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薔薇のセレンディラ  作者:
第二章 生命ある刺青
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第37話 はじめてのおつかい


 カンカンカン……と軽快な修理の音が響いている。

 天気にも恵まれたし、この調子ならもう明日にでも工事が終わりそうだ。


 アシャは空を見上げてうーんとのびをした。


 屋根に空いた大穴の修繕より早く、テイは全快した。

 そして全身にあった刺青も、きれいさっぱり消え去っていた。


「……みじかい命だったわねえ」


 工人のためにキョウと手分けしてお茶やお菓子を運びながら、アシャは消えた刺青をしんみり惜しんでいた。

 あれはあれで、肌一面にあって綺麗だったのに。


「大丈夫。見えなくても、ちゃんとあるから」

「そうなの?」


 ハルタの目には見えるのだろうか。

 シミ一つない、腹が立つほどまっさらな肌を見ると、アシャにはテイの治癒力の圧勝としか思えない。


「術の炎は魂に宿っているからね……やっと安心したよ。これからは『生命ある刺青(アルタトラ)』がテイを守ってくれる」

「なあに、キョウ。どっか遠くに行く予定でもあるの?」

「……何故?」

「そんな風に聞こえたから、なんとなく」


 キョウはいつもどおり優しく、くすくすと笑った。


「いつまでもずっと二人でつるんでたらおかしいだろ?」

「あら、そうかしら?」


 例えばシドさまとトランさまも、いつも側近として将軍さまを支えている。

 アシャから見て、大人の相棒って感じでとっても頼もしい。

 キョウとテイも、いずれそんな風になると素敵だと思うんだけど。


「俺とキョウがなんだって?」


 テイが屋根の上からひょいと顔をのぞかせた。

 数人がかりで運ぶ石材や柱も、テイにかかれば積み木のおもちゃのようなもの。カタラの怪力は、現場で重宝されているようだ。

 

 アシャは上を見上げて呼びかけた。


「テイ。あなた、刺青から炎は出せたの?」

「いや、まだ……」


 せっかく術は成功したのに。

 悲しいかなド素人ゆえに、炎の出し方が分からないらしい。


「あらまあ。それ、まったく役にたたないの?なにしても、ぴくとも反応しないの?」

「アシャ。きみね、言い方……」


 キョウが残念そうに首を振っている。

 なにか表現がまずかったらしい。

 しゅんと沈んだテイの顔が、視界からすごすごと引いて行った。


「いきなりは無理だよ、アシャ。三本目の手がいきなり増えたみたいなものだから」

「なら教えて上げなさいよ、先輩」

「きっかけがあれば、できると思うよ。炎を動かすのは心の力だから。心が大きく動くようなこと……そうそうないだろうけど」

「あら、あたしはよくあるわよ」


 胸がじんと熱くなって、心が痛いほど揺さぶられる瞬間。


 最新の公路図を手に入れた時とか、古書店で掘り出し物の地理書を見つけた時とか、地図が思い通りに上手く描けた時とか。

 昨夜も1枚、大作を仕上げたばかりだ。


「いっつも真夜中が真昼にかわるくらい、心の中が光り輝いているわ」

「きみはそうだろうね。その調子でテイのことも照らしてやっておくれ」


 キョウは失礼な口調を隠そうともしない。

 すっと手を上げ指さすのを見ると、ちょうど屋根からおりたテイが回廊を歩いてくるところだった。手になにか文箱のようなものを捧げている。

 キョウが楽しそうな声をあげた。


「どうやら将軍さまがなにか、気分転換を下さったようだ」




◇♦◇♦◇




 将軍さまの指示は、テイと一緒に南都の公文書館に行って、地図を受け取ってくるというものだった。

 それも公路図ではない。アシャがかつて描いて、流出したと思われる地形図のうちの1枚だ。新たに見つかったそれが、本物かどうか見定めて欲しいという。


(大昔に描いた地図かあ。見たいような、見たくないような)


 腰はひけるが将軍さまの命令なら行くしかない。


 屋敷には毎日朝と夕方、トランとシドが交互に報告書を持ってくる。行きはシドの馬車に都の内門まで送ってもらって、帰りはトランに頼むことになった。


 馬車からおり、公文書館の前に立ってほれぼれと眺める。

 南都のさまざまな役所が並ぶなかにあって、歴史と重厚感を感じる、ひときわ権威ある建物だ。


(さすがはあたしの憧れの殿堂)


 アシャはさっそく意気揚々と中へ入ろうとした。途端に、槍をもったいかつい衛兵に止められる。

 乱暴に突き飛ばされて、テイはよろけて尻もちをつきそうになっていた。


「なんだお前たちは」


 なんだ……って、長巾を頭にまいた裸足の亜人と、ごく普通の田舎娘です……はい、公文書館の客にしては場違いかつ不審ですよね。


 高価な公路図を手に入れられる人種は限られている。役所の門をくぐっているのは、身なりのよい金持ちや商人ばかりだ。


(もっと見栄えの良い恰好をしてくれば良かったかしら)


 二人は将軍にもらった身分証を呈示して、じろじろと睨まれながらもようやく中に入れてもらうことができた。

 聞きしにまさる厳しさで、なんだか肩身がせまい。


「テイ。あんた、衛兵くらいちゃちゃっとのせるんじゃないの?」


 アシャは肘でテイの背中をこづいて八つ当たりした。

 テイは聞こえないふりをしている。


 役所の中は、広々として奥深かった。

 天井から窓口の筆記台までがぴったり壁で塞がれていて、公路図や代金をやりとりする部分だけがわずかに四角く開いている。

 役人は紙の面をつけて働いていて、客は担当者の顔も見えないという評判だ。

 ものものしい厳重さに感心する反面、七面倒でもある。

   

 列は長く続いていた。待ちくたびれてうんざりした顔の人もいる。

 果たしてこの中に混じるべきかどうか。

 ご禁制の地図をやりとりするというのに、一般の客を装って受け取る手はずなんだろうか。どうせなら中に通してもらった方があちこち見学できるのに。

 

「将軍さまの名前を出せば、特別に奥まで案内してもらえるんじゃないかしら」

「いや、みんな並んでる。順番を待とう」


 テイは大人しく列の最後についた。


 こいつ、順番待機癖がまだ抜けないのかしら。

 アシャとしては、はやく過去の汚点を回収したくて気が気ではない。


「ねえ、テイってば」

「……待て。様子がおかしい」


 急かそうとしたアシャの手を、逆にテイがつかんだ。そのまま手をひいて、受付の一番奥までつかつかと進む。

 突き当りには、表と事務所をつなぐ頑丈そうな扉があった。もちろん施錠されている。


「誰か呼ぶの?」

「呼べればな」


 テイはいきなり掌底で扉を突いた。ぶ厚い木の扉は、あっけなく内側に弾けた。

 ばあんと大きな音が響き、客の視線がいっせいに集まる。


「ちょ、ちょっと。テイ!」


 慌てるアシャにかまわず、テイはすばやく中へと踏み込んだ。

 窓口の内側には大きな棚があって、番号のついた箱がいくつも整然と並んでいる。

 そしてその下に、役人達がばたばたと倒れていた。紙の面のせいで顔は見えない。


「え、なにこれ。何でみんな倒れてるの?」


 アシャの疑問には応えず、テイはさらに奥へと進んで行く。事務所の奥は、頑丈な錠のかかった鉄の扉だった。


「テイ、これは無理……」


 さすがに打ったら手を痛めるわよ、と止める間もなく。テイは壁側にずどんと蹴りを入れて大穴を開けていた。壊れてはじけた錠をぶら下げながら強引に扉を引き開ける。もうめちゃくちゃだ。


 案内もなく役所の奥まで入り込んでしまって、アシャは目が回りそうな思いでテイに引きずられていた。しかも廊下や部屋の入口の至るところに、やはりバタバタと人が倒れている。


「出遅れたな……」


 テイが苦々しくつぶやいた。たどり着いた先は、館長の部屋らしい。

 中には大人二人が両手を広げたくらいの大きな机があり、その脇にお偉いさん風のお年寄りと、床には軍装の男性が倒れていた。


「ヤシさん」


 テイはに床の上の男性に駆け寄り、抱き起した。相手の顔をのぞき込んで、ぎゅっと眉をしかめる。

 

「知ってる人?」

「将軍さまの部下……こっちに来たばかりの時、あちこち連れて回ってくれた……」


 テイはそう言いながら相手の懐をまさぐった。肝心の物は見つからなかったようだ。


「もう、奪われたか。いや……」


 周囲を見回す。たしかに、大事な地図だから、不用心に身に着けているとは限らない。


「お前たち何をしている!」


 下にいた衛兵が何人も駆けつけてきた。

 テイは即座に巨大な机を立てかけて、館長室の出入り口を塞いでしまった。ものすごい重量だから、体当たりしたって動かせないだろう。

 

「ねえ、関係ないかも知れないけど。この建物、外から見た広さと、間取りの面積があわないわ」


 いまそれどころでないのは百も承知だけど。

 こういうズレは性分にあわないのよね。


 思わず口にしたアシャの顔を、テイはまじまじと眺めた。


「……どこが違うか分かるか?」

「えっと」


 いま通ってきた廊下や部屋の配置と、入る前に見た外観とを頭の中で照合する。ずれている場所はすぐに見当がついた。

 アシャは館長室の奥の壁をすっと指さした。


「多分、あのへん」

「そうか」


 テイは剣を抜くなり、勢いよくすぱんと壁を切り刻んだ。

 ガラガラと崩れた内側に、大人二人がようやく入れる程度の小部屋があった。小さな卓の上に、筒が置いてある。


「あっ、あれかしら」


 アシャが小部屋に入ろうとしたとき、すばやく目の前に立つ影があった。濃紫の外套に覆面をつけた……賊。


「…………っ!」


 驚きに声をたてる暇もなかった。テイはまたたく間にアシャの前に回り込んで、その相手を切り捨てていた。

 アシャは腰が抜けて、ペタンとその場にへたりこんだ。


「ええと……捕まえて、尋問とかしなくてよかったの……?」

「こういう手合いには、一瞬も迷うなって将軍さまから言われてる」

「つまり、『彼ら』?」

「ああ」


 アシャたちに先んじて侵入したものの。目当ての地図が見つからず、この部屋を見張っていたというところか。

 テイは筒を手にとって素早く中身を確認すると、アシャを促した。


「立て、アシャ。行こう」

「ま、待ってよ。倒れている人が大勢いるのよ。まずお医者様を呼ばなきゃ」

「必要ない」


 テイは倒した賊の手をとってアシャに見せた。手袋をしたその指先には、長い針のようなものが握られていた。先端は赤黒く汚れている。


「こういう鋭利な武器で首の後ろを刺す。毒も塗られているようだな。目立たず大量に殺すための暗器だ」

「ええ。あの、倒れてる人たち、まさかみんな、もう……」


 テイはもう一度アシャの手を強く引いた。




「帰ろう。ここはお前がいていい場所じゃない」






最後までご覧いただきありがとうございました。

次回は第38話『自己紹介と聖女指名』

宜しければまたどうぞお越しください(^^)

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