第34話 焼き付けの儀
いよいよ夜、焼き付けの儀をすることが決まった。
テイはそれまで安静を言い渡され、部屋で横になっている。
キョウははりきって、敷地のあちこちに何かを仕掛けているようだった。
二人の代わりに屋敷の仕事を全部終わらせたアシャは、手持ちぶさたになってキョウのあとをついて回っていた。
「それ、何かのおまじない?」
「儀式の間、悪いものが入り込まないように。用心だよ」
説明しながらキョウは、籠の中から小さな人形や札を出して、屋敷の土台や柱にせっせと設置していた。
「ぼくは、子どもの頃から巫力が足りなくて。大きな力を使うと倒れてしまうんだ。こちらに来てからも何度か……だから、少しでも工夫しておかないとね」
「こんなに準備してるんだもの。きっと成功するわよ」
「そのつもりだよ」
キョウはわずかに自信をのぞかせながら穏やかに笑った。
はじめて会ったときにも、品があって礼儀正しく、物腰も穏やかで好ましい印象を受けたものだ。
まさかこんな『行動的』で『研究熱心』な性格であったとは、まったく見抜けなかった。
(あたしの人を見る目もまだまだね)
「ねえ。刺青って針を刺すときすごく痛いんでしょう。カタラって、痛みの感じ方は人と違うの?」
「同じだよ。体の緊張や、筋肉や血管の反応を見ているとわかる。回復が早いだけで感じる苦痛は同じなんだ。……だからもう、こんなことは本当に今夜で最後にしたい」
しみじみと強調する。それはアシャも同感だった。
そしてテイが念願の『生命ある刺青』を手に入れたら、今度こそ、これからどうしたいのか話し合わないといけない。
「帝に招かれて陽に来る前は、マドラ領にいたんでしょう? その時のテイはどんな風だったの?」
「さあ……最初のころ、ぼくは地下牢に入れられていたから」
記憶をたどるキョウの声はうかなかった。
聞いてはいけない事を聞いたかしら。
慌てるアシャをよそに、キョウはぽつぽつと語りだした。
「マドラに囚われてしばらくして、テイが牢屋まで面会にきたんだ。取り巻きをぞろぞろと引き連れて。ぼくにはテイが……まるで見たこともない、遠い世界の存在に思えたよ」
森の中で遊んでいた時には、自分がモレイラ族の祭礼をつとめる巫子だと名乗った。けれどテイがマドラ族と、ましてやナダ女王の弟とは知らなかった。
「テイは檻の外から僕に声をかけてきた」
『ひとりが辛くて生きていけないと思うかも知れない。でもいつか、生き残ったのはこのためだって思える時がくるから。どうか今は耐えて、辛くても生きてくれ』
「それで、キョウはなんて答えたの?」
「テイを詰った」
『お前みたいに大勢に囲まれて、恵まれた人間になにがわかる』
「……だけど今、思うと。テイもぼくと同じような状態で、仲間から監視されてたんだな。あの時はそんなこと夢にも思わなくて」
キョウはぐっと喉をつまらせて黙り込んだ。
その後に続く言葉は、聞かなくてもアシャにはわかった。
……あんなこと、言うんじゃなかった。
◇♦◇♦◇
儀式のためには二階にひとつだけある客間が選ばれた。
万一のときの治療に備えて、将軍さまが室内に待機して。マドラからは一族を代表して、ナタンが立会人になった。
焼き付けの儀といっても、仰々しい用意はない。
寝台に腰かけたテイを診察して、キョウは問題ない、と満足そうにうなずいた。
「さあ薬だよ。これを全部飲んで」
覚悟をきめたテイはすっかり大人しくなって、渡された器を素直に受け取った。
キョウが渡したのは眠り薬で、雷が落ちても目が覚めないよう、この日のために調合したものらしい。
「身の丈が小山ほどある大熊でも、一撃で昏倒するからね」
「……ねえそれ大丈夫なの?また吐血しない?」
「ちゃんと調整してるよ。そのあと、眠りの術もかける」
(術があるなら最初からそうすればいいのに)
キョウが言うには術には同意が肝心で。テイみたいに眠ることに抵抗が強いと、なにかの衝撃で術が解けてしまう可能性があるという。
だから、念には念を入れて。
練りに練った、薬と術の二段構え。
(キョウの本気が伝わってくるわねぇ)
薬を飲み干して、横になったテイの額にキョウが手を当てる。
テイはたちまちすう、となめらかに眠りに落ちていった。
キョウは小さな人形や器や玉飾りといった術具を、眠るテイの周囲に配置した。
「ところで、今回の儀をお知らせした帝から、玉至をいただきました」
将軍の持っている紙には『強く抱けば成す』と黒々と記してあった。
意味不鮮明なのはいつものことらしい。
「これまで玉至から一目で解に辿り着いたのは、テイくらいのものです。聡い子ですねえ」
「その時にはなんて書いてあったんですか?」
好奇心をかきたてられたアシャが聞くと、将軍とキョウはさりげなく横を向いた。
「キョウ。この状態のテイを私が抱くと、なにか効果がありますか?」
「たいへん申し上げにくいですが、将軍さま。術の邪魔でしかないです」
手を出さないで黙って見ていてください。
ぴりぴりしたキョウの視線があっち行けと物語っている。
丁重に追い払われ、すごすごと引っ込んで待つことになった。
将軍にはナタンが長椅子を運んできて、テイの寝台から少し離れた場所にしつらえた。
「……では、はじめます」
キョウが錫杖をかまえる。
眠るテイの刺青からふわっと細い炎が立ち上り、またすうっとテイの身体の中へもぐりこんで行った。
刺青にそって炎が生まれ、また沈む。その静かなくり返し。
はたで見ている分にはひっそりと穏やかな儀式だ。刺青に生命が宿り、肌から奥へ浸み込んでテイの魂と結び合う。
これが一晩近くかけて続くらしい。
(このまま何事もなく終わればいいわね)
アシャがそう考えた刹那。
ドオン!
何かが上から突っ込んできたような大きな音とともに、屋敷がびりびりと振動して揺れた。天井から破片がパラパラと落ちてきた。
(なに、地響き?地震?)
アシャはハッとなってテイを見た。
二段構えが効いたらしい。目を閉じた様子に変わりはない。
「客か?」
テイを守るように寄り添いながら、ナタンが訊ねた。
頭上を見上げたキョウが静かに応じた。
「いえ……敵襲です」
アシャは耳を疑った。
城でも砦でもない。将軍さまがセレンディラと牧歌的に暮してるだけのお屋敷に敵襲!?
キョウが錫杖を掲げると、部屋の天井全体が青灰色の炎に染まり。
大きく翼を広げた、青い炎の鳥の姿をとった。
キョウは信じられないという表情でつぶやいた。
「……まさか、レイ……」
「えっ。キョウ、知ってる相手?」
「先代の祭礼の巫子ですが、10年も前に粛清されたはず……この目で確かに亡骸を見たのに」
それはべつに謎でもなんでもないわ。
アシャはキョウを白い目で見た。
(誰だか知らないけど、体を捨てて魂だけ逃げてたわけね。キョウだって昔やっていたんだから、モレイラのお家芸じゃないの?)
天井の怪鳥からは小さな炎が雫のようにこぼれ落ちて、室内に小さな魔法陣を描き始めていた。
「キョウ、私にわかるように状況を説明できますか」
長椅子の上から悠然と将軍が問いかけた。
「強引に侵入しようとしています……彼には、ぼくの結界など紙みたいなもの。破られる都度術式を変えて、間断なく新しい結界を張り直すことで防いでいますが」
もう時間の問題です。
キョウは真剣な様子で錫杖を構えながら説明した。
相手は僅かな隙をついて、術式の炎を送り込んできている。あの陣が完成したら、屋敷の守護結界は内側から突き破られてしまう、と。
「なるほど」
話を聞いた将軍は、それまでかけていた椅子から片足で立ち上がった。よろよろと数歩すすみ、必死で防衛しているキョウに後ろからがばっと抱き着く。
「うわぁっ」
キョウが身を強張らせうわずった声で抗議した。
「将軍さま。な、なにをされてるんです。こんな時に!」
「ならば私も間断なく癒すまでです。……倒れるのを恐れて、本気で力を使った事がないのでしょう。思い切りやってみなさい、キョウ」
防御から攻勢に転じろと。そのために、治癒の異能を使えと。
そう指示しながら将軍は、自由になる方の腕でキョウの身体をしっかりと抱きしめた。
「かしこまりました……それが、将軍さまの命であれば」
一瞬のためらいの、あと。
キョウは掲げていた錫杖を下げ、完成しかけた陣にむけて挑むように構えた。
「……去れ!」
青灰色の炎の陣を、キョウの淡い水色の炎がぐるりと包み込む。
錫杖の先から伸びた輝きは、怪鳥の影を貫いた。敵を吹き飛ばす勢いで天井へとのび、さらに広がって大きな光輪を描く。
光はぐんぐんと高みまで昇っていき、大音響とともに爆発した。
(まぶしい……!)
アシャは思わず両手で耳を塞ぎながら目を閉じていた。
それは『頂』の霊木の上でキョウが見せた技だった。
ただし威力は、こどもの玩具と軍の大筒ほども違いがある。
ぱりぱりと散り落ちてきた光の粒をようやく落ち着いて見上げると、屋敷の天井にはぽっかりと大穴が開いていた。暗い夜のはずが、昼間のような明るい青空が見える。
「あらーーーー…」
アシャは呆然としてキョウを見た。
キョウは自分の放った技に仰天し、固まって立っていた。
「倒れないでちゃんと闘えて、偉かったですね」
将軍がキョウに抱き着いたままよしよしと、白い髪の毛の乱れた頭をなでている。
最初の衝撃からキョウの放った大爆発まで。
それは、あっという間のできごとだった。
(な、なんだったのよ今のーーーー?)
最後までご覧いただきありがとうございました。
次回は第35話『石ころと悪夢』
宜しければまたどうぞお越しください(^^)




