第4話 二人の少年
その男性は、はるばる都からきたという貴人。双竜亭の女将に有無を言わせないほど力のある、特別な客人。しかも『将軍さま』というくらいだから、さぞかし貫禄があって見栄えがするんだろう。
そんな風にアシャは考えて、ぴかぴかの甲冑をまとった勇壮な武将が馬車から下りてくるのを期待していた。
なのに実際に現れたのは、予想とは真逆の人物。肩すかしもいいところだ。
(あ、あれ?おかしいな)
本人ではなく、先にお供かなにかの老人が出てきたのかと。そんな勘違いをしてしまうくらい、ゆっくりした弱々しい動きだった。特に右足が動かないらしく、ひきずるようにぎこちなく歩いている。
病人?それとも足が悪いひと?どっち?
アシャは『貴人』の正体を確かめようとじっと目を凝らした。
よく見ればそこまでの年ではない。おそらく四十代半ばくらい。確かに立派な腰帯をつけて帯剣しているが、身分が伺えそうなものはそれだけだ。
都から長い旅をしてきたというのに、部屋でくつろぐような品の良い長衣を身に着けている。かなり背が高く、それだけにぐらぐらと不安定な動きは足を運ぶたびに嫌でも人目を引いた。
(この人、やっぱり病人ね。足が悪いんじゃなくてきっと卒中をやったんだわ)
その病で死んだヨアンじいさんと、よく似た動きだからわかる。
卒中は、いきなり倒れて、体の半分が動かなくなる病だ。何度もくりかえすし、運よく助かってもしびれや麻痺は一生残る。その独特の不自由な動きは、ずっと老人の世話をしていたアシャには、嫌というほど見覚えがあった。
衆目にさらされながら歩いている男性は、体の半分はそこそこ元気そうなのに、もう半分は脱力したようにほとんど動いていない。つきそいに手を引かれ、両脇から支えられてようやく前へ進んでいる。
それは見ている誰もが分かるようで、周囲は口々にざわついていた。ひそひそとささやく声。意地の悪い笑い声まで聞こえてくる。
「なんだい、あれ」
「まさかあの頼りない、ヨタヨタしたのが将軍さまなのかい?」
「あんな病人みたいなのが派遣されるようじゃ、戦の心配はいらねえな」
ひどい言われようだが、アシャもおおむね同じ意見だ。アシャは見物客の間を器用にすり抜けながら、注目する相手と同じ歩調で進んでいた。
じっくり観察すればするほど、とても『おえらい将軍さま』とは思えない。すっきりと撫でつけた明るい色の髪。知的で穏和な印象をうける面差し。荒っぽいことなど無縁の上級文官か、学士か、修道院長かといった風情だ。
(でも、見た目よりずっと根性はすわってそうね)
17番『経』は都から遠く離れた宿場街。住民は、よく言えば好奇心旺盛で娯楽に目がないし、悪く言えば物見高くて口さがない。
好き勝手なおしゃべりはしっかり耳に届いているだろうに、相手は見世物にされていてもまったく気にする様子はなかった。ゆっくり、地を踏みしめるように慎重に、一歩ずつ進んでいる。見ているアシャは、いつの間にかがんばれ、がんばれと応援する気持ちになっていた。
その足元が、ふいに大きくふらついた。支えの手も間に合わず、倒れる……!と、アシャが息をのんだ刹那。
突然どこからともなく目の前に現れた二人が、倒れかける半ばの男性の長身をなんなく受け止めていた。
アシャは思わず目をこすった。二人がいつ、どこから出てきたのか、一部始終を見ていたのにまったく分からなかった。
「ええ?今、なにがあったの?」
二人とも、よく似た背格好だった。アシャと同じくらいの身長で、すらりと伸びた手足に白い布を巻いている。動きやすそうな短衣を身に着け、腰には短剣。身なりからというと貴人の小姓か従者なのだが。おかしなことに、どちらも大きな布を巻き付けて頭部を覆っている。しかも裸足だった。顔はよく見えないが、体つきからしてアシャと同年代くらいの少年ではないだろうか。
うち一人は、明らかに自分より体重も上背もある『将軍さま』を優しい手つきで支え、両手でふわりと抱き上げてしまった。まるで幼子でも扱うような、男性の体重をまったく感じさせない動きだった。
どよっと周囲のざわめきが大きくなった。
「うそっ」
アシャも大きく目を見開いていた。誰だって自分の目が信じられないだろう。たとえどんなに力自慢でも、あんな真似は絶対にできない。普通の、人間なら。
長身の男性を、少年はその両腕に軽々と抱いて立っている。もう一人の少年は、気づかわし気にその傍らに寄りそった。
そして騎馬兵を広場に残し、二人と一人は足早に双竜亭の玄関に消えていった。アシャを含む群衆は、あっけにとられてその様子を見送った。
「い、いま何があったんだ?」
「見間違いか?あんな子供が、大人をひょいって……」
何だったんだって。決まってるでしょう。いま見たとおり。あれは、間違いなく亜人でしょう。
まわりで首をひねっている見物人たちに、胸中で言い返すアシャだって、信じられないものを見てかなり動揺していた。
(はじめて見たわ。あの子たち、西の亜人だ)
王都のさらに西、切りたった険しいセレン山脈一帯に住む山岳民族は、陽の民からは西の亜人とか、西谷の民とか呼ばれている。
言葉も違う、生活習慣も違う。陽とはほとんど交流がないから詳しいことは分からない。ただ、長巾と呼ばれる大きな布で頭を覆い、裸足で生活していると聞いたことがある。セレンの山々を神としてあがめ、太陽神テイセラを信仰しない、とも。
そして、馬よりもはやく走ったり、魔法を使ったり、死者の魂を現世に呼び戻したりといった、普通ではありえない力をもった人々が、西谷の民の中からは数多くあらわれるのだという。
アシャが見た少年たちは、まさにそれ。霊峰セレンから特別な恩寵を受けた、不思議な力をもつ西の亜人だった。