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第九話 冒険者の誤算

「まさか御館様とお会い出来る日がくるとは」


 この地の草ディエゴとドーラは、ルーカスを前にこれでもかというほどに身を低くして平伏していた。村長に挨拶を済ませた後、お世辞にも裕福とは言えない夫婦の家にやってきたところだ。


 彼らはともすれば一生、あるいは何代にも渡って任務を与えられないこともある。いや、その地に根を張ることこそが任務と言えるのかも知れないが、草の者は本当の主に会うことさえなく一生を終える者がほとんどだ。


 ちなみに夫婦二人共が草というのも極めて珍しい。通常は家族で暮らしていても、その中の一人だけが誰にも知られることなく草の役割を担っている。


 だから何かあれば、昨日まで寝食を共にしてきた家族の命を奪わなければならないこともあるのだ。腹を痛めて産んだ自らの子の命さえも。


「今後の足しにするといい」


 そんな彼らへの同情というわけではなかったが、ルーカスは金貨十数枚が入った小さな革の巾着袋を二人の前に置いた。一枚あれば夫婦なら一月は暮らしていけるだろう。それが十数枚、一年分以上である。


「御館様、感謝致します」

「庭を借りるぞ」

「お発ちになるまでは何者も近づけません」

「頼む」


 庭にキャビンを出して周囲に同化させ、ルーカスとロレーナは中で一夜を過ごす予定だった。それほど警戒する必要はないだろうが、夫婦の家は村人と同じ普通の住宅だ。用心するに越したことはないだろう。


 家には簡易的な造りではあるが暖炉があったので、キャビンから湯気が上がっても怪しまれる心配もなさそうだ。聞けば村の全ての家にはこうした暖炉が備わっているらしい。


 ただ、何年かに一度は火の不始末が原因で火災が発生しているとのことだった。


 そしてその何年かに一度は、村が寝静まった夜半すぎに起こる。


「御館様、起きて下さい。火事です!」

「火事だと!?」


 キャビンの外からマリシアの声でルーカスは目を覚ました。気づけば村人の叫び声が聞こえてきている。


「ディエゴとドーラは?」

「消火の手伝いに向かわせました」


「無事なんだな?」

「はい。ただ……」

「どうした?」


「この火事は火付けにございます」

「火付け!?」


「冒険者たちが捕らえた盗賊が逃げたのです」

「村人の被害は?」


「火を付けられ逃げ遅れた家の者はおそらく」

「クソッ! 誰か追っているのか?」


「冒険者のうち二人が。ですがお許しがあればエリアス殿とクララで仕留められます」


「いや、ポンシオたちに任せよう。彼らの前にうまく誘導してやるよう伝えてくれ」

「御意!」


 話を聞いていたロレーナが不安そうな目を向けながら、彼にしがみついてきた。


「ルー兄……」

「ここにいれば大丈夫だ」

「ルー兄、どこにも行かないで」

「行かないよ」


 微かに震えている細い体を抱きしめる。さすがに今夜はすっぽんぽんではなく、彼女は肌着に近い手触りの寝間着を着ていた。少し色あせた白無地で、ドーラが村の商店で買ってきてくれた古着である。


 それからしばらくすると、一際大きな怒声が聞こえてきた。どうやら逃げた盗賊二人は無事に捕らえられたようだ。事ここに至ってはヤツらはすぐに殺されることだろう。


 そして翌朝、ルーカスは沈痛な面持ちのディエゴから昨夜の報告を受けた。


「セペさんの一家四人が焼死されました」

「火を付けられた家の住人か」


「はい。乾燥していたせいか火の回りが驚くほど早かったようです。先月二人目のお子さんが産まれたばかりだったのに」


「気の毒なことだ。盗賊はどうなった?」

「ポンシオという冒険者が喉を突いて殺しました」


 喉を突く処刑方法は首を刎ねるよりも苦しむ時間があるとされ、非道を働いた犯罪者に用いられることが多い。本来は警備隊がなすべき処置だが、非常時は冒険者にも許されている行為だった。


「盗賊を逃がした原因は?」

「見張りを買って出たテオ、村の若者ですが一瞬の虚を突かれたようです。酷く落ち込んでいました」


「自分のせいで四人も死んだんだから当然だろうな。しかしどうしてポンシオはそんな大事な役目を村人に任せたんだ?」


「テオは近く冒険者になるために村を出ていく予定だったんです。それで今のうちに少しでも村の役に立っておきたいと……」

「あわよくば二級冒険者の目に留まりたいというのもあったんだろうな」


「ポンシオさんは二級冒険者ですが、彼ら三人で組んでいる『エバーグリーン』は一級パーティーだそうです」

「それなら尚更か」


 うまくやればその一級パーティーに入れてもらえる可能性があるかもなどと、スケベ根性を出してしまったのかも知れない。しかし真意はどうであれ、テオ青年は取り返しのつかないミスを犯してしまった。


 トラウマを抱えることにならなければいいと彼は思ったが、さすがに同情には至らなかった。自業自得だからである。


 ただ、責任の一端はポンシオたちにもあると言わざるを得ない。盗賊を殺して仇を取ったとは言え、失われた四人の尊い命は帰ってこないのだ。


 むろん一番の悪は盗賊共だが、生かして警備隊に引き渡すという判断も甘かった。余罪を追求してもらおうという意図があったようだ。残念ながら更に罪を重ねさせるという裏目に出てしまったが。


「盗賊に身を落とすような輩を死罪とする王国の法は間違っていないということか」


 結局この騒動のお陰で、商隊はもう一日カーリン村に滞在することになった。彼らに同行するのをやめて先に旅立つという選択肢もあったが、その日の夜に亡くなったセペ一家の葬儀を行うとのことで、無視するわけにはいかなかったのである。


「我が主、此度(こたび)のこと、防げずに申し訳ない」


「いや、お前たちは人の営みに無闇に関わる必要はないから気にするな」

「警戒していたのに無念だったでござる」


「手を出したら出したで面倒事になっていたかも知れないんだ。亡くなった四人は気の毒だが、俺たちがいようがいまいが商隊は盗賊を連れてこの村に立ち寄ったはずだ。宵闇衆に責任はないよ」


 葬儀が終わった後、テオ青年は村を出ていった。

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