顔が、一瞬で茹で蛸のように真っ赤になった。店員が気まずそうにうつむく。
「ロルダン! クアドロ商会では獣人差別は禁じているはずですよ!」
「ですがセルジオ様……」
「ましてこちらのルークさんは大恩あるお方。そのお連れ様であるロレーナさんを突き飛ばすなど以ての外です!」
「で、ですから……」
「ロルダン! 貴方はクビです! 即刻この店から出ていきなさい!」
「ま、待って下さい、セルジオ様!」
「出ていかないなら不法侵入者として警備隊に突き出しますよ!」
「そんなあ……」
ロルダンと呼ばれた店員が肩を落として出ていった後、ロレーナはセルジオに平謝りされてちょっと怯えてしまうのだった。




