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婚約破棄、廃嫡、そして国外追放

「センテーノ侯爵家令嬢、フリア・センテーノ!」

「なんでしょう、ルーカス王太子殿下」


「俺の婚約者、やがては国母となるはずのお前の素行には問題がありすぎる! よってお前との婚約を破棄し、沙汰あるまでセンテーノ侯爵領での謹慎を命ずる!」


 グレンガルド王国王城ゴリアーテ。その中央ホールに集められた貴族たちの前で、ルーカス・アラーナ・グレンガルド第一王子は自らの婚約者に婚約破棄を言い渡した。


 ツーブロックでサイドとバックを刈り上げたブルーブラックの髪は怒りのためかわずかに乱れ、エメラルドグリーンの瞳からは鋭い眼光が放たれている。


 さらに母親譲りの美しい顔立ちのせいで、その場にいた多くの者たちは返って恐怖心を煽られずにはいられなかった。


 ところが燃えるような赤い髪を揺らすこともなく、フリアと呼ばれた侯爵令嬢は口元に笑みさえ浮かべて優雅に答える。


「お言葉ではございますがルーカス殿下、ワタクシには身に覚えがございませんわ」

「白々しい! 俺の目が節穴とでも思っているのか?」


「でしたら殿下にお尋ねしたいのですけど」

「なんだ!?」


「このこと、アルベリクス国王陛下はご存じなのでしょうか?」

「父上には昨夜のうちにご報告済みだ!」


「ええ。報告はなされたのでしょうけど、ワタクシがお聞きしたいのは婚約破棄をご了承なさったのですか、ということですわ」


「了承されないわけがないだろう!」

「つまりまだ、ということですわね?」

「何が言いたい!?」


「あら、陛下がお見えのようですわよ」


 彼女の目線の先には数人の近衛兵に護られ、赤いマントを纏った国王の姿があった。金髪でずんぐりとした体型に白い髭を蓄えたシワだらけの顔、その頬はまるで何かを含んでいるかのように膨らんでいる。


 長身でイケメン、体型もスラリと均整の取れたルーカスと血を分けた親子だとは(にわか)には信じ難かった。その場にいる誰もがそう思ったことだろう。


 ともあれ、国王の登場にホールにいた全ての者たちが一斉に跪いた。


「ルーカスよ」

「父上、何故こちらに?」


「そなたに質問は許しておらぬ」

「申し訳ございません」


 このやり取りだけで、彼はこれからのことが正式なものであることを理解する。


「フリア嬢との婚約を破棄すると聞こえたが? ルーカス、直答を許す」

「はっ! 陛下のお耳に届いた通りにございます」


「王太子たるお前の妃となるはやがて王妃となる者。誰の許しを得て()が決めた婚約を破棄した!?」

「それは昨夜ご報告した通り、フリア嬢の素行に問題があり……」


「余の問いに答えよ! 誰の許しを得た!?」

「ですからあのご報告でお許しは頂けたものと……」


「余は許した覚えはない!」

「で、ですが……」


 ルーカスにとって父の言葉は寝耳に水としか言いようがなかった。


 集まったの貴族たち前で明らかにするつもりはなかったが、フリアの問題の素行とは複数の男性と関係を持っていたことである。その中にはあろうことか、弟の第二王子デメトリオまで含まれていた。


 公になればとんでもない王家のスキャンダルだ。だからあえて事細かに糾弾するわけにはいかなかったのである。


 しかしこれは彼にとって好機となるはずだった。何かと胡散臭いセンテーノ侯爵家の力を削げるのは言うに及ばず、国王である父が弟の醜聞を知れば王位継承権の剥奪まであると踏んでいたからだ。


 貴族の中には第二王子派もおり、彼らが密かにルーカスを王太子の座から引きずり落とそうと画策しているとの確かな情報を掴んでいた。それら敵対派閥を一掃出来ると踏んでいたのである。


 今よりこの王国を豊かにし、二度と他国に攻め込まれることのない強国へと導けるのは自分より他にいない。弟のデメトリオは悪知恵は働くが、国を治める器にはないからだ。ルーカスはこれまでそう信じ、自分が王位を継ぐつもりで生きてきた。


 だが彼は、直後に信じられない言葉を聞かされることになる。


「余の(めい)に背くは反逆罪である」

「は、反逆罪!?」


 ホール中がざわついた。これまでのルーカスに問題行動は全くなかった。積極的に公務をこなしていたし、臣民からの人気も高い。王国軍では将としての能力も確かで、個人の戦力も王国一と言われるほどである。


 むろん厳しい一面もあるが弱者にはとことん慈悲深く、視察に出れば隊の前を横切って無礼討ちされそうになった子供を助けただけでなく、剣を抜いた兵士を殴り飛ばしたという逸話もあった。


 王国に深く根付く人種差別も彼には無縁の話だ。余談だが彼が獣耳や獣尻尾が何よりも愛しているというのは、王国軍では最高機密に指定されている。


 その王太子が、父親である国王から反逆罪を言い渡されたのだ。誰もが耳を疑ったのは言うまでもないだろう。ただ、一部の者を除いて。


「しかし余も鬼ではない。また、王族に死罪は適用されないという原則もある」

「父上?」


「よってルーカス、お前からは王位継承権を剥奪、廃嫡とする。三日以内にこの城を出て我が王国から去れ。手に持てる荷物だけは持っていくことを許す」

「お、お待ち下さい、父上! それではまるで国外追放ではありませんか!」


「そう申した。お前はもうグレンガルド王家の、余の子ではない。今この時より余への言葉は直訴となる。分かるな? 王族ではなくなったお前の直訴は紛れもなく死罪だ」

「……!」


 間もなく冬が訪れようとしていたこの日、グレンガルド王国に激震が走った。


 王太子が突然廃嫡され、新たに第二王子だったデメトリオ・セルベラ・グレンガルドが王太子に任ぜられたことは瞬く間に王国中に広がり、周辺国の知るところとなる。


 これを受け、王国軍兵士の多くが国の未来を案じ、軍籍から退こうとする者が後を絶たなかった。しかし国王はそれら一切を許さず、姿を消した者には反逆の罪を着せて追っ手をかける事態にまで発展する。


 また、国を出ようとする国民も次第に増え、ついには出国制限まで発令されるに至っていた。それだけルーカスの人望が厚かったのだが、王国にとっては大きな誤算だったとしか言いようがないだろう。


 ともあれ王国歴二百二十三年の冬、王太子ルーカス・アラーナ・グレンガルドは王家から廃嫡され、グレンガルド姓を失ったのである。


――あとがき――

次話より『第一章 逃亡者となったのも自業自得ではある』となります。

第一話は『狐の獣人少女ロレーナとの出会い』です。


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