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薔薇のセレンディラ  作者:
第二章 生命ある刺青
38/40

第38話 自己紹介と聖女指名

今回は説明部分長めでお送りしております。

細かい内容になりますが、おつきあいいただければ幸い(^_^)


「……偽物、ということですか?」

「はい……」


 アシャはがっくりと肩を落としてうなずいた。


 お屋敷に帰ってすぐ、将軍の待つ執務室に集まって、公文書館であったことを報告して。

 改めて封を開けた筒の中。出てきた地図は単なる『写し』だった。

 たとえ似せてあったにしても、自分が描いたものかどうかくらい、一目でわかる。

 アシャはずうんと重い気分に胸がふさがれていた。

 

(偽物の地図。それも、こんなお粗末なできの地図のために、今日1日だけでどれだけの人が亡くなったの?)


 以前、『(タツ)』の街を出る際に、将軍に釘をさされた。


 ーーーーーあなたが描いたこの地図をめぐって多くの人生が狂い、血が流され、命さえ失われたんです、と。


 わかったつもりでいたけど、全然わかっていなかった。

 かつて親爺に取り上げられた地図を、またがんばって集めればそれで解決すると思っていた。


(甘かった……)


 身に染みてわかった。一度流出させてしまった地図は、簡単には取り戻せない。

 アシャの描いた原本から、こうして写しを作って勝手に増える。

 それをめぐってまた人の血が流れる。


 アシャはぎゅっと前掛けの布をつかんだ。

 隣にいるテイや、将軍の傍らに立つキョウが、何かもの言いたげにしている気配を感じる。

 でも顔が上げられなかった。


(あたしのせいだ)


「あなたのせいではないですよ」


 将軍の穏やかな声は、アシャの内心を見透かしているようだった。


「彼らの動きが、今までになく活発化してきているのは分かっていました。今回の凶行を防げなかったのは我々の手落ちです」


 我々というのは、この屋敷の顔ぶれのことだろうか。それとも将軍さまのお仕事の?

 うつむいたまま黙り込んだアシャの疑問を、キョウが代弁してくれた。


「将軍さまは、その地図の保管場所が襲われる可能性を、知り得る立場にいらっしゃるということですか?」

「そうです……そういえばキョウ。都に戻ったら詳しい話をする約束でしたね。私の所属は、正式には白凰宮参政官配下『御門警衛隊(ごもんけいえい)』といい、私はその長を任されています」


 そうすらすらと名乗りをあげられても耳が追いつかない。アシャは困惑した。


「あの、できれば、もう少し嚙み砕いていただけると……」

「この国に悪さをする人たちを捕まえるお仕事です」

「……将軍さま」


 そこまで子ども扱いしなくてもいいです。

 ようやく上げたアシャの不満顔に、将軍は微笑んだ。



「簡単に言うと、我々の仕事は南都の治安維持。担当は、宮城の大門の外から南都3番『(ホウ)』までとなっています」

「……治安維持というと、強盗とか放火とかの取り締まりとかですか?」


 おそるおそるアシャが訊ねると将軍は首をふった。

 どんなに凶悪な事件であっても、それが(みん)の範疇でおこったものならば担当外なのだそうだ。


「御門警衛の勤めは、反政府活動を取り締まり、国を危うくする行為を防ぐことにあります……近年はそのいずれにも『彼ら』が絡んでいる」


 国を危うくする行為……どこかで聞いた言葉だった。

 何故だろう。そう聞いたら額と手に汗がにじんできた。


「ちなみにその、『彼ら』が絡むような罪というのは……?」

「そうですねえ。具体的には禁制の品、たとえば贋金や毒薬や大量の武器の作成、所持、使用、あるいは流布」


 将軍はどこか楽し気に指折り数える。


 そのほかにも、陽の機密情報を他国や反乱分子に流し、あるいはその危機を招く行為。

 王侯貴族やその使役するものを殺傷あるいは不当に拘束するなど生命の危険にさらす者。


「まだまだありますが。参考になりましたか?」


 将軍の流れるような説明からは、故意にある項目が省略されていた。アシャが三度のご飯より大好きな、ち、から始まる何かだ。

 テイが隣でぼそりとつぶやき、キョウが同調する。

 

『……すごいな。こいつ一人でほとんどの罪状を網羅してる』

『ぼくたち、ものすごい極悪大罪人と一緒に暮らすんですね。大丈夫かな。うまくやっていけるかな』


(聞こえてるわよ、あんたたち!)


 あとで覚えてなさい、とぼそぼそセレン語で会話する二人をアシャは睨みつけた。


「そんなわけで、我々は南都の秩序と治安を守る要なのです」


 はいおしまい、という風に机をぽんと打つ。


 簡単にまとまられてしまったけれども、思った以上に大変なお仕事のような気がする。そうなると不思議でしかない疑問が、するりとアシャの口を突いて出ていた。


「将軍さまは、本当はご自由に動けるんですか?」


 任務の内容が、半身が麻痺した体ではとても務まらないものに思えたのだ。

 将軍はきょとんとし、次いでこらえ切れなかったように、くすくすと笑いだした。


「そうですねえ。この身が単なる偽装であるなら、どんなによかったでしょう」

「アシャ、きみねえ。何てこと言うんだ」


 将軍さまを侮辱するのか、とキョウが目をむいて、激しい非難の視線を送ってくる。


「ご心配なく。こんな身体ですが、今のところは務まっていますよ。頭と口が動けばできる仕事ですから」


 アシャが気をまわしすぎたせいで、どうやら麻痺は本当らしい。

 将軍はぶしつけな軽口に気を悪くした様子もなく、さらりと謙遜した。


「私の仕事は報告を聞いて指示することです。前線に出ることはありません。さらに特例があって」


 こと『彼ら』に関しては、いちいち上に許可を求めていては被害が甚大になる恐れがある。

 そこで『彼ら』に限っては、捜査のみならず捕縛から刑の執行まですべて、特別に認められているのだという。


「我々は、対群民(ぐんみん)専門の精鋭組織でもあるのですよ」


(つまりそれって、『彼ら』が相手なら将軍さま無敵ってこと?問答無用でなにしても許されるの?)


「……なんでもあり、ですか?」

「あなたは本当にのみこみがよくて感心します」

「じゃ、じゃあ、双竜亭でもしも将軍さまが、私が『彼ら』の仲間だと判断……されてたら。私はすぐ処刑されていたんですか?」


「ふふふ」


 アシャの質問に、将軍ははっきりとは答えず、何故かはにかんだように嬉しそうに笑った。


(いや、ここ笑うところじゃないし)


 なんつっても否定しなかった。

 否定しなかったわ、このひと!


 最初に会ったときに感じた、ただならなさは正しかった。

 にっこり笑って吊るされてた可能性もあったのかと思うと、背中に冷たい汗が流れる。


「そんなことにならなくてお互いに良かったですね……あわせて説明すると『彼ら』というのは『まつろわぬ民の群れ(カーラーサータザン)』と名のる者たちのこと。テイセラでもセレンでもなく、太古の神を崇める集団です。我々は『彼ら』もしくは『群民(ぐんみん)』と呼んでいます」


 その教義では、この世がやがて終末を迎える時、次の世に渡る資格を持つのは『彼ら』だけである。そして資格を持たない者に対しては、何を奪っても何をしてもいいーーーーー


「あなたがたも既に見てきたとおりです。『彼ら』は罪のない民を無残に殺め国を危うくする。それを防ぐのが我々の仕事です」

「終末?この世の終わり?そんなもの信じているんですか?」

「そのようですね。『彼ら』の歴史はこの陽の国よりももっと古い。およそ千年と言われています」


「バ……っ!」


(バカじゃないの!?)


 時代錯誤もいいとこだ。

 千年昔ならともかく、現代になってまだそんなこと言ってる人たちがいるだなんて。


 最初はともかく、百年目とか二百年目くらいに、どうやら世の中終わらないみたいだから、伝説あてにならないわ、もう終末活動やめようか……って正気に返る人はいなかったのかしら。


「バ?」

「バ、バ、……バラバラになってる地図を彼らはなぜ集めようとしているんですか?」

 

 毎回、口から飛び出しそうになった失言をごまかすのに苦労する。

 アシャがひねり出した質問に、将軍は淡々と答えた。


「言い伝えがあるのです。この世が終わるとき、『羅針(らしん)の聖女』が現れて『導きの王』を選び、人々を『安寧の地』へと導く。その伝説に基づき、彼らは聖女と王と聖地を求めているのです」


 成程。もともと好意のかけらももっていない相手だったけれど、アシャは『彼ら』に対する評価をさらにどん底まで落とし込んだ。


 なんの根拠もない終末論と身勝手な選民思想。

 あげく、埃をかぶった古代神とおめでたい聖女信仰か。 


 その導きで、自分たちだけが都合よく助かると……公文書館で働く立派な方々は、そんな偏った思想の犠牲になったのか。


「ひどすぎる。そんな妄想に振り回されて、みんな……」

「おや。なぜ妄想だと決めつけるのですか?」


 意外そうな将軍の問いかけに、アシャは耳を疑った。


「まさか将軍さま、そいつらの伝説を信じているんですか!?」

「信じているのではなく知っているのです。この数百年、その地は我々が秘密裏に管理してきました。『彼ら』がいかにその地を欲し、なりふり構わず探し回ろうと、絶対に辿り着くことはない」


 将軍の言葉の意味が、理解できるまで。

 頭の回転が速いと言われるアシャでさえ、しばらく時間がかかった。


 ちょ、ちょっと待って。

 伝説が単なる伝説でなく、事実として扱われているのなら。

 その地が実在し、その場所が『彼ら』に知られないよう国が動いているのなら。


「ま、さか。陽の国で地図が禁じられている理由って、まさかその『彼ら』が聖地の場所を分からなくするため、なんてことは……」

「否定はしません。そのためも、あります」


 将軍はあっさりとうなずいた。

 アシャは自分の体からざーーーっと血の気が引く音を聞いた気がした。


「実在するのは聖地だけではない。伝説にある『導きの王』ではないかと目される人物も、これまでの数百年の間に何人も記録されています。しかし憶測にすぎません。彼らを選ぶ『羅針の聖女』が鍵なのですから」


 『彼ら』も政府も、双方ともずっとその聖女を探していた。

 けれどあまりに条件が厳しくて、もしやという人物すら現れなかったのだという。


「どんな条件かわかりますか?」


 アシャは首をふった。

 そんな伝説、いま聞いたばかりなのだ。わかるはずがない。

 聖女の条件というからには、石を黄金に変えたり、海を二つに割ったりとかの、奇跡の力だろうか?


「その聖女の能力とは天眼……つまり神々の視点。その目ははるか天上の高みからあまねくこの地上を見渡し、理地の奇跡、この世の正しい姿を民衆に分け与えることができると言われています」


 キョウが何かに気づいたように、形の良い眉をすうっとひそめた。

 テイもまた、何とも言えない複雑な表情になって、アシャを値踏みするようにじろじろと見た。


 意味ありげな二人の態度が気味悪い。

 な、なによ。キョウもテイも。

 なにが言いたいの?


「アシャ。あなたが描いた地図を帝に提出し、審議して頂いていたところ、先ほど返答が届きました」


 将軍が机の上に、白木で作った細い箱を置いた。

 キョウが傍らから手を伸ばして蓋を開くと、中には薔薇を象った美しい水晶づくりの勲章が入っていた。



「アシャ。あなたはこの陽の国がはじまって以来、いえ、この大陸の千年の歴史の中ではじめての『羅針の聖女』候補なんですよ」





最後までご覧いただきありがとうございました。

次回は第39話『秘密の花園』

宜しければまたどうぞお越しください(^^)

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